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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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闇の加護


「……リオンは目を覚ましまして?」



 私の問い掛けに、ファリスは悲しそうに睫毛を伏せたまま、ゆっくりと首を振った。

 毎日交わされる同じ会話。

 朝目覚めるとすぐに問い掛けるけれど、返ってくるのは同じ言葉だわ…。


 リオンが倒れてたから一週間が経った。

 相変わらずリオンは眠り続けてる。



「支度を済ませたら向かうわ」

「畏まりました、お嬢様」



 私が支度を頼むと、奥からレナがやってきた。

 湯浴みをして髪をファリスに乾かしてもらう。

 この一週間。

 まともに眠れなくて目の下には隈が出来ていた。

 眠っても悪夢ばかり見て飛び起きる。

 もう季節は秋。身体は汗だくなのに、芯が凍りつく様に冷たい。

 


 湯浴みで汗を落とした私は、ドレスを見て悲しくなる。

 どれもとても可愛いドレスは、みんなリオンがデザインしてくれた物だ。

 私はそれに一回ギュッと抱きしめてから袖を通して、勉強部屋へと二人と移動した。



 扉の前にはサイが待っていて、私が部屋から出てくると挨拶をする。

 あの日から部屋の中以外は、常にサイがついていてくれる。

 というより、いつも私は誰かと一緒にいる様になった。

 夜もお母様かファリスが傍にいてくれる。

 正直、少し心強かった。

 一人でいると、あの日の事を、嫌でも思い出してしまうから…。




 特殊な状況のリオンは、今は勉強部屋にベッドを運んでもらって寝かされている。

 勉強も、あの日からお休みになっている。

 何が起こるか分からない為、メイベル先生とイヴァリス先生にもお休みしてもらっている。


 あれから、事情を聞きにきたジュダスに聞いた所、エメラダ先生は大丈夫らしい。

 かなり危なかったみたいだけれど、命に別状はないみたい。

 本当に良かった…。

 エメラダ先生のお陰で、リオンは一命を取り留めているのだもの。早くお礼が言いたい。

 私は、魔力注ぎ込んでまるで棒の様に細くなった先生を思い出した。

 


 私は部屋に入って、リオンの寝かされているベッドに近寄った。

 こうして見ると、本当にただ眠っている様…。

 それでも、リオンは目を覚さない。



「おはようリオン。今日は少し肌寒いのよ。リオンは寒くない?」



 リオンの手を取ると、ほのかに温かい。

 私はホッとして、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。



「全く。こんなに寝坊助じゃあ、前のわたくしだったらクビにしてましてよ?」



 私が語りかけていると、サイがクスクスと笑って聞いている。

 サイは糸目を薄く開くと、珍しく私に話しかけた。



「リオンがクビになったら誰もお嬢様を止められなくなりますね」

「まあ!そんな事…!」



 サイの言葉に、ファリスとレナが笑顔を見せた。

 また心配をかけちゃったわね。

 私は眠るリオンの手を取ったまま、ずっとその横顔を眺めていた。

 


暫くしてから朝食の時間ですと言われ席を立つ。

 食欲が無いと言えない。

 私まで倒れたら、リオンが起きた時怒られてしまうもの。

 後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。



 朝食の後、勉強部屋に戻ると部屋の前にジュダスが立っていた。

 ジュダスがこうしてやってくるなんて珍しい。



「おはようございます。カーミラ様。私も中に入っても?」

「ええ。どうぞ」



 部屋に入ると、すぐに目の前に陽炎が現れた。



「エメラダ先生!」


 私の言葉に、周りにいた三人が驚きに目を見開かせた。

 三人は、魔力を使って痩せた所を見ていないからだ。



「はぁい、カーミラ様ぁ。大丈夫だったぁ?」



 先生は、棒の様にガリガリだった頃から比べて、かなりお肉がついていた。

 出るとこが出ていて、お腹回りだけくびれて、グラマラス過ぎて直視できない。



「せ、先生…。お身体の破壊力が凄過ぎて直視できませんわ…」

「あん、やだぁ。でも、これでもジュダスは落ちないのよぉ」



 先生はぷりぷりしながらパツパツのローブの身体を指差した。

 糸目のサイもこれはこれは。なんて言いながらニコニコしてる。

 ファリスとレナも顔が赤い。

 そして、後ろにいるジュダスを見つけると、輝く笑顔を振り撒いて抱きついた。

 笑顔のエメラダ先生の破壊力はとんでもない。

 傾国のと言ったが、神様も傾きそうだわ。



「ジュダス!いるならいるって言ってよぉ」

「エメラダ、離れなさい」



 先生は皆に、ね?と言うと渋々離れた。

 あの先生を目の前にして、少しも態度の変わらないジュダスを見て、この人病気なんじゃないかと思い始めた。

 けど、エメラダ先生は気にせずジュダスにしがみついている。

 


