小瓶の中身
「……それで、何が聞きたいんですか?」
「……本当に飲んだのか瓶を渡せ」
俺は空になった小瓶をオルハに手渡す。
オルハはそれを受け取ると、中身の無い事を確認して質問を始めた。
「俺が、レベッカ様の従者に決まっていた事は知っているか?」
……なぜここでレベッカ様が?
俺もお嬢様も全く話しが繋がらない。
首を傾げたまま、俺は知らないと答える。
「知る訳がない。お嬢様だって知らない筈だ」
「……なら、俺が従者学校に通っていたのは?」
「はい?なんでオルハの経歴なんて……関係あるんですか?」
「………………」
オルハは何かがおかしいと感じる様な、そんな困惑を現した。
だが、そんな顔がしたいのはこちらの方だ。
「それで?他に何を聞けば納得するのですか?」
「……俺はお前達二人の我儘のせいで、マルガレット家に仕える筈だった所を、シュトラーダ家に……」
益々意味がわからない。
お嬢様は最早オルハを可哀想な目で見ている。
「あの……何があったか知りませんが、お嬢様ならともかく一使用人の俺が我儘を言った所で何になるのです?」
「……それは、お前がお嬢様のお気に入りだから、お嬢様に気に入られれば……」
そこまで聞いて俺は盛大にため息を吐いた。
侮辱もここまでくると呆れてしまう。
「俺の事ならともかく、お嬢様の事を侮辱するのはやめて下さい。お嬢様は昔ならともかく、今は私情で我儘を言ったりしません。貴方も短いとはいえ、お嬢様に仕えていたのです。それ位分かるのでは?」
「……………」
オルハは、訳が分からないと何かブツブツ言っている。
もう話しは終わりでいいのだろうか。
全く持って驚かされたが、こうして何もないならそれでいい。
俺はお嬢様の傍に近寄ると、どこも怪我もない様で一安心した。
「何だったのかしら?」
「さぁ……一つ言えるのは、こうして無事で良かったです。帰りましょう、お嬢様」
「ええ、そうね……」
俺はお嬢様の手を取って歩き始めた。
もう辺りはすっかり暗くなってしまった。
裏門のランプが消えたら何も見えないだろう。
オルハとはもっと冷静に話し合う必要があるだろう。
一緒に戻ろうと声を掛けようとした所で、目の前が激しく点滅した。
何だろうと思う間もなく、全身を針で刺す様な激痛に襲われた。
「がぁぁあああ?!」
「な、何?!ど、どうしたのです?!リオン!」
目が霞む。
もう目の前のお嬢様も見えない。
激痛は次に寒気を運んできた。
凍える様に寒い。
俺は立っていられなくなり、その場に倒れたのだと思う。
その感覚も、痛みで何も分からない。
「リオン!リオン!……オルハ!貴方何を飲ませたのです!」
「し、知らない……お、俺は真実を話す薬だと……」
「それだけでこんな風になるものですか!リオン!リオン!」
お嬢様が何か叫んでいるが、何を言っているか分からない。
寒い……痛い……。
身体は激しく震え出し、口から何か温かいものがこぼれ落ちる。
「い……嫌っ!誰か……誰か……オルハ!!人を!人を呼んで!!」
「……は……」
「早く!!」
誰かが俺を呼んでいる。
この声は……誰の声だっけ?
俺は意識を手放した。
こんな……。
こんな事……!!
さっきまで私の名前を呼んで笑っていたのに……。
私は……腕の中で震え続けるリオンを見ている事しか出来ないの?!
涙が溢れ出して止まらない。
腕の中にいる筈のリオンすら、涙で滲んで見えない。
激しく震えていたリオンの身体が止まってしまった。
「嫌……な、何……嫌だ……だ、誰か誰助けて!」
私が叫んでも叫んでも、答えてくれるものはいない。
私は、震えの止まってしまったリオンを抱きしめていたけど、涙を拭って立ち上がった。
私は、何をこんな所で泣き叫んでなど……!
私より少し小さいリオンの脇に腕を通して、引きずり始めた。
早く……早く……!
お願い、動いて!私の足!!
どうして……?……どうして私の手はこんなに非力なの?
私はリオンを引きずる腕を眺める。
……なんて小さな手……。
大事な人が目の前で傷付いていたって、どうする事も出来ない……。
引きずっていても分かる、リオンの身体がどんどんどんどん冷たくなっていく。
嫌よ!!
「リオン!リオン!起きてよ!」
引きずりながら私は声を掛け続ける。
さっき涙を拭ったばかりなのに、もう目の前が何も見えない。
私は歯を食いしばってリオンを持ち上げた。
不恰好に背負って、鉛の様に重い足を動かす。
絶対に……絶対に死なせたりしない!!
あと少しで西の庭園が見えて来る。
まだこれっぽっちしか進んでいないの?
