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そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第3話 黄金の螺旋
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黄金の螺旋 4


「うーっす」


 葵は久しぶりに植物研究室へと顔を出した。理科準備室にも似た雰囲気の部屋。先客はよく見知った女生徒が一人だけ。高等部3年の、植物研究室の室長だ。安っぽいパイプ椅子に足を組んで、ノートパソコンの前に座っている。金だけはたんまりあるんだから、もっといい椅子を買えばいいのにと葵は思う。


「お、来たなサボり魔め。私に仕事を押し付けて後輩ちゃんとお楽しみか?」


「わーるかったって。つーかマジで学園から仕事振られてたんだよ」


「へぇ。どんな?」


「あ~、……言えねぇ。守秘義務」


「なんだつまらん」


 久しぶりの挨拶もそこそこに、葵は自分のロッカーに足を向けた。


「あ」


 ロッカーを開けて、葵はようやく忘れものに気付いた。白衣は先月末、洗濯しようと持ち帰ったのだ。予備が残っていればいいなと考え、しかしながら共用ロッカーではなく、室長のロッカーを無断で開いた。


 上を見る。ハンガーに白衣はかかってなかった。


 下を見る。適当に放り込まれた制服の山。頂上には脱ぎ捨てられた白のブラジャー。


「アンタまーた白衣しか着てねぇのかよ。どうなんよその恰好は」


「失礼な、ちゃんとパンツは履いているぞ」


「ちゃんとパンツ以外も着ろ」


「別にいいじゃないか、男子はこの部屋に近付かないんだし」


「アンタがそんな恰好してっから近付けねぇんだろうが!」


「いや君が怖がられてるからだろ。それで?」


「あ? 何がだよ」


「どうなんだ噂の後輩ちゃんとは? ヤったのか?」


「…………は?」


 ヤった、という言葉の意味を、葵の脳は変換できなかった。唯一思い付いたのは『()った』だったが、どう考えても正解ではないはずだ。


「ヤったって、何を?」


「おいおい乙女の口からそんなハレンチなことを言わせるつもりか?」


 室長はは~やれやれとわざとらしくボディランゲージをして、



「レズセックスだよ」



 真顔で言った。


「…………はぁ~~~~~!!!!???」


 まるっきり、意味が分からなかった。


「なんでンなこと言われなきゃなんねんだよ!? てか乙女自称するなら口に出すなや!! あと乙女なら服を着ろ!!」


「おや? ひょっとして知らない?」


「何をだよ!?」


「君たち、昨晩ホテルに泊まったんだろう?」


「あ゛? そりゃ泊まったが」


 ふむ、と室長は一つ頷いた。学園内での暗黙の了解。早ければ初等部高学年、遅くとも中等部を卒業するころには誰もが知っていることなのだが、どうやら本当に知らないらしい。まぁそれも当然か、と室長は思う。


「学生寮は知っているよね?」


「ああ。あの高級ホテルみてーな馬鹿デケエやつだろ」


「今でこそ君と例の後輩ちゃんを除く全生徒が寮生だが、昔はもっと割合が低くてね。けど時おり学園に泊まることになる生徒もいたわけだよ。で、学生寮は別に寮生ではなくとも申請すれば宿泊出来るようになっているわけ」


「あん? じゃああのホテルはなんなんだよ」


「来客用の宿泊施設さ。が、問題はそこじゃない。生徒ならだれでも寮に泊まれるのに、わざわざ学生寮から離れたホテルだ。そこに生徒が2人で泊まる。それがどういう目的で利用されてるかなんて、ちょっと考えれば分かるだろう? で、ヤったのか?」


「ンなわけねぇだろダボが! 知ってたら寮の方に泊まってたわクソが!!」


「あっはっはー、そんなことだろうと思ったよ。君、私以外に友達いないもんね」


「たとえ事実を指摘しても名誉毀損罪が成立するってことを教えてやるよ、拳で」


「仮にも拳って言うならその立てた中指は仕舞いたまえよ。それに凄んでも無駄だよ貧弱娘。君、箸より重いもの持てないだろ」


「るっせぇわもっと重いもん運べるわ!!」


 葵が飛び掛かる。白衣が翻り肌色が地を走る。5秒後、葵は逆エビ固めを食らっていて、研究室に似つかわしくない悲鳴が部屋の外まで響いていた。


   ●


 ―――日常が、返ってきた。


 入学式の頃から花山院学園の周辺道路に並んでいた戦車は、その全てが撤収した。その代わりとでも言うように現れたのは多数の兵士たちだ。奥多摩の森を訓練場に日夜駆け回っている。西にイノシシが出たら害獣駆除に走り、東に山菜採りが不法侵入すれば捕らえに行き、北に自殺志願者が出たら頭を抱える日々に追われている。


