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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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夏の終わり秋の始まり


 朝の鍛錬を終えた俺は、ワトソンさんの所に手伝いに向かう途中、西の庭園でルークさんと話すオルハを見かけた。

 相変わらず、人間関係の構築に勤しんでいる。

 お嬢様も俺も、彼の真意は分からないままだ。


 何故だか、特に俺は酷く嫌われている様だし……。

 出来れば、綺麗事と言われ様と、職場の雰囲気は明るい方がいい。

 何か俺に出来る事があるなら、言ってくれれば話しを聞く位は出来る……筈だ。

 でも、オルハはそんな隙も与えぬ程、俺との距離を取っている。

 最初にあれだけ突っかかってきていたのが嘘の様だ。







 それから、ミラーダ商会のラントール支店がオープンした。

 目玉商品はミントのリンスだ。

 中青銀貨一枚と、小青銀貨五枚。

 レモリやオランジの半額だ。

 その為、お貴族だけでなく、平民が特別な日のプレゼントなどに買っていく。

 王都よりも、人の出入りは激しい様だ。

 これはラントールに住むのが、貴族より平民の方が多いからだろう。

 ミラーダ祭の時に協力的で、ヨシュアさん達工房からOKの出た、工房が三つ加わった。

 印刷工房と、美容工房と薬草工房だ。


 ちなみに、美容工房は一番初めに俺をすげなく扱った美容工房だ。

 俺が開発に関わってるのを知り、かなり情熱的にアプローチされた。

 俺とヨシュアさん達の工房の付き合い方を見て、態度を改めてくれたらしい。

 リンス作成もだが、ラントール支店の店舗運営もしてくれている。

 今では気のいいおじさんだ。

 こうしてなんとか夏の終わりのオープンにこぎつけられた。

 そうか、もう夏も終わりか……。





 後、最近の一番の驚きは、お嬢様が婚約者候補から外れた事だ。

 一体どうなってるんだ?

 シナリオと違いすぎる。

 お嬢様は、あら、知らなかったんですの?

 なんて一言だけで、気にもしていない。


 俺だけ知らされていなかった様で、オルハが勝ち誇った様な顔をしていた。

 シナリオ通りならお嬢様は古い言い方だが、クリストファー殿下にゾッコンだった筈だ。

 お嬢様の魔力の強さも覚えがないし、婚約者からも外される。


 シナリオが機能していない?

 いや、むしろ本当にシナリオなんてものは、この世界に存在していないのではないか?