「それより、リオンはまだ目が覚めてないんでしょぉ?」

「……ええ……」



 私は後ろを振り返って、眠るリオンを見つめた。

 先生もベッドに近寄ると、リオンを見て頷いた。



「……うーん。やっぱり分からないわぁ?でもこうなってくると悪く無かったって事かしらぁ?」

「どうしたんですの?」



 先生は、リオンを見つめたまま、杖を出して何かを確認している。

 一人で首を傾げたり、ブツブツ言ったりしている。

 そして、顔を上げると、何度も頷いている。



「うーん……ジュダスとカーミラ様以外は、部屋の外に出て欲しいわぁ」

「皆さん、申し訳ありませんが、エメラダの言う通りにお願いします」



 指示を受けた三人は、速やかに部屋を出て行った。

 三人が出て行き、部屋の中に私とジュダスと先生だけになると、先生は真面目な口調で話し始めた。



「……戻って色々調べたり、師匠の所に話を聞きに行ったんだけど……多分……リオンちゃんが無事だったのは呪いのせいじゃないかしら」

「呪い……?」



 私の問い掛けに、コクリと頷いた先生は説明を始めた。

 ジュダスは、先生の言葉にそうか……と呟いている。


「普通だったら、闇の神の呪物が身体に入れば即死だわ。それでもリオンちゃんが生きていられたのは、闇の加護があったからじゃないかって」

「闇の加護……?」



 闇の加護なんて、聞いた事ないわ……。

 私がよく分からないでいると、ジュダスがエメラダ先生と目を合わせて説明してくれた。



「闇の神の加護は、この星では呪いとして発現されます。呪いは魔力をゼロに等しくします。余りにも呪いが強いと、命を失う者もいる恐ろしい加護です。光の加護と同じ位持つ者も少ないですが……」

「リオンちゃんの場合、闇の加護のお陰で即死を免れたんだと思うわ。闇の呪物は闇の神の物だから、それで中和されたんじゃないかって…。そうだとしたら不幸中の幸いね…。でも……目を覚ましても、辛いだけかもしれないわ…」

「ど、どうしてですか?!」



 私が尋ねると、先生は眉を下げて困った顔をした。

 そして、話していいものか問い掛ける様にジュダスを見る。

 ジュダスが頷くと、先生はゆっくり話し始めた。



「闇の加護が恐れられるのは、それだけじゃないわ……。その呪いを解く方法ね……」

「呪いを解く方法があるんですか?!」


 私は、呪いと聞いて怖がっていたけれど、解く方法があって、それが分かっているなら恐れる必要なんてない。

 私はエメラダ先生を見つめて、話しの先を語るのを待つ。



「ええ。一つは、光の神具の力で打ち消す。光の神具はほとんどがシーヴァ教が独占しているから、一生教会から出る事は出来なくなる。神の徒として全てを捧げるとは表向きの話……。実際は、教会で最低位の奴隷ね……」



 教会にそんな裏の顔があったなんて……。

 でも、先生は一つと言った。

 まだ方法があるという事だ。

 私は祈る様な気持ちで、先生が続きを話すのを待った。



「……もう一つは……もっと大変ね……ファーレンの砦の先に広がる森には、呪いを喰らう魔物がいるの。そいつに呪いを食べてもらうのよ……でも、ほとんどの場合、呪いだけじゃなく、命ごと食べられてしまうわ……光の魔術以外、ほとんど攻撃を通さないのよ……」

「そ、そんな……」



 そんなの不可能に決まってるじゃない……?

 そ、それしか、方法はないの……?

