表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第1話 悪を滅ぼす者
12/71

悪を滅ぼす者 12


 結局、一睡も出来なかった。


 頭や腕に大袈裟に巻かれていた包帯も、頬や肩や尻にまで貼られていたガーゼも全部剥がした。シャワーを浴びても少しも染みない。怪我はもうすっかり治っていた。目で見る限りでは痕も残っていない。父親いわく、聖技は他の人と比べてかなり傷の治りが早い体質らしい。医者がそう言うんならそうなんだろう。


 朝の青梅駅はとんでもなく混んでいて、駅にいる人間だけで故郷の町民全員よりも多いんじゃないかと思う。


 一縷の望みをかけて探してみたが、聖技の他に、花山院学園の制服を着た姿は見つからなかった。


 駅の混雑っぷりから噂に聞く満員電車を覚悟していたが、奥多摩方面に向かう電車への乗客は驚くほど少ない。ガラガラに空いていた。


 奥多摩駅に近付くほどに人の数は減っていく。最終的に奥多摩駅で降りたのは、聖技を含めて10人も残らなかった。


 青梅線は、一般的にはここ、奥多摩駅が終点だ。だが、花山院学園に向かうには、ここから更に特殊な工程を踏むことになる。


 駅員に行き先を告げると生徒手帳の提示を求められた。次に網膜による本人確認が行われた。その後に案内されたのは、銃を持った兵士複数人で警護された通路である。そうしてようやくプラットフォームに到着する。


 聖技以外に、利用客はいなかった。


 無人の売店。どうやら自由に持っていっていいらしい。聖技は今日の新聞を手に取った。


 高校生になったから意識改革、なんて殊勝な理由ではもちろん無い。昨日の事件について、何か書かれてないかと気になったのだ。


 構内放送。電車が来るから黄色より下がれのお決まりの内容。


 カバンを右手に新聞を左手に、聖技は1人、誰もいない車両に乗り込んだ。


 豪奢な内装の中で悠々と座る。他に乗客がいないのをいいことに、聖技は新聞を両手で広げた。


 実は、真面目に新聞に目を通すのは生まれて初めてだったりする。これまでは4コマ漫画とテレビ欄しかマトモに読んだことがない。


 今更ながら徹夜の反動(すんごい眠気)が襲ってくる。新聞と一緒にコーヒーも貰ってくるべきだったかな、と頭の片隅で思う。


(でもボク、空きっ腹にコーヒー入れるとお腹痛くなっちゃうんだよなぁ)


 四苦八苦しながらも、読み始めた。


 ―――ロシアの侵略、止まらず。ベラルーシ、ウクライナに続きモルドバも陥落。


 ―――軍事費大幅増か。更なる増税の方針に議会紛糾。


 ―――豊菱重工の新型機、お披露目会で合体失敗爆発炎上。スサノオ・プランに暗礁か。


 ―――2月に発生した鳥インフルエンザ、未だ終息せず更に拡大。


 ―――東京都広域で同時多発DMテロ発生。


「あ」


 見つけた。


 昨日の昼頃から東京都の広範囲にて、多数のドール・マキナが暴れる事件が発生。犯行声明はいまだ出されておらず、いくつかの地域では銀行や宝石店、民家が荒らされた痕跡が見つかっている。広範囲で同時多発的に発生したことから組織だった活動と見られ、一部地域においては迎撃活動に遅れも発生し―――


(……確かに、昨日はボクが戦うまで、戦闘の形跡は無かった気がする)


 記事にはさらに子細が書かれている。その内容を目を皿のようにして読み込む。けれども、何度確認しても、下野(しもつけ)聖技(せいぎ)の名前も、ルインキャンサーの名前も書かれていなか



「――――――はっ!?」



 いつの間にか、電車は止まっていた。ドアも開いていた。


「うぇっ!? うそ、寝てた!?」


 大慌てで電車から駆け降りた。ドアが閉まる音を聞きながら、新聞を持っていることに気付いた。首を傾げる。何でこんなもの持ってるんだろう。目に付いたゴミ箱に新聞を叩き込んだ。


 駅名標には”花山院学園前“の文字が見える。そういえば、ろくに確認せずに電車を降りてしまったな、ということに遅れて気付いた。


「まぁ、別の駅で降りちゃってても今はケータイがあるし……ってあー、そっか。昨日落としたんだっけ。あれ、落とした……んだよ、ね?」


 ふと思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


 思い出せ。確か、ハカセから「何、今日の午後から学園案内? で、お前が最後に駅に行ったのはいつだ? ……。ふむ、ふむ、なるほど。いいか、聖技。悪いことは言わん。今すぐ駅に向かって道を確認してこい。3日もあればお前は普通に忘れる。確実だ。間違いない。1日でテスト勉強の内容を忘れる頭なんだから2日もあれば道くらい忘れるに決まっているだろう」なんて会話を電話でして、朝のうちに青梅駅(おうめえき)に行って、それから―――


