塔
連れて来られたのは搭の頂上だった。大きな部屋になっており、そこには多数の負傷兵が横たわる。
王は玉座に腰掛け話しはじめる。
「余は短気ゆえ早速本題だか、解術師よ、この国の兵士にならぬか。さすれば靴屋一家を殺した罪は大目にみよう」
「我は故人の意思を尊重したまで。兵士になる気はない」
リトは即答する。
「結構な口のききかたじゃの。大口叩けるのも今のうちと思え」
王は立ち上がって真っ直ぐに私たちを見下ろす。
「お前の力は強大であろう。見ればわかる。なぜ子どもと女などと足手まといを連れておる?」
「足手まといなどではない」
「そうか?余には足手まといにしか見えぬがな。まぁ良い、お前が足手まといを連れているおかげでこうしてゆっくりと、話しができるのだ」
王はわざとらしくゆっくりと傍らの葡萄酒を飲み干す。
「この国の兵隊を見てみよ。みんな不老不死とはいえ、非力なものじゃ。近隣諸国は難攻不落の城や硬度の高い武器を作り、我が国にとって脅威じゃ。攻めてくる前に手を打ちたい。そこで…」
「戦を仕掛けるというのか?」
「その通り」
「なんと愚かな。歴史を繰り返してはならぬ。何のために不老不死の命を与えられたと?」
「はっはっは。歴史とは笑わせるな。600年前のことを申しているのか?永久の平和を目指した結果はどうなった?今や戦、戦と騒いでおるのは我が国だけではないぞ。結局人は欲にまみれた醜い生き物だ。争わずにはいられないということが明確になっただけであろう」
「そうだ。人というのは愚かで醜い生き物だ。しかしその欲を抑えて生きていかねばならぬ。争いを避け、国を良き方向へ導くのが王の務めではないのか?」
「いや、争いなくして富は得られず。つらつらと何も知らない若造が綺麗ごとをぬかしおって。余に指図する気か?」
王の目はギラギラと威圧的になる。
「頸を縦に振らないならやむを得ん。子どもは預かる。協力するなら返してやろう。牢で考えが変わるまで過ごすが良い。なに、余にとって数か月などまたたく間」
王は本当に短気だ。
反論する隙もなく、リトと私は牢に閉じ込められた。
「もうこれは仕方ないです!リト強いんでしょ。あんな分からず屋もう吹き飛ばしちゃって、モコを取り戻して逃げるのはどうでしょう」
「ソラは時に逞しいことを申すな。しかし、王もかなりの実力者と見受けられる。そう簡単にはいかぬであろうな。何より、下手に動いてモコに手を出されたら一大事だ」
「うむむ…
っというか、何で王さまとあんなに対等に言い合えるんですか?私なんて一言も加勢できませんでしたよ」
「…」
沈黙が流れる。
天井から水が滴り冷たい。せめてもと思い、汚い水皿を滴の落ちる場所に置く。
がさがさと物音…。
「可哀想に。こんなところに放り込まれるなんて、いったい全体何を仕出かしたのかぁい?」
暗くてよくわからなかったが、奥に人が座っていた。そのすぐ隣に横たわる者もいる。
「誰?」
恐る恐る問う。
「私かい?私は隣の国の学者だよ。ここにいるもう一人はほとんど物を言わないから、久しぶりに人と話しをするねぇ。嬉しいねぇ」
暗さに目が慣れてくると、髪も髭も伸び放題で、痩せこけた人物が浮かび上がってきた。
ねっとりとした話し方が不気味だ。
返答に困っていると、学者は構わず話し続ける。
「ここに閉じ込められた理由かい?それはねぇ」
「いえいえ、聞いてませんから!!」
何だか面倒くさそうだ。
「私は不老不死を研究していてねぇ。首を突っ込み過ぎてこうなったわけだよ。不老不死っていいよねぇ」
「この国の人たちは不老不死が嬉しい人ばっかりじゃないみたいですよ。死なないって大変なこともたくさん…」
「なんでだい?永遠に学問を極められるなんて幸せじゃないか?同じ本を何千回読んだって飽きないさぁ」
「リト、私ダメかも。ちょっとこの人気持ち悪い…」
助けを求めるも、リトは考え事をしているのか上の空の返事だ。
「正直なことを申してはならぬ」
………
「正直なことって!!リトもそう思ってるってことですよね!!」
「すまぬ…」
「いいねぇ。もっとたくさんおしゃべりしておくれ」
キャー!!
学者がこちらへ寄ってきたので私はリトを盾にして後ろへ隠れた。
「水…水を…くれ…」
話し声がうるさかったのか、横たわる人物が起きたようで唐突に声を発する。
リトが水皿を持っていく。
「それ、飲ませちゃって大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。解術で浄化しよう」
リトが手をかざすと水皿の水は綺麗な水に変わっていた。
ごくりと、静かな牢に水を飲む音が響く。
「ありがとう」
そう言いもう一人の人物は、横になったまま何口か水を飲んだが、すぐに吐き戻した。見ると兵隊の服を着ており胸には血が滲んでいる。傷が化膿しているようで嫌な臭いが広がる。
「包帯を清潔なものにしよう」
巻いてあった包帯を外すと、傷は、想像以上だった。おそらく刃物で胸を貫かれたのだろう。背中、胸に塞がりきらない傷と膿。
リトが残りの水で包帯を洗う。
「その傷は、どうした?」
「これは隣国…金銀財宝の国に忍び込み情報を得ていたのですが…その時に気付かれてしまって…刺されました。拷問も受け、逆にこの国の情報を漏らしてしまい…ご覧の有り様です」
「ひどい傷だ。耐え難かろう」
「いえわずかながら国から鎮静剤を頂いていますので…兵に入った者の特権で、傷を負えば貴重な鎮静剤をわけてもらえる。傷が癒えればまた王のお側に仕えることができる。私も数百年ここで罪を償えばまたお役に立てましょう」
リトも私も返す言葉が出なかった。
なぜそこまでしてあの王につかえるのか理解できない。
「王は暴君にみえましょう。しかし心根はこの国のことを一番に考えていらっしゃる方だったのです」