黄金の螺旋 8
「……なるほど、分かりましたわ」
数秒ほど思考したのち、ガブリエラは首肯しながらそう言った。
「案外すんなりと了承すんだなぁ。言っとくがよォ、こいつに恩を売ろうとか考えてるんなら無駄なこった。三歩歩けば忘れる鳥頭だからな」
「さ、流石に三日くらいなら覚えてますよ!?」
「あの、セイギ・シモツケ? 訂正する部分がそこで本当によろしいんですの……?」
ガブリエラはあきれ顔でため息をついた。
「そもそも困窮している方がおられるのでしたら、救いの手を差し伸べるのはシュッツエンゲルとして当然のことですわ」
「で、本音は?」
「いやですわ、アオイ様。まるで建前で話しているような言い方をして。弱者救済。先ほども言った通り、シュッツエンゲルとして当然のこと」
「ハッ、マリウス教のやり口はとっくに知ってんだわこっちはよ。この2000年間よ、人道的介入やら弱者救済やらタテマエに侵略教化しまくってんじゃねーか。今さらいい子ちゃんぶったところで信用がねーんだよ信用がよォ」
「失礼なことをおっしゃらないでくださいます? 未開の野蛮人に文明を教えるのは文明人の責務でしてよ。……まぁ、そうですわね。強いて言えばですが」
そう言うと、ガブリエラはびしりと聖技を指差した。
「学内での影響力を大きく伸ばすこの女が無知蒙昧なままでは、いずれわたくしたち薔薇の二重円の会も不利益を被る可能性があるからですわ……!!」
「あー……」
「あの、アオイ先輩? そこは可愛い後輩をかばって否定してくれません?」
「いやだって実際テメェアホだしなぁ」
ガブリエラの指摘はさらに続く。
「この学園には政治家の子女や将来の政治家たちも大勢が在籍しておりますが、この女は典型的な、政治家にしてはいけないタイプの人間ですわ……! 耳障りのいいことを並べ立てて国に混乱と荒廃を招く、いうなれば、そう、バビロンの大淫婦……!」
「そこまで言わんでもいいだろ」
「そう! これは決してセイギ・シモツケのためなどではなく! わたくしたちの自衛のためなのですわ!!」
「つまりこれ、最近流行りのツンデレってやつ?」
「意味はよく分かりませんが違うと断言だけはしておきますわ! ……ところでアオイ様、ツンデレってなんなんですの?」
「いや知らん。流行なんて詳しくねーし」
「それにもし政治家になっても平気平気! ボクにはね、優秀な、えーっと……プロトン? が付いてるからね!」
「……パトロンって言いたいんですの?」
「いや多分こいつが言いたいのはブレインだと思う。ダチん家が政治家一家らしい」
「一つお尋ねしたいのですが、そのご友人は学園には転入されませんでしたの?」
「地元の高校に進学したよー。ボクの成績じゃ逆立ちしても入れない進学校。ここってほら、入学するには推薦人が必要って話だし、すごい学費が高いらしいじゃん。どっちも無理だって言ってた。まぁ当の本人は家業を継ぐ気はないみたいだけど。CIAにでも入ってUMA探しでもしたいんじゃないかな?」
なるほどたまにいる奇人変人の類か、とガブリエラはハカセへの興味を一瞬で失った。
「……ところで、一体どのような生き方をすればマリウスの真実宣言について何も知らずに生きてこられましたの? もしかして当時、意識不明の重体にでもなっておられました?」
「うーんと、小学校の頃に毒キノコで死にかけたことはあったけど、ひょっとしてその時期だったのかな?」
「何でこの女毒キノコで死にかけてるんですの……? 小学生時代ならおそらくは違うでしょう。マリウスの真実宣言は3年前の6月24日ですし」
「うわUFOの日じゃん!」
「はい? UFOって、あの? 空を飛ぶ円盤の? ……あの、なんでここでUFO?」
「あれ、もしかして知らない? 1947年の6月24日にね、ワシントン州のレーニア山で未確認飛行物体が確認されたの。UFO自体は第二次世界大戦中も目撃例が何件もあるんだけれど、このケネス・アーノルドが発見したUFOは世界で初めて公的な記録として」
「おい聖技止まれ止まれ。そういう話は休み時間にでもしろ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「……それで、その時期は何をしておりましたの?」
「えー? 改めて言われると何してたっけかな? 3年前ってことは中1でー」
「第4日曜だからDMMAの大会じゃねーか? オレもその日に参加したから覚えてる」
「ええっと、DMMAというのは、確か日本独自の、ドール・マキナを用いた競技でしたかしら?」
「そう。軍と連携しててな、第2と第4の日曜は公式大会が開催されんだよ。7月に入ると成績上位者は全国大会に出場するからよー、6月最後の大会は大体のヤツが参加するし、雰囲気もピリ付くんだよなー」
「あー、そうだ、思い出しました。その日も『今日UFOの日じゃん!』って友達と話したりしててー、あと全国大会出場が決まったってスタッフの人に言われてー、その準備で帰ってからも色々とバタバタしててー」
「……それで、宣言については特に記憶に残っていない、と」
「…………てへっ」
「まぁ、擁護するわけじゃあねぇけどよ、日本の小中学生のマリウスの真実についての認識は、正直聖技と似たり寄ったりだと思うぞ。なんせ日本は圧倒的にマリウス教徒の数が少ねぇ。つーかマリウス教をどういうもんかちゃんと理解しているかも怪しい」
「……セイギ・シモツケ。貴女、マリウス教についてはどの程度知っておりますの?」
「え? えーと、……バレンタインとクリスマス? あー、あと結婚式! それとなんだっけ? あ、卵! 卵にお絵描きするやつもあったよね」
ガブリエラは聖技のその後の言葉を待った。が、次の言葉は紡がれなかった。
「……え? あの、それだけですの? 本当に?」
「えっと、他に何かあったっけ?」
「ゴーレムのこと忘れてんぞー」
「あ、それもありましたね」
ゴーレムというのは、ミスリルを含む鉱石を削り出して作られた部品を組み合わせた人型兵器だ。1世紀半ばにマリウス教が心臓部となるマリウス・レヴを発明したことで生み出された、つまりはマリウス教がヨーロッパを支配するに至った『力の象徴』だ。
15世紀半ばにミスリルの精錬方法が発見され、さらにはドール・マキナ、つまり機械で作られた人型兵器が誕生したことで急速に衰退し、16世紀になる頃には全く使われなくなった遺物である。
「あと、実はガブちゃんのなんとかエンジェル? ってのもまだよく分かってなかったりするんだよね」
なるほど、とガブリエラは思った。
「これは本当に、基礎中の基礎から教えなければならないのかも知れませんわね……」
諦観のこもった声だった。