襲撃
ベッドに横になるが、なかなか眠りにつけなかった。窓の外に蠢く影、静か過ぎる空間…。
「モコ、もう寝ちゃった?」床で丸まっているモコに声をかけるも返事はなく、すっかり夢の中だ。
どうにも心細く隣の部屋へ続くドアをそっと開ける。
リトは書き物をしていた。
「あの、眠れなくて…」
「そうか。ではそこの椅子に座ると良い。温かい飲み物でもいれてこよう」
温かい飲み物は緊張感を解きほぐしてくれた。木の実の薫りがするお茶は不思議とどこかで飲んだことのあるような懐かしい味だった。
「昼の話しの続きなんですが、私…今までのことが全く思い出せないんです。だからこれからどうしようとか何も考えられなくて…」
「モコが誰でもない者は誰にでもなれると言っていた。ソラはこれからを一生懸命に生きれば良いのではないか?失った記憶を探したいのであればそれもよし、また全く別の道を歩むもよし」
リトに言われるとなぜか説得力があった。「私は…」言いかけてよく考える。リトは一旦書き物に戻り、答えを待ってくれる。
「記憶を探したいかもしれません。もしかしたら悪い人だったかもしれないし、それなのにヘラヘラ生きていたら足元が不安定な感じがするから。でも1人だと不安で…解術を覚えて仕事を手伝わせてもらってもいいですか?」
「ソラは優しいな。我は構わぬ。モコも喜ぶであろう」
お茶で身体が温かくなってきた。行くべき道が定まり、安心感が眠気に変わってくる。
その時、施錠した表のドアをノックする音がした。
「ソラ、我の後ろへ」
こん、こんこん、こんこん
ドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ノックは次第にドアを激しく叩く音に変わった。
モコが隣の部屋からすっ飛んでくる。
「お師匠さん。ぼく、なんかあの音怖いよ」
リトは人差し指と中指を伸ばして揃え、ひゅっと横に振った。すると透明な膜が出現し、私たち3人は大きなシャボン玉の中にいるようだった。
、と同時にドアは木っ端微塵に吹き飛び瓦礫が散乱する。不思議とシャボン玉の中には瓦礫が飛んでこず、怪我をせずに済んだ。
「ここから動かずに身を屈めているように」
そう言い残しリトだけシャボン玉の外に出る。瓦礫の埃がおさまるとドアを吹き飛ばした人物が見えてきた。
鎧を纏った大柄な人物、髪は疎らに抜け落ち目は落ち窪み、黒い影が縦横無尽に蠢いている。
リトが両手を閉じたところから大きく開くと装飾の施された身の丈ほどの杖が現れた。
間髪入れず影は一斉に攻撃してくる。しかし、杖一振りで閃光が走り影は押し戻されていった。
「靴屋の老人の命を奪ったとしておぬしらを捕らえるよう国王の命令が出ておる。大人しくいたせ。この国にとって命は宝、それを奪うは重罪…」
鎧の人物は息も絶え絶え必死に話す。
「我はむやみに人の命を奪ったりはせぬ。明日外せぬ用があるため今夜はこれにて失礼いたす」
リトは素早い動きで影の攻撃を交わし鎧の人物を吹き飛ばして気絶させた。そして
「モコ、ソラ、ここにはもういられないようだ」
と粉々のドアを跨いで表へ歩き出す。
シャボン玉は内側からは呆気なく出られた。
「どこへ?」急いで追いかけながら問う。
「朝までどこがで身を隠そう。日の出とともにサヤのところへ向かう」
その晩はとても長く感じた。空き家の物置きで横になるがいつ影に襲撃されるかわからない状況で気を張り詰めていた。
塔のシルエットが浮かび上がりはじめ朝日が昇る。
「よかった…陽が昇ってきましたね…」