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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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奇跡


「……ぁあああぁ……ぁあああ」



 その時、奥の部屋からうめき声が響いた。

 皆その声を聞いて、肩を跳ねさせる。

 オルハは声を聞くと焦った顔をして、俺達を振り返った。



「カリンツが目を覚ましたんだ……俺……様子を見に行ってもいいですか?」

「勿論です」



 オルハは一礼すると、急ぎ足で部屋を飛び出して行った。

 オルハの考えや気持ちを聞いて、俺は裏で操っている誰かに腹を立てていた。

 コソコソと裏で手を回して、関係のない人間を巻き込んで、その一生を台無しにさせて……。

 俺は、握り締めた手が怒りで震えてくるのを感じた。

 それを見たお嬢様が、そっと俺の手をとってくれた。

 お嬢様は目に涙を溜めたまま、泣くまいと堪えていた。



「手掛かりは……何もありませんの……?」



 お嬢様の問い掛けに、ジュダスさんは珍しく歯切れが悪く答えた。



「……申し訳ございません……何も……」

「……そうですか……」



 お嬢様は悲しそうに目を伏せて俯いた。

 ジュダスさんにも尻尾を掴ませないなんて……。

 一体、何が裏で暗躍しているのか……。

 それに、俺達の何が関係しているというんだろうか……。



「……リオン、カーミラ様。オルハから話を聞くという要件は済みました。これ以上我々がここにいても、出来る事は有りません。ここは危険です。帰りましょう」

「危険とはどういう事ですの?」

「暗躍している者が、オルハに接触する可能性もゼロではありません。お嬢様はお帰り下さい」



 本当に出来る事は無いんだろうか……。

 俺はオルハの願いを考えていた。

 オルハは、ずっと仕えていたカリンツという少年を治す為にレベッカ様に仕え様とした…。

 傷を癒す事は、希少な光属性でなくてはならない…。




 ……本当に……?




 何だ?俺は何が引っ掛かってるんだ?

 考えろ。何に引っ掛かってるんだいるのか……。

 今世?いや前世の何かが引っ掛かっているのか?



「さあ、帰りますよ、リオン」

「少しだけ待って下さい。何か思い出しそうなんです」

「……思い出す……?」

「リオン…?」



 ジュダスさんの言葉を無視して、俺は考え続ける。

 お嬢様が、心配そうな顔で此方を見ている。


 癒し……。

 魔術……。

 お嬢様の規格外の魔力……。

 シナリオと違うお嬢様。

 シナリオと違うストーリー。

 いや、違う。ストーリーなんかじゃない。これは現実だ。

 何処だ…何処に引っ掛かってる…。

 この世界の成り立ち……。

 この世界の創造神シーヴァリース……。

シーヴァリースは何と言っていた?

 この星を癒す為に……。



“光の女神と守りを司る水の女神グレイシーヌと、繁栄を司る大地の女神ルーフェミアにこの星を癒させました“

 


 この星を癒させた(・・・・)…?

ティルエイダ一人にではなく、三人の女神に?


 

 そうか……。

 俺の中で引っ掛かっていたのはこれか…?





「すみません……カリンツの具合が良く無いので、大変申し訳ありませんが、帰って頂いても宜しいですか……?此方から後日また伺いますので……」



 戻ってきたオルハが、顔色を悪くさせたまま呟いた。

 ジュダスさんが俺達にさぁと声を掛け、玄関に歩き出す。

 でも俺は、オルハの肩を掴んで口を開いた。



「オルハ、カリンツに会わせて下さい」



 それを聞いたオルハの顔が、みるみる怒りに染まっていく。

 俺の腕を振り払い、髪を振り乱して怒鳴った。

 振り解いた腕の力が強くて、そのまま頬を掠めた。



「具合が悪いって言ってるだろ!アイツは……死にかけてんだよ!!もう……足も腐り始めてる……っ!面白半分で見せ物でも見ようとしてんなら早く帰ってくれ!!」



 俺はお嬢様を振り返った。

 お嬢様は、突然こちらを振り返った俺に吃驚したのか、肩を揺らす。

 ジュダスさんも訳の分からない様子でこちらを見ている。

 そして、お嬢様の小さな手をそっと繋いで、もう一度オルハに振り返った。

 


「オルハ、お願いします。俺達をカリンツに会わせて下さい」

「だから………!」



 俺の真剣な瞳を見て、オルハは言葉を止めた。

 此方の様子を注意深く見つめている。

 俺はオルハが分かってくれるまで待つことにした。

 暫く俺を睨みつけていたオルハは、フッと視線を逸らして宙を見上げた。

 そして、こちらを振り返って、静かにこう言った。



「……大きい声は出さないでくれ」

「ありがとうございます、オルハ」



 オルハはもう一度俺の瞳を見つめ、躊躇いがちに部屋を出た。

 扉のない仕切りを超え、こちらに手招きをする。

 俺とお嬢様は手を繋いだままオルハを追った。

 最初は渋い顔をしていたジュダスさんも、言っても無駄と悟ったかその後に続いた。

 廊下に出て、すぐに突き当たった奥の部屋への扉の前で足を止めたオルハは、振り返る事なく深呼吸をするとゆっくりとドアノブを回した。


 扉を開けると、最初に肉の腐った香りが鼻を掠めた。

 そして、視線の先にはベッドに横たわる少年の姿が目に映った。

 窓際に置かれたベッドは、一人様の小さなベッドだった。

 窓からは風が入り、薄手のカーテンを揺らしている。

 



