占いの結果
ああ……こんな素晴らしい事はないわ……。
やっと……。
やっと手に入れたわ……。
わたくしだけのもの……。
もう誰にも渡さないわ……。
わたくしは、ベッドの上で枕を抱きしめて、先日の事を思い出す。
先日、お父様がわたくしを呼び出しました。
部屋に入ると、いつもはいないお母様もいらっしゃったわ。
この二人が揃って一緒にいるなんて、なんて珍しい事。
わたくしはそっと二人の前に座りました。
お父様はニコニコと笑顔を振りまきながら、こう仰ったわ。
「レベッカ。クリストファー殿下の婚約者はお前決まったそうだ」
わたくしは、一度ではその言葉を理解出来ませんでした。
それ位衝撃的だったのです。
「お、お父様……い、今なんて仰いましたの……?」
「レベッカ。おめでとう。お前がクリストファー殿下の婚約者だ」
ああ!神よ!
この時程創造神シーヴァリースに感謝した事はないでしょう。
わたくしは口元を必死で抑えましたわ。
目からは涙が出て、もう前も見えません。
必死に嗚咽を押し殺し、この現実が嘘ではない、夢ではないかと何度もお父様に問い掛けましたわ。
「間違いないよ。レベッカ。本当にお前はマルガレット家の誉れだ。私もとても鼻が高いよ」
「本当に、よくやりましたわ。これでマルガレット家の力は大きくなるでしょう」
わたくしはやっと事実を受け入れました。
わたくしがクリストファー様の婚約者……。
未来の王妃……。
ずっと、ずっと、初めてクリストファー様を見た時から、この時をどれ程夢見てきた事か……。
わたくしは、初めてクリストファー様と出会った幼少を思い出しましたわ。
あれは、わたくしがまだ五つの時ですわ。
城で大臣として働くお父様について行った時の事です。
城の奥に飾られた肖像画に足を止めて眺めている間に、わたくしは迷子になってしまいましたの。
慌ててお父様を探しますが、益々辺りは見た事のない景色に。
泣き出したわたくしにそっと声をかけて下さったのが、クリストファー様でしたわ。
輝く金の髪、優しく問い掛ける柔らかな瞳、まるで天使の様な笑顔。
わたくしは、一目で恋に落ちましたわ。
クリストファー様の案内で無事お父様の所に戻れたわたくしは、すぐにお父様にどなたなのか問い掛けました。
お父様は、優しく教えて下さいましたわ。
……あの方が……この国未来の王……。
それからわたくしは、公爵家の令嬢に相応しいマナーや立ち振る舞いを必死で勉強し、苦手な座学も、文句一つ言わずにこなしましたわ。
それなのに……。
……この間のカーミラ様とのお茶会では侮辱され……。
その後のクリストファー様とのお茶会でも、カーミラ様の告げ口のせいで酷い目に!
お父様にわたくしがどんな思いをしたか、泣きながら伝えたのに、その後カーミラ様もクリストファー様の従者達の話しも耳にする事はなく、わたくしは煮湯を飲まされる思いでした。
それが、結果を見ればどうです……。
わたくしはクリストファー様の婚約者ですわ。
もう誰にも邪魔される事なく、ずっとあの方と一緒にいられるのです。
ああ……本当に……まだ夢の様……。
「レベッカお嬢様、クリストファー様からお花が届いておりますよ」
ベッドで夢心地だったわたくしは、侍女の言葉で目を覚まします。
「まあ!クリストファー様から?!」
侍女の持ってきた花束を見て、わたくしはベッドから立ち上がると、急いで侍女の元へと近付きました。
侍女が持ってきた花束は、見た事がない花でしたわ。
白い小ぶりな花束を見て、侍女はこう言いました。
「まあ!見た事もない花を贈られるなんて、きっととても貴重な花なのでしょうね!」
「そうですわね!こうして珍しい花束を贈って下さるなんて、とても愛されておりますわ。」
ええ、そうね。
もっと言ってちょうだい!
「素敵な香りですわね。すぐにベッドの横に飾りますね」
わたくしは花束を侍女に預けて、お茶を頼んだ。
すぐにいつもの紅茶が運ばれてきて、わたくしはそれを口に運びながら、カーミラ様の事を考えていましたわ。
きっと、わたくしが婚約者に選ばれて、さぞ悔しがっているでしょう!
わたくしは選ばれたのです!
数いる婚約者候補の中から、たった一人!
本当に、笑いを抑え様にも止まりませんわ。
残念でしたわね。カーミラ様。
クリストファー様はもうわたくしのもの。
もう貴方の前に現れる事も無いでしょう。
「レベッカお嬢様、一緒にお手紙があったそうですよ」
「なんですって?!早く持ってきて頂戴!」
花束なんかより余程重要じゃない!
全く使えないわね!