「……………………」


 次に覚えているのは、シェルターの中でオシッコ漏らしたのを慰めてもらっているところだ。


 なんだか、頭の中にモヤがかかっているような気がする。忘れてはいけないことを忘れているような。


「……まぁ、いっか。思い出せないってことは大した内容じゃないだろうし」


 どうせなら、この年になってお漏らししてしまったことを忘れてしまいたかった。


 改めて、周りの様子を見渡してみる。駅の周りは大量の木々で覆われていて、更にその先は森の影になっている。


 花山院学園は、奥多摩の森の奥深くに存在する。人里から隔離された、天上人(てんじょうびと)の子供のみが住まうことを許される、事実上の治外法権地帯。道路から通じる道は、なんと軍によって警備のもと常に検問されているらしい。


 今さら思う。そんな場所に、パーペキにパンピーな自分が入学するのは、ひどく場違いなんじゃないか、と。


「ま、勝手に不安を膨らませてもしょーがないってね。こういうのなんて言うんだっけ? 捕らぬ狸の皮算用?」


 なんか微妙に方向性が違う気がする。ことわざ性の違いにより解散。そう思いながら、駅を出ることにした。


 奥多摩駅と違って無人駅のようだった。駅構内に人の姿は無く、線路を横切り改札口を抜け、


「おはよう! 貴様が下野(しもつけ)聖技(せいぎ)で相違ないな!?」


「おひょおっ!?」


 飛び上がった。誰もいないと思っていたから余計にびっくりした。二日連続で漏らすかと思った。


「び、びっくりしたぁ……」


 聖技に声をかけたのは、すらりとした体躯の美女だ。濡れ羽色の髪をポニーテールでまとめ、聖技と同じ制服を着ている。違うのは首のリボンの色だ。聖技は1年生を表す赤色で、美女は3年生用の緑だった。腕には生徒会と書かれた腕章を差し、腰には一振りの刀を差している。しなやかな脚は黒のストッキングで覆われていて、


「…………」


 脚まで下がった視線を上に戻す。あまりにも堂々とした立ち姿。違和感を覚えないどころか似合い過ぎてて、危うくスルーしそうになった。



 腰に、刀を、差している。



 聖技は思う。これ、聞いても大丈夫なやつ、と。正直ちびりそうだった。視線は雄弁だったらしい。相手は聖技が何に注目しているかを察して、


「安心していい。刃は潰してある」


 それは、果たして本当に安心できることなのだろうか。


 いや、だって、刃を潰したところで、つまり鉄の棒なんじゃない? 単に斬殺が撲殺に変わるだけなんじゃない?


「それで、貴様が下野聖技か?」


「あ、はい。そうです。下野聖技です」


 深く追求するのは止めよう。聖技はそう思った。だって、相手は刃物を持ってるんだし。


「うむ。私は花山院学園高等部三年、東郷(とうごう)麒麟(きりん)。生徒会長だ。つまり学園で一番強い生徒ということだな。よろしく頼む」


「あ、はい。よろしくお願いしま―――なんて???」


 なんか、変な言葉が挟まっていた気がした。


「うむ、挑戦はいつでも受け付ける。……と言いたいところだが、生徒会長を務めるには財力と権力も重視されるのでな。腕っ節だけで挑むのは推奨出来んぞ」


 カラカラと笑う麒麟を見て、聖技は物凄く対応に困った。ついでにもう一つ思い出した。


「あ、すいません昨日は。約束の時間になっても来なくて」


「何、気にするな。来なかったのではなく来れなかったのだろう? 私の耳にも入っている。東京都内同時多発テロ、貴様も巻き込まれたようで大変だったな。御母堂(ごぼどう)も大層ご心配しておられたぞ」


「いやーこの通り五体満足で、……ゴボドー?」


「それと、これは貴様のものだろう?」


 そう言った麒麟がポケットから取り出したのは、ものすごく見覚えのある携帯電話だった。2004年3月発売の最新モデル。大容量の40MB。ストラップにはUFOを模したアクセサリーと、摩訶不思議な模様のアクセサリー。


 どこからどう見ても、()()()()()()()()()()()()()、聖技の携帯電話だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