「……ぁぁあがああぁ……」



 その瞬間、お嬢様が一際大きく身体を震わせた。

 恐らく、怯えているんだと思う。

 カリンツと思われる少年は、目に包帯を巻き、首に巻かれた包帯は血が滲み、腕や足に包帯を巻いていた。

 左足は膝から下が無く、巻かれた包帯は血が滲み、異臭を放っていた。

 



「どうした?カリンツ。喉が乾いたか?」



 オルハは優しい声色でカリンツに声を掛けながら近寄った。

 ベッドの横に置かれた丸椅子に座ると、彼の手を取り額に触れた。



「……少し熱が出てきたみたいだな……待ってろ、今リーゴを擦りおろしてやるからな」



 オルハは手慣れた手つきで、ベッドの横にあるリンゴを手に取ると、ポケットに入っていたポケットナイフで皮を剥き始めた。



「…………ぉぉぉおじて………」

「ん?どうした?カリンツ」

「……ご……じ……」



 喉を潰されている為上手く喋れないカリンツを見て、お嬢様は声も出せずに涙を流していた。

 俺はその横顔を眺め、ギュッと手に力を込めてお嬢様の手を握り締めた。



「……ごろじて……おぅは……」

「……!……カリンツ……」

「……ごろじてぇ……」



 殺してくれと声を振り絞るカリンツに、リンゴを向いていたオルハは、持っていたナイフを落とすと、肩を震わせた。

 


「……うっ……くっ……どうして……どうしてお前がこんな目に……」



 オルハは、堪え切れず嗚咽を漏らしながらカリンツを抱きしめた。

 お嬢様が、俺の手を痛い程に握り返す。

 俺はお嬢様の正面に立って、お嬢様のもう片方の手も取った。




「お嬢様。メイベル先生の歴史の授業を思い出して下さい」

「……こんな時に……なんですの……?」



 オルハが、こちらを振り向き、カリンツは聞き覚えのない声に身体を強張らせた。

 俺は出来るだけ優しく丁寧に、窓際のベッドに横たわるカリンツに声を掛けた。



「初めまして、カリンツ。……オルハと同じ職場のリオンと申します。今日は、お仕えしているお嬢様とお見舞いに来たんです。ね?お嬢様」

「……え、ええ……初めまして。カーミラと申しますわ」



 訳が分からず、自己紹介をしたお嬢様は、カリンツから俺に視線を戻した。

 どうするつもりか分からない様だ。

 オルハもカリンツを抱きしめたまま、涙でぐちゃぐちゃの顔をこちらに向けた。



「お嬢様。メイベル先生の神々のお話しは思い出しましたか?」

「お、思い出すも何も……ちゃんと頭に入っておりますわ…。それよりリオン…それが一体何の関係が……」

「お嬢様。俺を信じて力を貸して下さい。カリンツの身体を治せるかもしれません」

「……え……?」

「勿論絶対……とは言えません。ですが試してみる価値はあるかと思います」



 俺の言葉に、一番驚いたのはオルハだった。

 一瞬の後、すぐに馬鹿なと顔を背けた。



「カーミラ様は光属性をお待ちでないんだ。…希望を持たせる様な事を、カリンツの前で言うのはやめてくれ…!」



 静かな怒りをあらわにしたオルハは、落ちたナイフを拾って握り締めた。

 俺は、オルハに構わず真っ直ぐにお嬢様だけを見つめた。



「お嬢様は私を信じてくれますか?」

「……………」



 お嬢様は俺の目を見返すと、ゆっくりと頷いた。



「ええ。リオンは無駄な事はしないわ。わたくしはリオンを信じます」



 俺は微笑んで、少し俺より高いお嬢様の頭を撫でた。

 よし。

 試してみよう。

 神々の話しを信じて。




「良いですかお嬢様。お嬢様は途方も無い魔力をお持ちです。四属性の発現と、神々のご加護がありますね?」

「……ええ……」



 俺はお嬢様の手を取ったまま、一歩前に踏み出した。

 


「創造神シーヴァリースは、三人の女神にこの星を癒させました。それは光の女神とどの神でしたか?」

「どのって……水の女神グレイシーヌと、大地の女神ルーフェミアですわ……」

「そうです。二人の女神には、癒す力がある筈です」

「!」




 俺は更に一歩お嬢様とカリンツに近付く。

 オルハは、驚いた顔のままこちらを見て固まっていた。



「そもそも癒しの力は光属性だけだと、誰が決めたのですか?」

「誰って……そんなの子供でも知って……」

「では、誰も試してはいない(・・・・・・・・・)のでは?」



 俺達は、ゆっくりベッドに近付く。

 


