表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第3話 黄金の螺旋
41/71

黄金の螺旋 2


 地下基地アガルタからの直通エレベーターでホテルに移動する。幸いなことに無人のようだ。職員の姿も見えないのは、昨晩は利用者が全くいなかったからだろう。


 外に出ると、景色の一部には空を埋めるような馬鹿高い建物が見えた。学生寮だ。


「相変わらず御立派ですねー」


「12年分入寮すっからなー」


 花山院学園に定員はない。なので葵は正確な生徒数までは把握していなかったが、高等部2年が200人近くいることくらいは一応は知っていた。他の学年も同様だと仮定して、小中高合わせて2400人。上振れも考慮すれば3000人程度は入寮できる必要がある。大規模ホテルみたいになるはずだ、と葵は思う。


 寮の隣には負けず劣らずの高さを誇るショッピングモールも建っている。文房具はもちろんのこと、制服、体操服、私服や下着、さらには電化製品など、学生生活で必要なものは一通り手に入る。その一方で、テレビは売っているのにテレビゲームは売っていないし、書店はあるのに漫画は売っていない。映画館も無ければゲームセンターも無い。一体誰が名付けたのやら、その通称は『購買部』だ。


「そういやーよ、何か研究室入ったん?」


 研究室。その名の通り、いずれかの命題(テーマ)を研究するために学生間で構成されるコミュニティだ。


 文化系に偏りこそあるものの、内容としてはほとんど部活動と変わらない。にも関わらず”研究室”という微妙に傲慢さの見える名前なのは、生徒の方かそれとも運営の方か、変にプライドが高いせいなんじゃないかと葵は邪推していた。


「ロシア文化研究室ってところに」


「ロシアぁ? なんでまたンなところに」


「ボクのおばあちゃん、あ、小2の時に亡くなっちゃったんですけどね、子供の頃はロシアにいたらしいんですよ」


「は~ん、それで興味を持ってたと」


 よりにもよってロシアか、と葵は思う。


 世界各地で国家間戦争や国内紛争が勃発している中、ロシアは侵略戦争にもっとも積極的なことで知られている。旧ソ連から独立した国は既に多くが占領下にあり、軍事評論家は討論番組で毎週ロシアはソ連の復活を目論んでいると主張していた。


 大陸側への侵略行為は旺盛な反面、日本側への干渉は不気味なほどに静かだ。だがそれは、樺太北緯50度線や千島列島(・・・・)への侵略を警戒しなくてもいいということにはならない。


 3年前、神の怒り事件によって中国は滅んだ。そして朝鮮半島は第二次世界大戦終結直前のポツダム動乱以降は無政府状態が続いている。つまり、日本が第三次世界大戦に参入するとすれば、それはロシアとの戦争が引き金になる可能性が最も高いからだ。


「どんなヤツがいるんだ? つーか花山院(ウチ)にロシアからの留学生っていたっけか?」


「あ、ボクだけです」


「んん?」


「部員、いや、研究室だからこの場合は室員? ボク1人です。友達にもロシア人だって子はいなかったと思います」


「ま、そりゃそうだな。占領地域から来たっつーウソ付いてるかもしんねーけど。つーことはアレか。研究室、新しく興したんか」


 不可能ではない。研究室というのはとどのつまり、生徒が勝手に集まって勉強会をしているだけだ。しかしながらたったの1人で勉強会もクソも、


(―――いや、妙手かもしれねぇ)


 聖技が以前に言っていた処世術。表だってロシアの文化を学びたいなんて言える人間は、今の学園内にはまずいない。この特待生(アホ)を除いては。妙な研究室に勧誘されて獅子王閣下への踏み台にされるくらいなら、1人ぼっちでロシアの勉強をしていた方がよっぽど安全だ。


「指導員さんは隊長が紹介してくれたんですけどね」


「ロシア人の?」


「はい。ロシア人の。何年か前の留学生らしくて、もう卒業しているらしいんですけど、なんか事情があって国には帰れなくなってて、学園? あれ財閥だったっけ? まぁ、なんか、どっかでお世話になってるって」


 葵はふと不安になった。


「どんなヤツ? クマみてぇな大男?」


「女の人ですよ。赤いぼさぼさ髪で、そばかすがあって、身長はー、ボクとアオイ先輩の間くらいかな? エレオノーラ・ペトロヴァって名前の」


「あ、多分そいつ知ってる。名前は知らなかったけど、図書館で何度かそれっぽいのを見たことある。デカくて丸い眼鏡のやつ?」


「あ~付けてましたね~。エレちゃん先生言ってましたよ、『私の専攻はロシア文学であって、他の地域の文化とか生活とか知らないんだけど』って。普段はロシア語の本を翻訳してるらしいです」


「それで指導員出来んのかよ」


「なんか準備するから待ってろって言われて、最後に会ったのはー、先々週の、金曜?」


「先週ずっと一緒にアガルタ降りてたもんなそういや」


 石川の紹介という話だ。バルサン作戦があるからスケジュール調整の連絡を入れていたのかも知れないと、葵はその可能性にも思い至った。


(ラプソディ・ガーディアンズの関係者って線もあるな。獅子王の姐さんとコネ作ろうとして留学してきたってだけってショボい可能性もありそうだけど)


「本当はUFO研とか入りたかったんですけどね~」


「……は? UFO?」


「でもここオカ研もUFO研もなくって、ESP研しかなくって~」


「いや超能力はあんのかよ」


 遠くから話し声が聞こえてきた。大勢の足音も。初等部や中等部とは始業時間をずらしてあるので、遠くに見えるのは高等部の制服姿ばかりだ。数人が聖技たちを見つけて指差す。いかにもなひそひそ話をし始める。


 顔を見れば黄白黒、上から見れば黒金茶赤。自然とは思えない色に染めている生徒の姿も。様々な人種が歩く道の中、聖技は見つけた。ドリルのように巻いた天然の金髪。歩くたびにどたぷんどたぷんと揺れる顔より巨大に見える胸。腰と太ももの太さは同じくらい。美男美女が多い学園生の中でも、一つ抜けた容貌の、


「おーい、ガブちゃ~ん」


 ガブリエラ・サルヴィアだ。ドイツからの留学生で、聖技のことを何故か一方的に敵視していた。


 そのガブリエラは聖技と葵の間を指差しふらふらと左右に揺らし、目を見開いて口をパクパクと開け閉めし、


Homosex(ホモゼクス)ualität(アリテート) ist nicht(イスニヒト) erlaubt(アラート)!! Es ist(エスイスト) unpro(ウンポロ)duktiv(クティーフ)!!」


 叫びながら、その場から走って逃げだした。


「え、なんて?」


「なんだあいつ」


 たぶんドイツ語だと思うけど分かります? という顔で聖技は葵を見る。分かるワケねぇだろと葵は首を横に振る。


 後に残されたのは、聖技たちを遠巻きにしながらも指差し雑談を始めた、多数の生徒たちだった。


○ショッピングモール『購買部』

学生寮から連絡通路が伸びているため行き来は容易

菓子類や茶葉、清涼飲料水などもあるが、生鮮食品はない。欲しい場合は要申請。食堂から融通してもらえる。ただし包丁は買えないし、貸してもらうことも出来ない


販売物は基本的にレムナント財閥系列のものなので、商品幅が少ないのが学生からの不満点

ちなみにテレビゲームは売られていないが、ボードゲームは売られている。これに関しては海外産をはじめ他メーカーのものが多い

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