わたくしは侍女が差し出した封筒を奪い取ると、後ろの差出人を確認致しました。
ああ……間違いありませんわ……この紋章。
盾に鷹が刻まれ、その後ろにクロスの剣。
紛れも無くなく王家のものですわ。
わたくしは慎重に蝋を剥がすと、中の便箋を開きました。
シンプルな白い便箋には、華麗な字でこう書かれていました。
『親愛なるレベッカ様
花束は無事届いたでしょうか?
どんな花がお好きか分からなかったので、珍しいものを選びました。
喜んで頂けたら良いですが。
それから、来週末に開かれる、お婆様とのお茶会に招待致します。
お会い出来るのを楽しみにしております。クリストファー』
「まあ!大変ですわ!」
「なんて書かれていたんですか?お嬢様」
「来週末に、クリストファー様のお婆様とのお茶会に誘われてしまいましたわ!」
「まあ!それは素晴らしいですわ!お嬢様!」
「本当に!きっと可愛らしい婚約者を、お婆様に自慢したいのでしょう」
侍女達が羨ましそうに見ているけれど、そんな時間は御座いませんわ。
今日はもう週末。
もう一週間しかないではありませんか!
「すぐにJを呼んで頂戴!あと靴屋と細工師もよ!」
今度こそJにドレスを作って貰わなくては!
もう季節は秋になりますわ。
秋の新作ドレスとして、わたくしが一番に着て宣伝して差し上げなくては。
靴も宝石も新しいものでなくてはいけませんわね。
わたくしは侍女に色々と指示を出し、落ち着く為紅茶を口に運びます。
本当に……全てあの占いの通りになったわ!
胡散臭いと思っていたけれど、お父様の言っていた事は本当ね。
なんでもよく当たる占い師がいるから、気晴らしに占って貰ってはどうかとお父様に言われ、そんなものを信じるなんてお父様らしくないと思っておりましたの。
でも、噂は本当の様ですわね……。
お父様が懇意にしているのだから、間違いはないでしょうけれど。
わたくしは、一週間前に呼んだ占い師の言葉を思い出しました。
『幾たびの試練を越えて、貴方は望んだモノを手にするでしょう
その光の輝きは貴方に望んだモノを届けます
見た事のない人間は遠ざけなさい
きっと貴方に害をなすでしょう』
お父様は、わたくしの光属性が大きな決めてとなったと仰いましたもの。
それに、そのすぐ後に従者学校から従者志望の手紙が来たわ。
優秀だという従者候補は、占い師の指示通り、断りましたわ。
きっと近付けていたら、占い通りにはならなかったでしょうね。
まぁ、男爵の地位しかない従者など、わたくしに相応しく有りませんから、最初から雇う事などしませんけど。
とにかく、こうしてはいられませんわ。
ああ、一週間後が待ち遠しい……。
早く貴方に会いたい……。
きっと、会ってわたくしに思いを伝えてくれる筈ですわ……。
そうしたら、わたくしも言いますわ。
貴方をずっと前からお慕いしておりましたと……。
わたくしは便箋を抱き締めて、あの方の事を思いました。
「なんと、愚か、な、子供だ、ろう…か」
「子供な、んて、こんな、もので、…しょう」
大鏡に映るレベッカの姿を見ながら、二人の双子が何かを喋っている。
何処か暗い一室にいる双子は、二人ともフードを目深に被り、酷く歪んだ口元だけを覗かせている。
愚かとは、自分の思う通りに行動をするマルガレット公爵家の者達を指しているのだろうか。
「それ、で、…例の、少、…女は?」
「それ、が、何も、変わり、ない、ようで…すよ」
「父、親の、方に、動き、がある、…のでは?」
「全く、動き、はあり、ませ、…んね」
「おかしい…ですね?」
「おかしい…ですね」
二人の双子は向き合うとお互いの手を取った。
その光景は、歪にも、尊くも見える。
「マル、ガレット、家の、娘、を婚、約者、にす…れば」
「きっと、動く、筈だ、と思っ、たの、です…がね」
「シュ、トラ、ーダ公、爵家は…王」
「家と、の、婚約を、…望んで」
「は、…いない?」
二人ももう片方の手も握り合う。
それは、絶望にも、幸せにも見える。
「きっと、鍵、は、あの、少年、が握っ、て…いる?」
「そ、の、鍵を、あの、少女、が握っ、て…いる?」
「それ、は、まだ、分かり、ませ…ん」
「です、が、気になり…ます」
「気に、なり、ま、すね。…でも…」
『もう、次、の、手は、打って、ある、のです、…から…』
双子は、お互いの手を離した。
それは、良い事にも、悪い事にも見えた。
『わた、し、達、は、ただ、待ち、ま、しょう。いつ、までも、いつ、ま、でも。今まで、と、同じ、…様に』
二人は、闇の中へ消えて行った。
それは、焦がれている様にも、冷めてしまった様にも見えた。
双子
名前 ?
役職 教会関係者?
髪 深い海の底を不安で混ぜた様な、黒みがかった青の髪を、肩まで伸ばしている。
瞳 何も映していない様な黒い瞳