「いえ、長い歴史の中、試した者も居たかもしれません。ですが、お嬢様には途方も無い魔力がある。試してみる価値はあります」



 俺とお嬢様は、オルハのすぐ後ろに立った。

 オルハの見上げる顔が、不安と期待と恐怖と色々なものをごちゃ混ぜにした様な表情を浮かべた。



「お嬢様。水の女神グレイシーヌと大地の女神ルーフェミアに、カリンツを癒す様お願いして下さい」

「……彼を……癒す……」



 目の前に横たわるカリンツの悲惨な身体を見て、お嬢様は目を瞑り、一瞬顔を背けた。

 しかし、すぐに瞳を開け、しっかりとカリンツを見た。



「彼を治してあげたいですか?」

「……それは……わたくしに出来る事なら治して差し上げたいですわ……」

「では願って下さい」



 お嬢様は激しく困惑していた。

 しかし、次にカリンツを見据えた瞳はもう決意と、炎の様にゆらりと揺らめく覚悟をその目に秘めていた。

 ゆっくり俺の前に出ると、オルハはお嬢様の魔力の揺らぎに気圧され場所を譲った。

 そして、横たわるカリンツの手を恐る恐るそっと手に取った。



「……あぁあぁあごぉじ…て……」

「……いいえ、死なせない……きっと、わたくしが助けてみせる……!」



 お嬢様は、息を吸い込むと、ゆっくり魔力を練り始めた。

 いくら膨大な魔力があるといっても、お嬢様はまだ魔術を習いたてだ。

 本当に出来るか自信なんてない。

 でも、試す価値はある筈だ。

 俺は願いを込めてお嬢様を見守った。




「……水の女神グレイシーヌよ……どうかわたくしに力を貸して下さい……」



 お嬢様の足元に大きな水の波紋が現れた。

 波紋は、お嬢様を中心に部屋に広がり続ける。

 それは段々ちからづよく、大きくなっていく。

 波紋は魔法陣の様に広がり、お嬢様とベッドを包み込んだ。




「……大地の女神ルーフェミアよ……どうか……彼を癒す力を……」



 ここからが問題だ。

 お嬢様が二属性を上手く発現出来たのは、一度だけだ。

 それも、風と水の様に相性がいい二属性だけだ。

 

 お嬢様を取り巻いていた波紋の上にキラキラと輝く粉塵が舞う。

 土煙はゆっくりと、しかし確実に空気を満たしていった。

 お嬢様の額には、汗がびっしりと吹き出している。

 見守る事しか出来ないのが歯痒い。

 



 勢いを失った波紋は小さくなり、粉塵も弱まっていく。

 やはり今のお嬢様では難しいのか…?

 しかし、お嬢様はまだ諦めていなかった。




『……クゥラッタドゥノブァライ トゥレッジィファラァラライ…ムゥドゥバイトラガッレトゥドゥーヴァ トゥレッジィティリトゥワト……』




 お嬢様は聞いた事もない言葉で唄う。

 それを聞いたジュダスさんは、静かに呟いた。



「……エメラダの……詠唱……」



 一度弱まりかけた波紋は再び勢いを増し、砂塵は煌めく。

 足元の魔法陣は広がり、それは光を放って取り巻いた。




「……お願い……彼を癒やして……!!」




 お嬢様の願いに呼応する様に、光は一際眩しく光り輝き、俺は余りの眩しさに目を閉じた。

 温かい光だけが瞼に鮮明に焼き付き、肌を柔らかく包む。

 まるで、顔も思い出せない母に優しく包まれている様な…。


 そんな事を考えていると、光は消え俺は焦点の定まらないまま、目を開いた。

 



「お嬢様……?」

「……リ……オン……」



 お嬢様がカリンツの手を離すと、そのままベッドに倒れ込んだ。



「お嬢様!」





「………奇跡だ………」






 俺がお嬢様に駆け寄ると、ベッドを見つめるオルハが呆然と呟いた。

 お嬢様を抱きとめ、ベッドの上のカリンツに視線を向ける。



「……オルハ……?」

「……カリンツ……カリンツ……カリンツ!!」



 目に巻かれた包帯のズレた隙間から青い瞳がオルハを見つめている。

 先程まで喋ることさえままなら無かった喉からは傷痕こそあれど、確かにオルハの名を紡いだ。

 カリンツはハッとして自分の足に視線を向けると、青い瞳から大粒の涙を零して泣き叫んだ。



「あ……ああ……神様……!」



 しっかりとある、自分のなかった筈の足を抱きしめ、カリンツは泣き叫んだ。

 そんな彼を、オルハも泣きながら抱きしめた。



「……カーミラ様……感謝します……!カリンツを……カリンツを治してくれて……本当に……本当に……」



 それ以上言葉の続かなかったオルハは、カリンツを抱きしめたまま泣き崩れた。


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