私は流れ落ちる汗を拭く事さえせず歩き続ける。
「きゃあ?!」
ぬかるみに足を取られ、顔面から地面に倒れた。
背負っていたリオンは投げ出され、ぐにゃりと生気のない身体を横たえている。
私はガクガクと震える足でリオンに近付き、再び背負った。
その時、オルハがワトソンとファリスを連れて戻ってきた。
「お嬢様!」
「リオン?!これは?!」
「早く!早くリオンを!私は平気だから!!」
私達の泥だらけの格好と、意識も血の気もないリオンを見た二人の顔が真っ青に染まる。
ワトソンは事の重大さをすぐに察知して、リオンを抱き上げるとすぐに走り出した。
ファリスが私に手を貸して、オルハを睨み付けた。
「これはどういう事です?!オルハ」
「そんな事はいいから、私を早くリオンの所へ連れて行って!」
私は、涙でぐちゃぐちゃに顔を濡らしたまま、ファリスの両腕にしがみついた。
ファリスは私の言葉を聞くと、ギュッと歯を食いしばった。
色々言いたい事を飲み込んでくれたんだと思う。
そして、失礼しますと言って、私を背負ってくれた。
私達は、その場にオルハを残して屋敷に戻った。
ワトソンに抱き抱えられ、玄関で寝かされていたリオンは、死んでいるんじゃ無いかと思う程青い顔をしていた。
それを見て思わず私は、喉の奥をヒクリと振るわせた。
ファリスの背から降りて、震える足でで近付く。
嘘だわ……こんなの何かの間違いよ……。
「私が……わたしが……ついてきてなん、て……言ったから!」
ダメ!抑えられない!
身体中の血が渦巻く。
身体に巡る魔力が轟轟と音を立てて渦巻くのを感じる。
ダメ……制御しないと……制御具……いえ、それは今つけて……。
思考も何も纏まらない。
ただ目だけは、見たくも無いのに横たわるリオンから逸らさない。
誰か助けて!!
「一体何の騒ぎです!!」
「ジュダス!」
駆け付けたジュダスが、ワトソンと私を交互に見て、その足元に目を向けて目を見開いた。
「……またですか……!」
忌々しそうにリオンを見たジュダスは、少し慌てた様子でリオンに駆け寄った。
心臓に耳をつけて鼓動を確認している。
その目が一際見開かれた。
それだけで、私の心臓が叫びを上げる。
痛い位に鼓動が鳴り響く。
そしてジュダスはリオンの手を取ると脈を測り始めた。
「こうなったのは、オルハが原因ですか?」
力無い様子で玄関に戻ってきたオルハを見て、ジュダスは口を開いた。
その視線を受けたオルハの顔が青ざめる。
「お、俺は…」
「オ、オルハが飲ませた、真実を語る薬を飲んだらこうなったのよ!」
私はもう口調も気にせず大声で叫んだ。
叫んだってリオンの目は開かない。
私は思い切りオルハを睨みつけた。
だってそうじゃない。
誰かのせいにしないと……。もう心が壊れそう……!
一旦止まった涙が、一気に堰を切って流れ落ちるのを感じる。
「オルハ、その薬は何ですか、どこで手に入れたんですか」
「し、知らない……シュトラーダ家に来る前に…事情を聞いてくれた、き、貴族の男がくれたんだ……これを飲ませれば、ほ、本当の事を話すから、た、確かめればいいと……」
オルハはガチガチと歯を鳴らしながら答えた。
本当に、中身は自白剤だと思っていたらしい。
そんなあやしいものを、知らない相手から貰って他人に試すなど!
「……この症状だと、恐らく毒でしょう。今リオンはゆっくり死に向かっています」
ジュダスがリオンの手を取ったまま、まるで明日の天気を話す様に答えた。
今……なんて…?
毒………?
じゃあリオンはこのまま死ぬの……?
私は、無表情に言い放ったジュダスに頭がきて口を開こうとした。
でも、ジュダスのリオンの手を持つ反対側の手を見て、口を閉ざした。
握りしめすぎた手から、血が滴っていた。
それは、ジュダスが言った事が事実だと、私にそう突きつけた。
目の前が真っ暗に染まる。
一度凍り付いた魔力の渦は、再び熱をもって、先程よりより大きく私を包む。
この流れに身を任せてしまえば……。
私は楽になれるの……?
「お、お嬢様?!」
「い、いけません、お嬢様!」
ファリスとワトソンが、私の魔力が身体から溢れ出すのを見て、体を強ばらせた。
「お嬢様!落ち着いて下さい!」
「お嬢様!ダメです!」
「そうか……魔力か……」
ジュダスは魔力の渦巻く私を見て、ゆっくりと立ち上がった。
何…?
「カーミラ様。まだ打てる手があるかもしれません」
サニーニャ
レベッカの取り巻きの一人
赤い巻き髪に緑の瞳
これで白い肌なんですもの
一人クリスマスですわね