スキルなし
そそくさとダイニングを後にした俺は、その足でキッチンへ向かう。
「バーバラさん!大成功ですよ!」
俺は、料理長のバーバラさんにガッツポーズを向ける。
「本当かい?それは良かったよ!」
バーバラさんも胸を撫で下ろしている。
バーバラさんの後ろでは、クロワさんとシフさんが、デザートを作っていた。
さっき提案した、季節のフルーツのフルーツポンチだ。
果物は糖質が多いが、ビタミンやミネラルが豊富で、美容にはとても良い。
本当は、炭酸水があればしゅわしゅわのフルーツポンチに出来たんだが。
あとは、ダイエットといえば寒天だろう。
ゼラチンか寒天がないか聞いてみる。
残念だが両方なかった。
海の遠いこの王都では、寒天がないのは頷けるが、ゼラチンもないか。
寒天もないので、海藻が手に入らず、にがりも作れそうにない。
豆腐も遠ざかった。
でも大豆を見つけることが出来た。
これで豆乳を作ってもらって、そこから、おからや湯葉を作ってもらうことにした。
小麦粉を混ぜてホワイトソースにしてもいいし、おからでクッキーやドーナツ、ハンバーグなんてのもいい。
バリエーション豊かな豆乳万歳だ。
しばらくはお嬢様に、豆乳料理を味わってもらおう。
片栗粉はあるらしいので、片栗粉で代用したお菓子も食べて頂こう。
豆乳わらびもちなんか、女の子は喜びそうだ。
そこで俺は、四人で話し合いお菓子だけでなく、豆乳を始め、揚げない揚げ物シリーズの作り方など、食事もいくつかレクチャーをした。
またワトソンさんに、給仕についていってもいいか聞いてみよう。
ある程度レシピを伝え、出来たら呼んでもらう手筈を整え、ワトソンさんに報告をする。
報連相は大事だ。
どうやら、お嬢様の家族が揃っての夕食が終わったらしい。
家族水入らずの、楽しい時間を過ごせたようだ。
旦那様と奥様と接するお嬢様を見て、ファリスさんとレナも、少しお嬢様の見方が変わったような気もする。
といっても、散々悪態をつかれた過去があるので、少しだが…。
とてもいい傾向だ。
俺はキッチンで、自分の夕食に鶏むね肉のハムを貰って、食べてから自室に戻った。
狭いながらも一人部屋だ。
はぁ。
知れず深いため息が零れる。
それはそうだろう。
改めて考えてみるが……。
まさか自分が乙女ゲームに転生するのは勿論、破滅エンド回避のために奔走することになる人生が待っていようなど。
これもあれだな。流行りの流れか。
自分の受け入れが早過ぎると思うなかれ。
異世界転生物は、前世では本当にありふれた題材なのである。
自室の小さな机の上に積まれた本が目に入る。
俺は戻すよう頼まれていた本を思い出し、書庫に向かった。
辿り着いた書庫に本を戻しながら、隣の棚にある本の題名を目で追う。
そうだ、この世界には魔法があったはずだ。
皆少なかれ魔力を持っており、本人の才能や努力でその力は伸びる。
家柄が高ければそれだけで良いという問題ではなかったはずだ。
少し浮かれるようだが、おじさんも魔法には興味がある。
魔法についての本がないかと目で探しながら、よくある展開を思い出す。
確か異世界転生物では、ステータスとか呟いて自分のスキルを確認したりするのが一般的だ。
キョロキョロと周りを見渡し、人が誰もいない事を確認して俺は一つ咳払いをする。
うーん。なんだこの気恥しさは。
「ス、ステータス」
恥を忍んでそう呟く。
「………?」
何も起こらない。
あんなに恥ずかしい思いをしたのに、何も起こらないとは大損である。
顔が熱い。
「ステータスオープン?」
気を取り直し、何度それっぽい事を呟いても、何か起こることはなかった。
うーん。ステータスという概念のない世界だったかもしれない。
あとは手っ取り早いというと、攻撃魔法や回復魔法だろうか?
ここは書庫だし攻撃魔法のファイアとか出して火事になっても大変だ。
昨日擦りむいた肘を見つめて3秒ほど。
恥ずかしいなんていっていられない。これは確認作業である。
「ヒ、ヒール」
………
やはり何も起こらない。
もう恥ずかしいを通り越して無になってきた。
その後も色々と魔法名を発しながら、何も起こらない現状に慣れてきた。
どうやら俺には魔法は使えないらしい。
少し残念だ。
それは未知の魔法を使いたかったとかではなく、使えると使えないではこの先の自分の立ち回りにも影響が出るからということであるからして。
決して魔法少女もとい、魔法使いなどに憧れを持っていたという訳では無い、と言い訳しておこう。
普通異世界転生すると、チートスキルとか与えられて、人生イージーモードとかなんとか、姪が楽しそうに話してたが、どうやら俺の物語は、そんな簡単にはいかないらしい。
致し方ない。
与えられたこの身でなんとか切り開くしかないようである。