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そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第3話 黄金の螺旋
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黄金の螺旋 5


 雲一つない青空の下、真新しい墓を前にして、聖技は合掌をした。隣には花山院学園の高等部制服をお手本のように着用した黒髪の少女が、同じように手を合わせている。リボンの色は青、2年生だ。


 墓石にはこう書かれていた。―――星川家之墓、と。


 向日葵の死から四十九日。5月も半ばを過ぎた頃、中間考査の試験休みを利用して、2人は納骨に訪れていた。


 強い風が吹く。隣の少女の長い黒髪が風になびき、3つのピアス穴が開いている左耳が露わになった。


「綺麗なお墓ですねー」


「まぁな。去年建てて貰ったばっかりなんだよ。で、共同墓の方に置かれてた親のを、こっちの方に移してもらった」


 掃除用具を元あった場所に片付ける。黒髪の少女は、つばの広い白の帽子をウィッグの上から(・・・・・・・・)頭にかぶった。表情さえ見ないという条件を満たせば、深窓の御令嬢のようにも見える姿だ。


「んじゃ帰っか」


「えっ、もう!? せっかく地元に戻って来たんだし、会っていく人とかは?」


「あのなぁ、何のために変装してると思ってんだよ」


「えーっと、ご両親が亡くなった時には、まだ黒髪だったから?」


「……向日葵が死んだこと、世話んなってた施設の院長(ババア)にしか知らせてねぇんだよ。それも口止めして貰ってる」


「……じゃあ、向日葵ちゃんの友達は、」


「あぁ、死んだことすら知らねぇはずだよ。進学早々の門出だからな、わざわざそこにケチ付けるこたぁねぇ。オレが戻ってることがバレりゃあそっから足が付くかもだからな」


 だからとっとと帰るに限る。そう言わんばかりに葵は霊園の出入口へと足を向けた。家の墓の方を見ようともしない。


 ふと、聖技は思った。もしかして葵は、もう故郷を捨てたいのかもしれない、と。葵の経歴は知っている。両親を殺され、家を壊され、最後の家族である妹も喪った。


「その施設ってところにも行かないんです?」


 後を追い、背中にそう声をかけた。葵は振り返ることなく、けれども少し歩みは遅くなった。


「ンなことしたら他の人たちにバレっだろ。口止めしてる意味がねぇ」


 それでいいのだろうか。聖技は後ろを歩いたまま、腕を組んでそう思う。


「わーってる。そのうち話すさ。……けれど、それは今じゃあねぇ」


(あ)


 やっと分かった。すごく簡単なことだった。もっともらしい理由を付けて、葵は姉妹のことを知る誰とも会いたくないのだ。


 なんでかって? 決まっている。



 ―――星川葵は、向日葵(いもうと)が死んだことを、まだ整理出来ていないのだ。



 だから誰にも話せない。だから誰にも会えない。もしも今見知った誰かに会えば、自分の心がどうなってしまうのか分からないから。


 聖技は組んでいた腕を解き、足を速めた。隣に並ぶ。


「次はお盆でいいんですっけ?」


「あぁ。さっき坊さんに聞いてきた」


 手を伸ばす。すぐに葵の手に当たり、そのまま手を繋いだ。


「それじゃ、その時も一緒に行きましょうね」


「……………………あぁ」


 鼻をすする音が聞こえる。曇り空なのに、まるで陽の光でも遮るように、葵は繋いでいない方の手を動かす。


 2人の手は、しばらく離れることは無かった



「ぶえっくしょぉーい!!! あークソ、太陽見るとくしゃみが出やがる。ティッシュティッシュ……」


 ……なんてことはなく、割とすぐに離すことになった。


   ●


 翌日の放課後、


「セーンパイ♡ おっ待たせしました~」


 ソファーに座る葵の背中から、聖技は抱き着いた。


「おう、おつかれさん」


 毎日のように続くルインキャンサーの解析作業は、今日の分がつい先ほど終わったところだった。とはいうものの、聖技はただコックピットに座って操縦桿を握っているだけだ。


 実に退屈な内容に思えてくるが、これが意外と気を抜くわけにはいかなかったりする。その理由は、ドール・マキナの操縦方法が原因だ。


 ドール・マキナの全身には、骨や筋肉、あるいは神経のようにミスリルが張り巡らされている。そのミスリルと感応することによって、パイロットはドール・マキナを思い通りに動かせるようになる。


 ここに一つ、落とし穴がある。自分の肉体とドール・マキナを、誤認してしまうのだ。


 例えば頭をかこうとしてドール・マキナの腕でドール・マキナの頭をかいたり、あるいは貧乏ゆすりのクセを持つ人間はドール・マキナが立ったまま貧乏ゆすりを始めたり、あるいはハナクソをほじろうとしてドール・マキナの指をドール・マキナの顔面に突っ込んだり。


