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そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第2話 不良少女
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不良少女 11


「―――ルインドライブ、正常稼働(システムグリーン)PS(プラズマ・スキン)装甲、手動操作で一時停止マニュアル・ディアクティブモード浮力発生(フライハイト)装置(・システム)電力供給を開始(パワー・サプライ)。…………最大浮力に到達(マキシマム・フロート)


 聖技は各種モニターを確認していた視線を上げた。メインモニターに映るのは真っ暗な闇だけ。その上に設置されたモニターに表示されているのは、進行方向の光景だ。


 月の無い夜だった。星の明かりは文明によって駆逐され、その元凶が、満天の星空をはるかに超える輝きが映っている。


 摩天楼。


 時刻は間もなく午後10時。だが、東京の街は暗闇に覆われることはない。


 その美しくも妖しい景色を、聖技は上空から眺めていた。


 テストフライト・デヴァイサー。ルインキャンサーを空輸するための専用輸送ユニット、その試作機だ。聖技は今、60メートル近い輸送機によって空を飛んでいた。


 ちなみに聖技はまだ輸送機を飛ばす技術を習得していないので、地下秘密基地(アガルタ)からの遠隔操縦によるものだ。仮に何らかの理由で電波障害でも起きようものなら地上へ真っ逆さまである。


『アガルタからスター3へ通達。間もなく作戦予定ポイントに到達。……カウントダウン、開始。テン、ナイン、エイト』


 通信装置から聞こえたのはボマーズの声。ボイスチェンジャーのせいで誰かまでは分からなかった。そもそも4人それぞれの区別自体がまだついていないのだが。


 10から始まったカウントは、実に淡々とその数を減らしていく。


『スリー、ツー、ワン、ゼロ、ゼロ、ゼロ』


『オペレーション・バルサン、開封(ブレイク)


『ルインキャンサー、固定具解除(フィックスリリース)


「ルインキャンサー、下野聖技、いっきまぁああす!!!」


 ―――ほとんど全裸みたいな恰好で、聖技は叫んだ。かろうじて乳首と股間の三ヶ所だけが黒い菱型の生地で隠されていた。


 どうして聖技がこんな馬鹿みたいな恰好をしているのか。その理由は、8時間ほど前にさかのぼる。


   ●


 葵がアストラに参加してちょうど一週間、その放課後だった。


 聖技と葵、そして麒麟の3人でエレベーターに乗って地下へと降りる。アガルタに到着するが、いつもの定位置である司令官の席に石川の姿は無かった。椅子の上にはその代わりに、一匹の黒猫が丸くなって眠っている。猫型金属生命体(マンティ)のルキだ。


「ルキちゃんだー、久しぶりー!」


 あっという間に逃げられた。あー、という聖技の嘆きの声がする中、空席になった椅子がゆっくりと回転していた。


 今日はこちらだ、と麒麟が2人を案内する。揺れるポニーテールを追うと、たどり着いたのはブリーフィングルームだ。


「あ、来たね3人とも」


 部屋の中には石川が1人。プロジェクタースクリーンの横にある演台で何やら資料を確認している。珍しいことにタバコを吸っていないようだ。部屋の中にもタバコの臭いがしていなかった。


 そして、


「さっそくなんだけどさ、今晩出撃してもらうから」


「そういうことはもっと早く言えやぁあーーー!!!!!」


 その言葉に葵はキレた。鞄を石川目掛けて投げつけ、勢いが足りず途中で落下した。


「あっはっは、怒りたくなるのも分からなくはないんだけどね」


「ここではよくあることだ。今のうちから慣れておけ、星川」


 そう言う麒麟は最前列の席にさっさと座った。刀を机にことりと立てかける。


「うわアオイ先輩!? 椅子はダメですって椅子は!」


 聖技は椅子を持ち上げた葵に抱き着いて制止した。固いブラジャーの感触がどことなく空しい。


「まずは座りなよ。詳しく説明するからさ」


「一応聞きますけど、嫌って言ったらどうなるんです?」


「別にいいよ。出撃しなくても」


「いやいいのかよ!?」


「え、なんで?」


 2人の疑問の声に、石川は微笑みながら答えた。


「それはね、今回の作戦は軍からの要請でアストラは出撃しなければならないけれど、ルインキャンサーに関しては政府からの要望だからだよ」


 葵は椅子を持ち上げた体勢のまま、抱き着く聖技の方を見た。石川も聖技を見た。聖技はどういう意味なのか分からないという顔をしていた。つまりね、と言う前置きの後、石川が説明を続ける。


「何か理由を付けて、ルインキャンサーの出撃は拒否できるんだ。誰を出すかについての裁量権はこっちが持ってるわけだしね」


「理由って?」


「うーん、たとえばー、……女の子の日とか?」


「うーわサイテー」


「つーかオレらピル飲んでんだけど。その理由とおんねーだろ」


 ドール・マキナ・マーシャルアーツに選手登録した学生や、日本軍に所属する女性兵たちは、軍から低用量ピルが処方される。体育の授業などとは違い、有事の際に生理だから出撃できませんなどとは言えないからだ。


「それは大丈夫。下野さん、もともと生理が軽いからって頻繁に飲み忘れてたでしょ?」


「いやなんで知ってるんですか!? こわっ! キモっ!」


「つーか軽いんなら結局ダメじゃね?」


「環境が変わったせいで重くなったとかで言い訳できるんじゃない? 男の政治家はその辺り無頓着だし、女性政治家なら共感してくれる」


「男のくせに事情に詳し過ぎて引くんですけど……」


「どーかん」


「いやそんな目でみないでくれる? あのね、僕は指揮官なんだから生理心理学を修める必要があってね、その辺りの内容もその時に習うんだよ」


「へー」


「ほー」


「「ふーん」」


「欠片も納得していない返事をどうもありがとう。で、参加するなら座って」


「参加しないなら?」


「まぁ、お留守番? ボマーズたちもオペレーターとしての仕事があるから、ルインキャンサーの調査も中止だし。あ、授業の予習復習しててもいいよ?」


「……参加します。アオイ先輩は?」


 葵は持ち上げたままだった椅子を床に戻すと、その上に座って足を組んだ。


「出ンに決まってんだろ!」


 聖技も椅子を引っ張りだしてその隣に座った。最後に、1人離れた場所に座っていた麒麟は首を傾げ、


「ところで隊長、私には何も聞かないのか?」


「……いや、あの、麒麟ちゃん? 君は強制参加だからね?」


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