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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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二つの邪教


「……それで、何か分かったのか?」

「……申し訳ございません。未だ何も……」

「お前に尻尾を掴ませないとはな……」



 浅いため息を吐いたシュトラーダ公爵は、目の前で頭を下げる端正な男を見て呟いた。

 しかし、男の返答は予想の範囲だった。

 どうやら、敵は巨大でとても強かな様だ。

 そう考えた公爵は、薄暗い書斎の椅子に深く座り直した。

 椅子の軋む音が響く中、再び端正な男に問い掛ける。



「……カーミラはどうしている」



 その問いの答えは分かっている様にも聞こえた。

 確認のつもりなのだろう。

 端正な男は無表情のまま答える。



「ずっとリオンについております。夜はアメリア様と侍女が交互にずっと付き添っている様ですが、余り眠れていないそうです」



 手に取った封筒を開きながら公爵は小さく頷き、独り言の様に言葉を溢した。

 


「今回の件はおかしな点が多過ぎる。オルハは小瓶の事を何も覚えていない。始めから忘れる様仕組まれていたのだろう。……身喰らう逆さ蛇だと思うか…?」

「………闇の神の呪物が使われた以上、可能性は消えません。……そうなると……もう一方の可能性も捨てきれません…」



 端正な男の答えに、公爵は考える様に読み終わった便箋をしまうと脚を組み直した。

 答えを聞いた公爵を纏う空気が、僅かに緊張を帯びた様感じる。

 付き従う男は、彫刻の様に身動きせず公爵を見つめていた。



「エミグレ教か……」





 エミグレ教。

 それは、この国、この世界に昔から存在する邪教だ。

 この世界は、創造神シーヴァリースを讃えるシーヴァ教を讃える者が、圧倒的に多い。

 そんな中、四神と縁の濃い地方や、教徒は別として、邪教と呼ばれる宗教団体がある。

 闇の神を信仰する教団だ。

 エミグレ教信徒は、大昔封印された闇の神の眷属である魔族と、人の子とのハーフが多い。

 魔族とのハーフへの風当たりはとても強い。

 魔族と交わった事は勿論、人より力が強く、魔力も強い為、人々から畏怖されている。

 寄る辺ない者達は身を寄せ合い、闇の神の復活を祈り細々と生きているらしい。

 それも、この王都で暮らしているものは、関わり合いのない話だ。

 エミグレ教に属する魔族とのハーフは、闇の神の封印された南の禁止区域から出てくる事は滅多に無い。





 それに比べ、邪教として最も巨大で異質なのは、身喰らう逆さ蛇だ。

 この邪教も、遥か昔から存在している。

 闇の神を崇拝しており、身喰らう逆さ蛇の数々の歴史に残る凶悪な事件は、人々を震え上がらせている。

 敬虔なる創造神シーヴァリースを讃えるシーヴァ教の教会の信徒や、一般の信徒を敵と見做し無差別に攻撃する事件は多い。

 そのやり口は残忍かつ凶悪だ。

 身の毛もよだつ様な醜悪な手口は、人がする事とは思えない。

 しかし、何より恐ろしいのは、何千年もの間、何処の誰が率いているのか、何を目的としているのか、どれ程の信者がいるのか、全く尻尾を掴ませない所にあった。

 残忍な手口の殺害現場には、身喰らう逆さ蛇の魔力絵が残される事があり、その存在だけはみなの知る所となったのだ。




 その二つの邪教の名を口にした二人は、お互いの視線を絡める事のないまま会話を続けた。



「しかし、一番のおかしな点は、なぜリオンが狙われたのかという所です」



 端正な男は、考え込んだまま公爵が口を開くのを待ちました。

 


「それで…リオンはなぜ生きている(・・・・・・・)?」



 問い掛ける相手は違えど、以前も同じ質問をした公爵は、難しい顔をしている。

 端正な顔の男は、公爵が湯気の出ていない紅茶を飲み干すと、すぐさまポットから熱いお茶を注いだ。

 そして、一瞬の思案の後、重い口を開く。



「エメラダの力のほとんどと、エルミナージュの大木と、ラ•ピュセルの水晶を犠牲に呪物を取り除きました。目覚めるかどうかは五分です…今を生きていると言っていいのかは、私にも分かりません…」

