魔術の授業炎
「ん?どしたのぉ?リオンちゃん」
「この時を待っていた……と言っても過言ではありません!どんな物か説明お願いします!」
お嬢様が、また何か企んでいますのね。という瞳を向けてきている。
しかし待ってほしい。
今はそれより先生の話しだ。
「うんうん。まずは防御魔術だけどぉ、自分の授かった属性の中で一番強い物を用いる事が多いねぇ。その方が防御率が上がるからぁ」
ふむふむ。
確かにその通りだ。
「普通の人はぁ、一属性の事も多いからぁ、その属性でなるべく広範囲に防御の盾を張れる様練習するんだけどぉ、力の弱い人だとぉ、襲われた時盾の結界を張る位かなぁ」
結界……。
本当に、異世界転生したんだなぁ……。
俺は先生の説明の続きを待つ。
お嬢様は自分の胸に手を当て真剣な表情で聞いている。
「カーミラ様位力が強いなら広範囲でとっても厚い結界が張れそうだねん」
俺は先生の説明を聞き終わり、そっと手を上げた。
先生とお嬢様は、手の上げた俺の方を見ると、頷いて発言を求めた。
「是非。是非。お嬢様にやって貰いたい防御魔術がございます」
「うんうん。言ってみたまえ、リオンちゃん」
「これは……またわたくし置いてけぼりのパターンなのでは……」
俺は一歩前に出て、興奮する心を押さえて思い描く防御魔術を伝える。
「その前に質問です!エメラダ先生。その防御魔術はどの様な時に使うものでしょうか?」
俺の質問に、先生とお嬢様は顔を合わせて首を傾げた。
先生ではなく、お嬢様が口を開く。
「それは、攻撃を受けた時ではありませんの?」
「うんうん。そうだよねぇ」
俺はため息をついた。
このお嬢様達は何を言っているのか。
俺は不思議そうに俺を見ているお嬢様に力説する。
「お嬢様は公爵家の一人娘で、クリストファー第一王子の婚約者候補であるのですよ?!」
「そりゃーまぁそうだねん?」
「ええ。そうですわよ?それが何か?」
俺は更に盛大なため息をついて、ビシッとお嬢様を指差した。
が、失礼なので途中で差した指は引っ込めて、手の平を上に向けてお嬢様を指した。
「まっったく危機感が足りません!何時いかなる時も張っていないと結界の意味がないではありませんか!」
「そ、それはそうかもしれないけどぉ……そんな常時張り続けている魔術師なんていないわよぉ」
「では、先生は襲われてから、あの時結界を張っておけば……と思うのですか?!もう予測が出来ているのに?!」
俺の剣幕に押されて、先生はそっと顔を逸らした。
お嬢様の方を向くと、ヒクリと口元を歪ませている。
「お嬢様。お嬢様はこの結界の必要性を分かって頂けましたよね?」
「……そ、そうですわね……?」
まだ分かっていない様だ。
俺は言いたくはないが、分かって貰う為、お嬢様が攫われた時の話しをした。
先生は初耳の様で、驚いた様子で話しを聞いていた。
「俺は……本当に聞いた時、心臓が止まるかと思いました……。でもお嬢様には膨大な魔力が有るんですよね?今後何かあった時、その結界で身を守れるなら、これ程頼もしい事はございません」
「……確かに一理ありますわ……でも、ずっと魔術で身を守り続けるなんて……魔力は持つんですの?」
確かにお嬢様の魔力が膨大だと話には聞いているが、それがどの程度なのかは、俺も分かっていない。
なので、エメラダ先生を見た。
先生は腕組みしながらブツブツと何か考えている。
「……うんうん。カーミラ様は四属性のどれもぉ、均等に力の強さを示してたわねぇ。魔力の調節とぉ、魔力を伸ばす事にもぉ、常に結界を張り続けるのはぁ、良い訓練にはなりそおねぇ」
先生は使い古した大きなカバンをゴソゴソと漁ると、中から小さな丸い水晶を取り出した。