 


「最後にもう一つ、方法があります」



 ジュダスがそう言って、私を見たけれど、先生は悲しそうに目を逸らしてしまった。

 何だか嫌な予感が……。



「最後の方法は、人になすり付ける事です。呪いの言霊を溜めて、それを他人にぶつければ、自分の呪いは解けます。その代わり…勿論呪いをなすり付けられた者は呪われます」



 先生はそれを聞いて顔を逸らした。

 そんなの……どの方法も……。

 

「その為、闇の加護を持った者への風当たりはとても厳しいのです……バレれば教会へ強制的に収容されるでしょう……リオンもあと一年半もしない内に、魔術登録があります。もし本当に闇の加護があるのなら、どの道バレるでしょう……しかし、そうと決まった訳でもありません。そういう可能性があるというだけの話しでしょう?」



 ジュダスの問いに、エメラダ先生は頷いた。

 可能性があるだけ……。

 それでも、闇の加護のお陰で助かった事を、喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からない……。



「ゼプツェンの眼があれば、分かるかもしれませんが、あれは教会が独占していますからね……」

「ゼプツェンの眼ならきっと分かると思うわ……でも手に入るツテはないわね。教会で働く者は、外の人間と余り関わり合いにならないもの……」

「そ、そんな……だからって……」



 闇の加護があるかもしれないから……。

 だから、目を覚さない方がいいっていうの?

 私がそう思えないのは子供だから?

 大人になれば、私もそう思う様になるの……?

 そんなの……そんなの……。



「……そんなの……はい、そうでね。なんて……言える訳無いじゃない!」



 私はリオンを見つめたまま、叫ぶ様に声を上げた。

 エメラダ先生は悲しい顔で下を向いたままだ。



「私は……私の我儘かもしれないけど……それでもリオンに生きていて欲しい……」



 私の言葉に、二人は顔を見合わせて頷きあった。



「なぜかしらね……私もそう思うわ……自分だったらもし闇の加護なんて絶望的なものを持って生まれたら……正直世界を呪ってたと思う…でも、リオンちゃんなら……腐らずなんとか自分で道を切り開く様な気がするのよ……と言っても、まだ決まった訳じゃ無いわぁ。この事は他言無用よぉ?」

「勿論です。それに……あの子供の精神力は並大抵のものではありませんからね」

「あらぁ?それってかなりの褒め言葉じゃなぁい?」



 エメラダ先生の言葉に、しまったという顔を見せたジュダスは、ばつの悪そうな顔のままそっぽを向いた。

 エメラダ先生の前だと、年相応に見える。

 そんなジュダスを愛しそうに見ていたエメラダ先生は、ローブのポケットから小瓶を取り出した。

 前回リオンが飲んで倒れた所を思い出して、身体が強張る。



「大丈夫よぉ。これは、ファーレンの砦の更に先の禁止区域で採った花の蜜よぉ。師匠が分けてくれたのぉ。神の魔力の溢れる土地の花から採れる蜜には、魔力が大量に含まれているわぁ。きっとこれで目を覚ます筈よぉ」



 エメラダ先生は、妖艶な微笑みを浮かべて、優しく私の頭を撫でてくれた。

 私は大きく頷いてリオンに視線を戻した。

 これでリオンが帰ってくる…。

 先生はゆっくりリオンに近付くと、小瓶の蓋を開けて、そっとリオンの口元へと運んだ。


 微かに粘度のある黄色く光液体が、少しずつリオンの口に流し込まれていく。

 私は祈る様な気持ちでリオンの手を握った。

 リオンの喉が微かに動き、蜜を飲み込んだ。



「……リオン……?」



 リオンの瞼が微かに痙攣して、フッとその重い瞼が開かれた。



「リオン!リオン!私よ!分かる?!」

「カーミラ様、落ち着いて下さい」


 

 リオンの身体を揺さぶりかけて、ジュダスに止められる。

 いけない。

 興奮し過ぎて、私ったら…。

 それよりリオンは?!


 リオンはまだ焦点の定まらない瞳のまま、ぼうっと正面を向いていた。

 だんだんその焦点が定まり、私と目が合うと、小さなリオンはニコリと微笑んだ。



「……お……嬢様……ご無事で…」

「リオン!!」



 私は溢れる涙もそのままに、横たわるリオンにしがみついた。

 リオンが!

 リオンが!


 嗚咽が止まらない。

 呼吸が苦しくて、前は見えないし、自分の泣き声で他には何も聞こえたない。

 でも、腕の中に確かに温かな体温を感じる。

 私の頭を撫でる優しい手を感じる。

 


 リオンが帰ってきた。

 帰ってきてくれた。

 私は泣き顔のまま、満面の笑顔で、途切れ途切れに囁いた。




「おかえ……り……なさ……い…リオン」


グラングリフ王国


アースガルドの中央から南よりに位置する王国

現国王はアーノルド・ルドル・グラングリフ

初代国王はグラングリフ

建国祭が冬に控えている


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