 そんなイノシシや山菜採りや自殺志願者が現れる森の中を、装備を背負い訓練を行う、迷彩服姿の新兵が2人。


 聖技と葵だった。


「ゼハァー……ゼハァー……ゼハァー……」


「いいですねーアオイ先輩ー、昨日より距離伸びてますよーその調子その調子ー!」


 移動速度は酷く遅い。訓練兵の訓練であれば、教官から怒鳴り声が聞こえてくること間違いなし。


「ゼハァー……ゼハァー……ゼハァー……」


「ドール・マキナに乗るとはいえ最低限の体力くらいは要りますからねー!」


 ちなみに、聖技と葵の間には一本の縄が結ばれていた。命綱である。


「ゼハァー……ゼハァー……」


「普通にコーボー、ボーコー? だったらこの3倍は走りますからねー! そんな体力じゃやっていけませんよー!」


「ゼハァー……」


「ほらがーんばれ! がーんばれ!」


「……」


「がーんばれ! がーんば、お……?」


 先行する聖技の命綱が、ピン、と張った。振り返る。


「ありゃ、また死んでる」


 聖技は行軍時よりはるかに速い速度で来た道を戻った。30キログラムの荷物を背負っているとは到底思えない身軽さだ。葵のもとにたどり着くと、最初にうつぶせに倒れていた葵を横向きに寝かせた。


「大丈夫ですかー? 返事出来ますー?」


 目も閉じているし呼吸も浅い。太ももの内側を思いっきりつねるが反応がない。聖技は慣れた手付きで酸素ボンベを取り出し通信機を取り出し、


「こちらスター3、スター4活動限界に付き衛生兵(メディック)求む。繰り返す、スター4活動限界に付き衛生兵(メディック)求む」


 腕時計を確認する。男物の黒くてデカいやつだ。17時13分31秒。17時ちょうどに出発したから、


「お、昨日より1分くらい伸びてる」


 葵の行進速度はカメみたいにノロマだったし、衛生兵はきちんと訓練を受けた大人の軍人なので、2、3分程度で到着するだろう。実際これまでもそうだった。


 このあとは、聖技は衛生兵と一緒に訓練基地へと戻ることになる。そして1人だけで再度出発する。葵が目覚めれば再び葵の訓練に付き合うために戻ることになるのだが、ただで戻るわけではない。『山岳地帯で孤立した新兵との合流訓練』という名目で、兵士たちが山の中を、たった1人の少女を捜索するのだ。


 ―――絶対に森にあるものを食べないように。特にキノコとか。絶対に。いやフリとかじゃなくってね。お腹が空いたら荷物のレーション食べてもいいから。味に慣れる訓練も兼ねてるから遠慮しないでいいからね、と言い含めて。



 これが、実戦を経て聖技たちが手に入れた、今の『日常』、その光景の1つだった。


シナリオ上では全然開示されない世界観設定~ドール・マキナのサイズ分類編その2~


PMC(民間軍事会社)や自衛隊(ドール・マキナを保有する自警団のこと。なお、この世界では日本は第二次世界大戦での戦勝国のため、日本軍が存続している)が中型以上のドール・マキナを所有する場合、軍と警察への機体登録の他、日本軍退役軍人を一定以上の役職で採用することが義務付けられている

採用が必要な人数は会社規模で変動し、役職も何でもいいわけではなく、ドール・マキナの運用権限に関する役職であることが必須

なおパイロットは必ずしも退役軍人である必要はないが、軍のもとで講習を受けて免許を取得する必要がある


超大型は軍のみが所有可能。開発の際も軍と政府、両方の認可を受ける必要がある(中型・大型は軍か政府、どちらか一方の認可のみで良い)

ルインキャンサーは超大型ドール・マキナに類するのだが、アストラ管理下にあるのはグレーゾーンで、『軍では解析が行えなかったため、レムナント財閥に解析のために一時的に貸与している』という扱いになっている

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