祝日
次に目が覚めた時、昨夜の恐怖は悪い夢だったような気がした。
日は高く上り、街は人々の話し声で賑やかだ。
しかし、恐る恐る隣の部屋を覗くと、老人は確かにベッドに横たわっていた。
「老人はまだしばらく起きないだろう」
私はびっくりして振り返る。いつの間にかリトが近くに立っていた。
「お、おはようございます。昨日は私のせいで…」
「いや、いい。気にするな。それより、その服で出歩くのは寒かろう。今日はまつりのようだ。買いに出るか」
昨晩あんな大事があったなどどこ吹く風で、逆に何だかホッとした。ここは一旦、あの恐怖体験を忘れておいてもいいものだろうか。
窓の外を見ると家々には旗がかけられ、きっと何かの記念日なのだろう。
「いえ、私、お金を持っていなくて…」
「かまわぬ」
何だか悪いと思いつつ、あまりにはっきりと言い切られ、つい一緒に街に来てしまった。素性は知れないが、悪い人ではないと思う。
「モコ、人ごみではぐれぬようにな」
モコを気にかけるリトは師匠というよりまるで保護者だ。
塔の下にはずらりと小さな店が並び、服や装飾、骨董品、少量ながらも食糧が売られていた。
「えー楽しそう。何あれ、おもちゃの鉄砲で撃ち落としたら箱入り落花生がもらえるみたいだよ!行こう!」
はぐれないようにという言葉を無視してモコは駆けていく。
「いらっしゃい。銅貨1枚あるかい?」
気さくな店員に声をかけられ、モコは銅貨をねだりにくる。
「お師匠さん、お金、1枚ちょうだい。お願いお願いお願ーい」
リトは財布ごとモコに渡す。
「モコって子どもらしくて可愛らしいですよね」
何を話したら良いのかわからず、モコをのことを話題にする。
「あの無邪気さに、つい甘やかしてしまってな」
リトの声は穏やかだ。
モコは何度も的を狙うが、なかなか当たらず、とうとういじける。
「もう、落花生なんて嫌い」
「我がやってみよう」
リトは鉄砲を受け取り景品を端から全部撃ち落とした。
モコは大喜びだったが、射撃の腕うんぬんより前に甘やかしの度合いが気になってしまうのは私だけだろうか。
「わーいやったぁ」
「そんなにたくさんの落花生食べきれる?お腹痛くなっちゃったら大変だよ」
「あ、ソラにもあげる」
「そうじゃなくて。って私3箱も食べられないよ」
リトはなぜか無言で落花生の殻を剥いてくれた。
「いや、だからそうじゃなくて…」
どうやらこの二人に意思を伝えるのはコツがいりそうだ。
諦めて口の中に落花生を放り込むと何とも香ばしく美味しかった。
「落花生は痩せた土地でも育てやすい。生き抜く知恵というのはその土地の宝だと我は思うている」
「なるほど、そう…ですね…」
離れたところでモコは知らない人に声をかける。
「ねぇねぇおじさん。落花生食べる?」
「おぉ、くれるのか。優しい子だな」
「ぼくのお師匠さんがとってくれたのー」
「すごいじゃないか。そりゃ頼もしい人に育ててもらったなぁ」
モコは得意になって会う人達に落花生を分けた。
「なんかこういうのって良いですね」
人との関わりというのは心が和むものだ。
端の方には薄地の羽織が並べてある。
「うわぁ素敵な生地。どうやって織ってあるんだろう?ちょっと見てきて良いですか?」
今度は私が興味津々でつい、駆けていってしまった。
すぐに店のおばあさんが出てくる。
「どうですか、一枚」
「いえ、私お金ないんです」
「せっかくだ。選んだら良い。靴も、そこにあるのはどうだ」
ちゃっかり私もリトに甘やかされているようだ。こんなにも良心的で申し訳ない。
変な壺の模様を眺めたり、ヒヨコを手に乗せてみたり、1日ではとても周りつくせなかった。
「今日は本当にありがとうございました」
リトにお礼を言うと
「いや、いいのだ」
とだけ返された。確かに、口数は少ない。
「ねぇねぇ、葡萄酒もらってきたよー」
モコが駆けてくる。
「それ、飲んで大丈夫?子どもは飲まないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だよ。わー美味しい」
モコはその後ずっと千鳥足だった。あげくに地面に突っ伏してそのまま眠る。
「あーあ。だから言ったのに。モコ、大丈夫?」
リトは慣れた様子でモコを背負う。
「では、そろそろ帰るか?」
帰り際、夜になりきらない明るい空に花火が上がり、綺麗だった。
音に驚いたモコは半開きの目で空を見上げ
「うー、夜空のほうが鮮やかなのにー」
とぼやく。
リトがひゅっと指を振った後、花火の光が一層輝いたのを、私は見逃さなかった。
「ふふ、仲良しでいいですね」