「これはぁ、私が作った魔力の流れを記憶する物なんだけどぉ、これに常時張り続ける結界のパターンを記憶させてぇ、発動させればぁ、本人の使った意識は無くて発動出来るかもぉ」
「それは凄いですね!そんなに便利な物なら、もう使っている人も多いのでは?」
「リオンちゃんったらぁ……私とかお嬢様位魔力がないとぉ、無意識の内に魔力を使い過ぎて死んじゃうよぉ?」
そうだった……。
MP0は死亡するんだった……。
俺も10歳になったら同じ事をしようと思っていたが、お嬢様と先生位の魔力って、この国にそう何人もいないのでは……。
「じゃあカーミラ様の魔具は私が作ってあげるねぇ。いつも身に付けてる物があればぁ、それに施せるけどぉ、何かあるぅ?」
先生の言葉に、お嬢様は嬉しそうに首元を指して微笑んだ。
それは、俺のあげたチョーカーだ。
あれからずっとお嬢様はつけてくれている。
「でしたら、このチョーカーにお願いする事は出来まして?」
「うんうん。いいよぉ。じゃあ借りていくねぇ」
「ええ。宜しくお願いしますわ」
お嬢様はエメラダ先生にチョーカーを外して貰うと、少し寂しそうに首元を撫でた。
俺の視線に気付いて、眉を下げると苦笑している。
「大丈夫よぉ。そんなに心配しなくても、次の授業までには持ってくるからぁ」
「ええ、宜しくお願いしますわ」
エメラダ先生は丁寧に布で包むとカバンに入れた。
そして、俺は更に手を上げて咳払いした。
「では常に張り続ける結界の重要性が分かって頂けた所で、次は攻撃された時の結界について教えて下さい!」
「そうねぇ……これも魔力量によってどんな物かはその人によるけどぉ、私は自分の一番力の強い地でぇ、こうしてぇ……」
先生は説明の途中で杖を振ると、目の前に土の壁を発現させた。
壁は少し丸みを帯びていて、ドーム状に先生の前方から頭の上ら辺までを守っている。
「こんな感じかなぁ」
試しに触ってみると、土の壁という印象はない。
爪で引っ掻いても崩れないし、少し暖かい。
温かい鉄の壁みたいだ。
「お嬢様だと、属性はどうなるんですか?」
「うーん。結構どれも均一だったけからぁ、好みかなぁ?」
「好みでよろしいのですか?」
「そうねぇ。とりあえず炎で試してみたらぁ?」
「お嬢様やってみて下さい」
「……い、いきなり難しい要求しますのね」
お嬢様は渋々精神を集中させると、両手を胸の前に持ち上げた。
「……炎よ」
お嬢様が炎を呼ぶと、目の前には真っ青な炎が現れた。
大きさは顔くらいの大きさだ。
「青い炎?」
「ああ、カーミラ様だと魔力が強すぎて炎が青くなっちゃうみたいねぇ」
高温って事か。
でも、隣で見ている俺は熱くはない。
「無意識の取捨選択だねぇ。自分にとっての無害な者へは攻撃が向かないんだよぉ。じゃないとぉ、発動した私も黒焦げちゃうからねぇ」
俺の疑問を読み取ってくれたのか、先生が説明してれた。
そうか。無意識なのか。
よし、そろそろ本題に入ろう。
俺はお嬢様に満面の笑みで望みを伝えた。
「では、それをお嬢様の好きな形に変えてください。そして、それを五枚に重ね掛けして下さい」
『ご、五枚?!』
「きっとお嬢様の魔力量だったらやり遂げてくれるだろうと思ってます!いや、きっと出来ます!」
俺がどうしても見たかった魔法は、多重になってる防御シールドだ。
複雑な魔法陣の5枚とかだと文句無しだが、この際まずはただの円形でも何でもいい。
「リ、リオンちゃん……五枚ってぇ……」
「まずは一枚ずつスタートです!お嬢様!頑張って下さい!」
お嬢様は顔が引き攣っているのを隠しもせずに俺を見ていたが、俺の真剣な表情を見たせいか、諦めた様だ。