 これからお嬢様がクリストファー殿下に恋する事も、婚約者としてまた選ばれる事も、無い訳ではない。

 俺は、お嬢様が魔術学園に入った時の状態しか知らないのだ。

 でも、何か違和感を感じる。

 最近感じるこの違和感は……一体……。






「……オン!リオン!もう!聞いていますの?!」

「わっ!」



 気が付くと、お嬢様が俺の顔の前で手を振っていた。

 全く気付かないのは、鍛錬している身としては致命的だ。

 俺はガックリ肩を落としてお嬢様に向き合った。



「申し訳ございません、少し考え事をしていて……」

「目を開けて寝ているのかと思いましたわ!……ちょっと、こちらにいらして」



 お嬢様は、俺の手を取って廊下の突き当たりまでズンズンと進んでいく。

 廊下の突き当たりに着くと、掴んでいた手を離して振り向いた。


 首には俺のあげたチョーカーがついている。

 約束通り、エメラダ先生はすぐに作って来てくれた。

 黒いチョーカー部分には同じ黒で刺繍が入っており、金の金具部分にはよく見ると交互に銀の金具になっている。

 元のデザインを崩さない様、エメラダ先生が気を使ってくれたのが分かる。

 お嬢様の限界値はまだ分からないが、かなり余裕を持って結界を張る様設定したらしい。


 俺はチョーカーからお嬢様の目に視線を合わせる。

 困った様な不安な様な……そんな表情だろうか。



「というかお嬢様、オルハはどうしたのです」

「巻いてきましたの」

「……………」



 俺は頭を抱えたくなったが、お嬢様がオルハを巻いてまで話したい事も気になる。

 とりあえず話しを聞く事にした。



「先程オルハに夕食後、皆には内緒で大事な話しがあるから、誰にも見られない様、西の庭園に来てくれないかと言われましたの」

「ええ?!」



 どう考えても怪しいだろう。

 お嬢様を余り良く思っていなそうなのに、大事な話しをするのもおかしいし、誰にも見られない様とは怪し過ぎる。

 お嬢様もそれが分かっているから、こうして不安な表情をしているのだろう。



「それで、お嬢様はまさか分かりました。なんて、言っていませんよね?」

「うう…っ」



 俺は盛大にため息をついた。

 俺の表情を見て、お嬢様は更に眉を下げたが、俺は逆に眉を吊り上げた。



「お嬢様は甘過ぎます。もし何かオルハが企んでいたらどうするのです」



 俺はジュダスさんばりの笑顔を貼り付けて毒を吐いた。

 お嬢様は益々眉を下げて、弱々しく口を開いた。



「で、ですから……こうしてちゃんと相談に来ているではありませんか。……それにオルハから本心を聞き出すチャンスですわ」

「……ですが……」



 確かに、お嬢様の言葉は一理ある。

 オルハは俺とお嬢様に心を許していない。

 ……いや、俺達というより、誰にも心を許していない様に見える。

 オルハが俺に言った、女子供から味方にして…というのは、本音だろう。

 それは、彼がここでやっていきやすくする為だけで、回りと仲良くしようという思惑ではないのだ。

 本当に金だけの為にお嬢様に仕えているのか、俺達はオルハの事を何も知らない。



「だから、リオンがついてきて下さいませ」



 こうなったお嬢様はなかなか手強い。

 俺を見つめる瞳の決意は固そうだ。

 俺は諦めて頷く事しか出来そうもない。



「はぁ……分かりました……ただし、もし何かあったら魔力で結界を張って下さい。それが出来ないのなら、旦那様にお話しします」

「リオンったら、考え過ぎではなくて?」

「お嬢様。何かあった時の事を考えるは当然の事です。対策は考えるだけ考えて損は有りません。何もなければそれはそれでいいのですから」

「リオンの心配性は筋金入りですのね」



 お嬢様は余り危機感の無い様子で口を尖らせた。

 俺はいつもの様にグニグニしながら考える。

 さて。そうと決まればやるべき事は、時間までオルハに悟られず、時間になったらオルハにバレない様お嬢様を見守る事だ。

 流石にオルハも馬鹿ではない。

 変な行動を起こしたりはしないだろう。

 こうして俺達は、いつも通り過ごしながら夕食後を待つ事になった。



 俺は従者ではないので、勉強の時間以外は一緒ではない。

 今はオルハが付きっきりだというのもある。

 オルハは魔術の授業以外では、お嬢様に付いている事が多い。



 でも……オルハからお嬢様へどんな大事な話しがあるんだろうか……。

 全く想像がつかないまま、時刻は約束の時間になった。

 ダイニングの中を、屋敷の外から窓越しに覗き見る。

 これは、見つかったら俺の方が怪しいな……。

 見つかった時の言い訳を考えていると、お嬢様が食べ終わった様で席を立った。

 俺は西の庭園に続く扉の近くに移動した。



 しかし、いくら待ってもお嬢様が出てこない。

 通る道を間違えた?

 いや、西の庭園に続く扉はここだけだ。

 他の場所から大回りしてきても、ここからなら絶対に見つけられる。


 ……まさか……嘘……?


 俺は懐中時計を取り出す。

 お嬢様が夕食を終えて、もう二十分は経っている。

 幾らなんでもおかしい。

 俺はその場から立ち上がって、ダイニングに飛び込んだ。

 ダイニングでは、片付けをしてる最中で、ワトソンさんがテーブルを拭いていた。



「ワトソンさん!お嬢様を知りませんか?」



 俺の剣幕に押され、ワトソンさんは大きく目を見開くとすぐに首を振った。



「いいえ、お嬢様はいつも通りお食事の後お部屋に戻った筈ですが…」



 俺は最後まで聞き終わらない内にダイニングも飛び出す。

 リオン!と、俺の名前を呼ぶワトソンさんの声が後ろから聞こえる。

 間違いなら、後から謝ればいい。

 今はお嬢様を探す事が最優先だ。

 屋敷の中では人目がつく筈だ。

 もしオルハが誰にも見られたく無いなら、屋外を選ぶだろう。

 西の庭園にいないのなら、東の離れは仕事を終えた使用人とかち合う事もあるから無い筈だ。

 そうなると、北の玄関か南の裏門……。

 今日は週末……北の玄関は人通りもまだ多い……。

 俺は南の裏門に向かって走り出した。



 西の庭園へ続く道から南の裏門を目指す。

 秋の始まりを告げる秋虫が鳴いている。

 辺りは薄らと日が陰ってきて、夜の帳が降りようとしていた。

考えている時間は無い。

 俺は花壇を突っ切り柵を飛び越えてショートカットする。

 


 南の裏門には鍵がかかっていた筈だ。

 鍵が無ければ門は高すぎて、とてもではないが登ったりは出来ない。

 扉が遠くに見えてきた。

 裏門についている、小さなランプに照らされて人影が見えてきた。

 お嬢様だ!