 特に有名な例は『オートエイミング』と呼ばれるものだ。銃火器が自動で照準を補正してくれる機能のことではなく、ドール・マキナで銃火器を使用する際に、無意識的にパイロットが取ってしまう操縦の癖のことだ。


 例えば、生身での狙撃時にスコープを覗き込むのは、しごく当然で自然なことである。そうしなければ照準の付けようがないからだ。一方で、ドール・マキナの場合、スコープを覗き込む意味はない。スコープの映像が、コックピットモニターに表示されるのだから。けれども多くの狙撃手は、ドール・マキナに乗っていても、生身の時同様に、無意識的にドール・マキナがスコープを覗き込む動作を取ってしまう。戦闘中という集中状態においては、必要のない動きをいちいち意識している余裕がないからだ。


 聖技もこの手のミスを何度かやらかしている。もっともルインキャンサーでではなく、ドール・マキナ・マーシャルアーツ用の競技機でだ。もちろんマヌケな方の失敗ばかり。額の汗をぬぐおうとしてドール・マキナの頭を腕で擦ったり、痛みもないのにドール・マキナの小指付近をぶつけてついピョンピョン飛び跳ねたり、くしゃみをしたら自分とドール・マキナが全く同じ動きをしたり。


 4メートルに届かない小型機だから笑い話に出来るものの、全長30メートルのルインキャンサーで、しかも機体を固定するためのハンガーが周囲にいくつも設置された状態で、『ついうっかり』を行ってしまうと、大惨事が起きかねない。


 ただ座っているだけ。たまにボマーズからの指示に応じてコンソールを操作したりする程度。けれども決して気を抜いてはいけない。何もせずにジッとしているのが苦手な聖技にとっては、ひどく苦痛を感じる作業であった。


 好きな人に抱き着いて癒しを求めるくらいの事はしてもいい。聖技は葵の匂い(吸い)で理性を溶かしながらそんなことを思った。


「今日のこの後のスケジュールだけどよー」


「はーい?」


「なんか隊長が話あっからよ、ここで待っとけってさ」


「あー、そうなんですねー」


 左腕に装着した、黒くてデカくてゴツイ男物の腕時計を確認する。デジタルの文字は16時14分を表示していた。


 ここ最近のスケジュールでは、17時前に奥多摩の森に駐屯している陸軍の下へと向かい、そこから聖技と葵は専用の訓練メニューをこなしている。


 隊長はいつ頃来るのだろうか、あまり遅いと訓練時間に押しこんじゃうな、なんてことを思いながら、聖技は葵の方に顎を乗せた。肩越しに、葵の膝に雑誌が乗っているのが見えた。


「何読んでるんですかー?」


「ん」


 葵は指をしおり代わりに雑誌を閉じ、聖技にその表紙を見せた。


「バイク雑誌?」


「おうよ、今乗ってんのは中古で買ったボロッちぃ原チャリだからな。なんか新しいのでも買おうかと思ってよー」


 元のページを再び開く。聖技はそのページを覗き込んだ。見るからに大型の、サイドカー付きのバイクが並んでいる。そこに書かれた値段を見て、聖技は思わず声を上げた。


「うわっ、どれも100万超えてるじゃないですか!? バイクってこんな高かったですっけ!?」


「3年前から物価は上がりっぱなしだからなぁ。単車で買えばいくつかは2桁まで落ちんだけどよー。これとかよくねーか?」


「お、かっこいー。まースペックとか読んでもよく分からねーんですけどねー。社員割引とか狙えないんです?」


「車とかバイクはレムナント(うちの)系列にねーんだよ。レムナント自動車とか聞いたことねーだろ?」


「そういうの気にしたことないんで聞いたことあっても覚えてないです」


「オメーはもうちょいそういうの気にしろよ……」


 なんとなしにスペック表を見ていた聖技は、あることに気付いた。他のバイクの同じ欄も確認する。


「アオイ先輩、これ全部ダメです」


「あ? ンだよ何が気に入らねぇってんだ?」


 ちなみに大型二輪免許の取得が出来るのは18歳以上である。そんなことを知らない聖技は、大真面目な顔で葵に忠告した。


「いやだって重さのとこ見てくださいよコレ! センパイ自分の腕力分かってます? こんなデカいの、センパイ一人じゃ絶対起こせないですよ!」


「…………」


 葵は笑みを浮かべた。肩に顎を乗せていた聖技の頭を身体を動かして脇の下に収めると、


「サイド付けっから倒れねぇよっ!」


 ヘッドロック。


「あだだだだだ締め付けは全然痛くないけどアバラが! アバラがやすりみたいになって地味に痛い!」


 2人のじゃれ合いは、石川が訪れるまで続いた。


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