「しかし、呪物が使われたのならば、普通の人間なら即死だ。カーミラの話しでは、薬を飲んだ後、オルハと話す余裕があったと聞いた」

「それは……私にも、なぜだか……」



 また二人は黙り込んでしまった。

 書斎のランプは静かに二人を照らしている。



「……………」

「カーミラ様の話しを聞く限り、薬を飲まされたのがリオンだったのはたまたまでしょう…これがカーミラ様でもおかしくなかった状況です」



 眉間に皺を寄せて、公爵は遠くを見つめた。

 今回は使用人の子供が狙われたが、娘の話しを聞いた限り、オルハの注意はどちらに向いてもおかしくなかった。

 もし飲まされていたのが娘だったら……。

 倒れたリオンには悪いが、公爵はリオンに感謝した。

 倒れた使用人の子供の行為は、使用人として誇るべき行動だったのだから。



「マルガレット家も調べましたが、公爵家から親戚、一使用人に至るまで、皆この度の事件に関わりはないと思われます。しかし、オルハの供述は事実と若干捻じ曲げられていました」

「そうだな……」

「オルハの言い分では、従者学校の成績の高さからマルガレット家へ仕えるのが決まっていたと言っていましたが、実際はマルガレット家に断られ、行く宛のないオルハをライナス様が好意によりシュトラーダ家で雇い入れました。そこにカーミラ様とリオンの介入は一切御座いません」

「……誰かがオルハに、嘘を吹き込んだ。お前がマルガレット家の従者に選ばれたと……」



 公爵は灰色の目で端正な男を見上げた。

 男はその目を見返し、更に話を続ける。

 壁時計は夜の一時を回っていた。

 閉められた部屋の窓のカーテンは締め切られ、月明かりさえ通さない。



「話は戻りますが、そこでオルハはカーミラ様とリオンの我儘として、無理矢理公爵家で働く事に変えられた。ここまでは、オルハからもカーミラ様からも同じ事を聞き出せました。問題はここからです」



 男は持っていた手帳を開くと、びっしり書き込まれた一ページで手を止めた。



「しかし、事件の後オルハはまるで記憶を無くしたかの様に、誰からマルガレット家の話しを聞いたのかも、小瓶を誰から貰ったのかも忘れています」

「忘却の()を使われたのだろう」

「恐らく」


忘却の音色によって忘れさせられてしまったものは、二度とその記憶が戻る事はない。

 オルハと、従者学校の者から辿る事は不可能を意味していた。



「従者学校の者は何と?」

「従者学校の物は何も知りません。何者かがオルハの家族の事情を知り、丁度良いと駒にしたのでしょう……酷く手の込んだ汚いやり方です……」



 公爵はオルハの家庭の事情を思い出し、悲しげに目を伏せた。

 出来る事ならどうにかしてあげたいが、こればかりは自分にはどうする事も出来ないからだ。

 持てる手を使いどうにか手はないかと動いてはいるが、宰相という身分を使っても助けられそうにないのが現状だった。

 


「オルハに嘘を吹き込んだ人物も、呪物を渡した人物も、まるで煙のように消えてしまいました」

「………………」



 一体誰が何の為に?

両者が考えているのは同じだろう。



「……エメラダは大丈夫なのか?」

「かなり力を使って一時は危なかったですが、命に別状はない様です。それでも、元に戻るまでは三週間以上はかかるかと」



 唯一の良い知らせに、公爵はゆっくり頷いてみせた。

 しかし、三週間もかかる程だったのは大きな誤算だ。

 彼女がそんなに長く元に戻らないのは、公爵の知る限りなかった事だ。



 それにしても、こうして話しにしてみると、何も分かっていないという事が問題だ。

 正体の分からない敵がいる。

 それしか分かっていないのだ。

 調べ様にも、手掛かりは全て煙の様に消えてしまった。



「しかし、オルハを動かした人物が、結果を知る為オルハと接触する筈だが……」

「この屋敷はエメラダの結界により、エメラダより力を持つ者でない限り入り込めません。もし接触を図るのなら屋敷の外でしょう。ノヴァクと交代でオルハに張り付いていますが、今の所動きは何もありません。目的も分からないままです……」



 深く椅子に座り直した公爵は、深いため息を吐く。

 時間を刻む秒針の音が、部屋で低く鳴り続けている。



「そのまま監視は続けなさい。まだ油断するには早い」

「畏まりました」



 話しは終わったという様に、公爵が右手を上げると男は音もなく消えて行った。

 何かが起こっている。

 けれど、それを知る術は無い。

 しかし、これからもっと恐ろしい事が起きる様な…。

 そんな気配を感じて、誰もいる筈の無い後ろを振り返った。

 薄暗い部屋の中を見つめたまま、小さく首を振った公爵は立ち上がると、そっと部屋を後にした。


毒見用のお皿


その上に置くと人体に有害な物が入っていた場合皿が光る魔具。

どこの貴族のうちには必ずあるという必需品。

お値段中青銀貨2枚。

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