 俺はホッと胸を撫で下ろすが、速度は落とさず走り続ける。

 お嬢様とオルハが話しているのが見えて、俺はスピードを落とすと、忍足で近付いた。



「ですから、それは勘違いですわ!わたくしもお父様も、そんな事は言っていませんわ!」

「そんな筈はありません!私はそう聞いたのです!」

「そんな事誰に聞きましたの?!」

「それはカーミラ様には関係ないではありませんか!」



 まずい、二人とも白熱し過ぎている。

 仲裁に入ろうと一歩踏み出した所で状況が変わった。



「……話して頂けるとは思っていません。俺は、確認するだけでいい。そう言われている(・・・・・)のですから」

 


 そう言うと、オルハはこちらを振り返った。

 そして、いるであろう俺に問い掛ける。



「リオン、いるんだろ?出てこいよ」



 俺は直ぐに姿を見せた。

 こんなに興奮している状態で、いつまでもお嬢様の方に意識が向いているのはいけない。

 俺を見つけて、オルハは嬉しそうに笑った。



「やっぱり覗き見してたのか。相変わらず悪趣味だな」

「こんな所で何をしているのです」

「お前には関係ない」



 そう言って、オルハはお嬢様の腕を掴んだ。



「きゃあ!」

「その手を離せ!」



 俺が走り出そうとすると、オルハはお嬢様を掴んだ腕とは反対の腕を俺に向ける。

 止まれと言いたいのだろう。

 俺はオルハから目を逸らさずにその場に立ち止まった。



「お嬢様を離せ」

「いいぜ、その代わり……お前にはこれを飲んでもらう」



 オルハは自分のポケットから、液体の入った小瓶を取り出した。

 色は深い青の様な黒の様な。

 出来るなら飲みたくない色だ……。



「それは……?」

「これは、本当の事を話す薬だそうだ。お前には聞きたい事があるからな」

「リオン!飲んではいけません!」



 お嬢様の叫びに、オルハは正気を失った様な笑みを浮かべた。



「やっぱり、さっき言った事は嘘だったのか!」

「嘘はついておりません!そんな怪しい薬を飲ませるなど、黙って見ている訳ないではありませんか!」

「お嬢様」



 俺の声に、二人は同時にこちらを見た。

 とにかくお嬢様に意識がいくのは困る。

 俺は右手を差し出して、小瓶を強請った。



「何の話しかは分かりませんが、俺達は嘘などついていません。それをこれで証明出来るのなら、俺はそれで構いません」



 お嬢様がそんな事がないと言っているのだ。

 疑う頭はこれっぽっちもない。

 この薬でそれが証明出来るなら、願ってもないではないか。



「しかし……」

「大丈夫ですよ。……オルハ、薬をくれ。それからお嬢様を離せ」



 オルハはお嬢様の腕を離すと、とても嬉しそうにこちらへ近付いてきた。

 お嬢様はどうしていいのかオロオロとしている。

 大丈夫だと俺は大きく頷いて、オルハの差し出した小瓶を見つめた。

 受け取ろうとすると、小瓶をもう一度自分の手元に戻す。



「飲んだフリなんかしたら、どうなるか分かってるだろうな」



 まるで悪党のセリフだ。

 俺はため息を吐きながら答えた。



「そんな事して何になるんです。早くお嬢様を屋敷で休ませたいので、早く渡して下さい」

「……ちっ」



 オルハは今度こそ手の中の小瓶を手渡した。

 コルクの蓋を開けると、ツンと嫌な香りが鼻を掠める。



「ほ、本当に危ない薬ではないのですね?!」



 お嬢様が後ろで震えながらオルハに問いかけた。

 オルハは、俺から視線を逸らさないまま答える。



「ええ。これは真実を語る薬です。俺の質問に…真実を答えて貰う為の」



 俺は、一度お嬢様の方を見て微笑んだ。

 こんな事で不安が取り払えたりはしないだろうが、安心して欲しいと。

 そう思っている事が伝わればよいと。

 そして、俺は小瓶の中身を飲み干した。

ラナス


三歳の雌馬

焦茶

164センチ

436キロ

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