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茶会は週一


 公爵家の家格に相応しい敷地内に、その場所はある。

 屋敷の本邸からも見渡せる開けた所に設置された、私専用のガーデンテーブル。それは未婚の令嬢である私に、万に一つでも間違いがないように。

 繊細なデザインのテーブルは私の年相応に合せられ、何度か買い替えられている。

 真白の肌を焼いてしまわないように、周囲に植えられた木々の位置すら計算されていると庭師は教えてくれた。

 そんな公爵令嬢のための庭で、私はソレイユ殿下と向かい合っている。


「機嫌が良くないみたいだね」

「理由なんてお分かりでしょうに」


 先程までぬいとイチャイチャラブラブきゃっきゃうふふな時間を過ごしている私の姿をバッチリ目撃した上で、彼は素知らぬ顔をしてのたまうのだ。侍女が慣れた手付きで運んでくれた紅茶の香りと、お気に入りの焼き菓子のお陰で心が少しばかり持ち直したとはいえ、私の機嫌が良いわけがない。

 週に一度、決められた場所に、決められた時間。ソレイユ殿下とのお茶会は、婚約者候補である者の義務だ。彼に恋する貴族令嬢達ならば我先にと手を上げ、何時間でも付き合うことだろう。

 しかし、私にとってはぬいとの時間以上に大切なものはないわけで。

 ええ、無いの。大切なことだから二度ほど主張させていただきますけども。

 家庭教師から骨の髄にまで叩き込まれた淑女のマナーでもって、爪の先まで優雅に見えるようにカップを持つ。不知火綾香であった頃なら、トップモデルにでも上り詰めていたかもしれない。……あの顔じゃあ、無理か。かつての平凡さを、紅茶と共に呑み込んだ。


「フレア、いい加減分かってくれないかな」

「何を?」

「君の立場というものを」


 羨ましいくらいに長い足を組み、殿下は私を出来の悪い生徒のように窘める。

 立場と言われても、私はただの婚約者候補に過ぎないのだ。たとえ、候補者がたった一人であろうとも。それを望んだのが、現国王であろうとも。

 正式な婚約式を終えていない以上、私はあくまで婚約者候補という立場を譲るつもりはない。あわよくば、他の候補が現れてくれないかとすら思っている。

 そんな私の考えすらも見透かすように、殿下の視線は私から外れることがない。


「フレアレディ・ブラン。ブラン公爵の血を継いで、魔力を持った娘。始まりの王に似た髪色に、美しいルビーに皆は期待しているんだ。僕と君との間に生まれた子供は、さらにこの国の繁栄を招くだろうとね」


 だから分かるだろう?と殿下はそれ以上を口にしない。

 誰に言われずとも分かっている。私には、私が望む以上の価値を見出されてしまっている。

 王妃様に似た実り豊かな稲穂の色を、深く深く沈んでしまいそうな海底の色を、殿下が望んでいないことも知っている。

 アルアルド王国において黒は尊ばれる色だ。始まりの王が纏ったとされる色。何物にも染まらず、何者にも犯されることのない色。強さの象徴として、風に揺れる王の長い髪は黒だった。

 歴代の王も例外なく黒色を濃さに違いはあれど宿している。けれど、王位継承権を持つソレイユ殿下は黒をどこにも纏うことはなかった。顔立ちこそ国王に似ているが、色は完全に王妃のものを受け継いでしまった。

 だからこそ、王家は私との婚姻で次代に黒が戻ることを望んでいる。

 私の気持ちも、彼の気持ちも、そこにはない。

 冷たい海の瞳は、王族の義務で私に向けられているに過ぎない。

 カップを掴む私の手に、彼の手が上から覆い被さるように重なる。じんわりと伝わる体温は、ひなたぼっこをした綿の孕む優しい熱とは違う。ぴくりと震えてしまった肩が、彼に気付かれることはなかった。


「……そこまで私が欲しいとおっしゃるのなら、ぬいの同席を認めてからおっしゃってくださいます?」

「ぬいぐるみの同席を認めたなら、君はそっちに夢中になっちゃうだろ」

「当たり前でしょう」


 可愛いものが傍にあって愛でないわけがない。ぬいは可愛い。つまり、ぬいを愛でるに決まっている。真面目に答えてあげた私に、呆れた顔で殿下はため息を溢した。


「それじゃあ意味がないんだよ」

「では、殿下もぬいを愛でます?私のぬいは私のなので、お渡しできませんが」

「僕ら結婚前の男女だよね?もっと有意義な会話とかあると思うんだ」

「結婚以前に婚約すらしていませんが」

「ああ、もう!また会話がループしてる。フレア、僕だって傷付くんだからね」

「傷付く?殿下が?ご冗談でしょう」


 そんな繊細な性格をしているのなら、とっくに私を見限って別の候補を探しているはずだ。

 毎週飽きもせず同じ内容を繰り返しているのに、それでも気にせず訪ねてくるのは彼の精神がぶっとい鋼か何かで出来ているからに違いないと私は思うのだ。



読んでくださって、ありがとうございました。

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