お嬢様が青い炎の形を変え始めた。
しかし、なかなか形が固定しない。
「な、なかなか……難しいですわ……」
お嬢様が難しい顔をしながら炎を操っている。
「そりゃあ自分のイメージしている形をそのまま発現させようとするのはぁ、とても難しい事だよぉ」
お嬢様が形を安定して保っていられる様になるまで、俺は先生に五枚掛けの結界の内容を伝えると、今度は先生の方が先程のお嬢様の様に顔を引き攣らせた。
「そ、そんなの張れる様にになるのは、今の私でもちょっと難しいかもぉ……」
先生の呟きを聞いて、お嬢様がひぃっと小さな悲鳴をあげたが、俺は笑顔のままお嬢様の練習を見守った。
途中先生がアドバイスの為に杖を持って近付く。
手振り身振りで先生が伝えると、それを見ながらお嬢様も炎に向き合った。
三十分程してやっと半円が出来上がった。
青い炎が揺れながらお嬢様を守る半円になっている。
とても幻想的で美しい。
一枚でこの美しさなら……五枚張れる様になったら圧巻だろう……。
いずれは半円形の様な形も、魔法陣にして頂きたい。
お嬢様にそれを伝えると、ヒクリと口元を歪ませた。
俺はその口元を笑顔で上げる。
先生は諦めのこもった瞳でお嬢様の肩を叩くと、静かに首を振った。
こうして、二枚目の結界が出来上がる事なく、魔術の授業の終わりの時間になった。
「形をイメージしてぇ、それを維持をしながら増やしていくっていう、結構鬼畜な授業内容だけどぉ。じゃあこれは授業の最後に十分。毎回やっていこうかしらねぇ。授業の後にこれだけの魔力を使えば、その内底も見えてくるかもぉ?三枚になるまでは、属性を毎回変えて、自主練するといいかもぉ」
お嬢様は軽く額に浮かんだ汗を拭きながら頷いた。
先生はうんうん頷くと、帰り支度を整え、転移して帰ろうと杖を取り出した。
浮遊感を感じた後、足元に柔らかいカーペットの感触が伝わる。
帰ってきたと思うより先に、同じ場所に佇んでいるオルハと目があった。
ずっと待っていたんだろうか?
やはりオルハらしくない……。
オルハは俺を睨みつけていたが、先生を見て態度を変えた。
「お帰りなさいませ、カーミラ様、エメラダ先生。宜しければ、この後お茶でも如何ですか?」
二人にオルハはパントリーで用意したであろうワゴンに、様々な茶葉を用意して待っていた。
お嬢様はそれを見て、先生に視線を移すが、先生は首を振ると冷たい目でオルハを見た。
「んーん。もう帰るよぉ、二人ともまた次の授業にねん」
そう言うとパッと消えてしまった。
オルハは無表情だったが、どこか悲しそうに見えた。
お嬢様もそれを感じとった様で、オルハにお茶を頼んだ。
「オルハ、お茶を入れて下さる?少し喉が渇きましたわ」
「……あ、はい。喜んで」
オルハは、それまで何事も無かったかの様にお茶の支度を始めた。
俺は挨拶をしてその場を立ち去る事にした。
俺が部屋を出て自室に向かっていると、後ろからオルハが俺を追いかけて来た。
俺の肩を強く掴むと、そのまま振り返らせる。
「お前が……お前が何か言ったのか……」
オルハの瞳には、お嬢様の言う通り怒りが滲んでいる。
この調子のオルハに、俺ではないと真実を言った所で、オルハが信じるとも思えないが。
「何も言っていません」
「……くそっ!」
オルハは、乱暴に掴んだ肩を押すと、早足で去って行った。
一体、彼は何にそんなに怒っているのだろうか……。
俺の心の問いに、答えてくれる者は誰もいない。
ルーク
長身で細身の若い子なの。
歳は22って言ってたかしら?
シュトラーダ家直属の庭師の若い男よ?
あの子もその子も狙ってるんだから。
あたし?あたしだって狙ってるわよ!