置いていかれた従者
「心ここにあらず……だね」
サイネルさんはそう呟くと、剣を下から思い切り斬り上げ、俺の手から剣を飛ばした。
衝撃で手が痺れる。
「そんな調子じゃ身になんないよ?」
「すみません、最初からお願いします」
俺は飛ばされた剣を拾うともう一度構えた。
サイネルさんは、うーんと、頬をかくと、細目を開いて問い掛けた。
「あの従者が気になる?」
「!」
「図星か」
サイネルさんでもすぐに分かる位と言う事は、お嬢様は気付いているかもしれないな。
俺は苦笑して頭をかいた。
「どう気になってるかまでは分からないけどね。かなり評判の良い子だね」
「そうなんですか?」
「昨日も彼の歓迎会やってたしね。かなり参加してたみたいだよ」
……呼ばれていないが……。
サイネルさんは糸目のまま苦笑すると、俺の頭をポンと叩いた。
「…ま、人は一方向からの顔しか持っていない訳じゃない。それは良い意味でも悪い意味でもね」
サイネルさんは含みのある言い方をすると、今度こそ剣を構え直した。
俺も剣を構えて、サイネルさんを見つめる。
「とにかく今は、俺に集中してくれないと殺しちゃうよ?」
サイネルさんは糸目を薄らと開くと、愉悦を滲ませる笑みを浮かべてその剣先を俺へと振り下ろした。
「……よし、今日はここまで。後半の集中は流石だね」
「あ、あ、ありがとう、ございました……」
息が切れて途切れ途切れに言葉がこぼれる。
さっきの様にポンと頭を叩くと、サイネルさんは手を軽く振って去って行った。
稽古をつけてもらって暫く立つが、本当に上達しているんだろうか。
なんせ、鬼の様なサイネルさんの猛攻を防ぎ切るのは無理がある。
いつも防戦に回るだけで、上達してるのかは全く分からない。
それに最近は生傷がいつも絶えない。
俺は今日ついた傷と、もうすぐ治りかけている傷を交互に見ながら塗り薬を塗った。
部屋に戻ると、手紙がドアに挟まっていた。
差出人を見ると、エルさんからだった。
随分と早いな。
昨日出したばかりなのに……。
俺は何の飾り気もないシンプルな封筒を開けて、便箋を取り出した。
便箋には走り書きとも取れる乱れた筆跡で、こう書かれていた。
『いつでも合わせる。何時だろうと時間は作る。絶対にジュダスは呼ばないで』
この3行だった。
エルさんっぽくはないけど、急いでたのかな?
俺は便箋を閉まって、了解の短い手紙を書いてすぐに出した。
今日の魔術訓練の時に報告しよう。
魔術の授業が始まり、先生が何処からともなく現れた。
もう慣れたが、流石にオルハは吃驚していた様だ。
「あれぇ?見た事無い子がいるねぇ」
エメラダ先生は大きな身体をオルハに近付けると、腕を組んだ。
「初めまして。カーミラ様の従者になりました。オルハと申します。以後宜しくお願い致します。高名な王宮魔術師であらせられると聞きました。お会いできて本当に光栄です」
「初めましてぇ。エメラダだよぉ」
オルハが差し出した手を取って、先生は挨拶を交わした。
しかし、先生はオルハの目を逸らさずに口を開いた。
「でもごめんねぇ。君はお留守番。付いてこなくていいよぉ」
「え?!」
オルハも驚いているが、俺もお嬢様も吃驚だ。
驚いている俺達を置き去りに、エメラダ先生は俺とお嬢様に向き合った。
「お、お待ち下さい!なぜご一緒出来ないのでしょうか?!どうか私もご一緒させて下さい!」
俺は、オルハが随分必死なのが気になった。
いつも余裕顔で、卒無くこなしているオルハらしくない。
お嬢様も少し驚いている様に見える。
「うーん。私はねぇ、リオンちゃんがいるからこの講師を受けたんだよぉ。だから君はお留守番。意味分かる?」
「……し、しかし、従者はいついかなる時も側で主を支えていなくては……」
「うんうん。そういう上辺の言葉は要らないよぉ」
「……ど、どうかお願いで御座います!」
「ダーメぇ」
エメラダ先生はそういうと、手で小さなバッテンを作ると、俺達に近付きすぐに詠唱を開始した。
目の前に陽炎が見えたと思うと、浮遊感を感じ、目を開けるとヴェルメ湖の前にいた。
「さーてぇ、始めようかねん」
「せ、先生、良いんですか?」
俺が恐る恐る問い掛けると、特に気にする様子も無く先生は杖を取り出した。
「さっき説明した通りだしねぇ。リオンちゃんがいれば従者は要らないでしょぉ?」
「それだけですの?何か理由があるのかと思いましたわ」
確かに少し不自然な感じはしていた。
エメラダ先生がいきなりこんな事を言い出すのも、オルハのあの必死な態度も。
「んー。カーミラ様ならもう分かってるよねぇ?」
「……オルハがわたくしを軽んじている事でしょうか?」
お嬢様の言葉にギクリと肩が跳ねる。
聡いお嬢様が気付かない筈がなかったか……。
「……最初から彼はわたくしに対する態度が透けて見えていました。侮られているのでしょうね。わたくしを認めていないのが、雰囲気に出ていますもの」
「ふんふん。それでカーミラ様はどう思ったのぉ?」
お嬢様は木陰から湖を眺めながら答えた。
その横顔は、悲しんでいる様にも、怒っている様にも見えた。
「でもそれは、わたくしが主として至らないからですわ」
お嬢様はそう答えると、強い意思を瞳に宿して先生を見据えた。
その顔に、悲しみも怒りも見受けられない。
「オルハの心を探ろうとしても、彼の心は頑なに閉じたままで、どう考えてわたくしを嫌っているのか、わたくしにどうして欲しいのか。……それもまだ分かりませんわ」
お嬢様はもう一度、湖に視線を向ける。
俺もつられる様に湖を眺める。
夏の日差しを受け、湖の水面はキラキラと輝いていた。
「ですが、わたくしは彼が何に怒っているのか知りたいと思いました。だから、今は無理でも時間をかけて信頼を得ますわ」
「うんうん。百点満点の言葉だねぇ」
俺は……どう思っただろうか……。
挑発されて、それを真正面から返していないだけで、無視しようとしていた。
なぜそう思ったのかは考えず、ただそういう性格なのだと思っていた。
でもお嬢様は違った。
その怒りに、挑発に、何か意図が、意味が、心がある筈だと感じたのだ。
全く持って情けない……。
最近、自分を不甲斐なく感じる事が多い。
お嬢様はこんなに成長されてるのに、俺は転生してから精神年齢が下がっていく様な気分だ。
そりゃあ、何でも出来た大人の頃に比べて、子供になった俺は出来る事も少なくなった。
体力と腕力はかなり痛感している。
俺は心の中でため息を吐いて、反省は終わりにした。
いつまでも考えてる時間はない。
時間は有限だ。
「まぁ、なんか理由が有りそうな必死さだったけどぉ、あの態度はダメよぉ。主を認めない従者は美しくないものぉ」
そう言ってエメラダ先生は両手を頬に添えると、頬を染めてクネクネし始めた。
「やっぱり主を尊敬して付き従う従者こそぉ、従者のあるべき姿じゃない?正にジュダスみたいな従者じゃないとぉ!カーミラ様もそう思うでしょぉ?」
「……え、ええ……そ、そうですわね」
おほほほほと笑うお嬢様の目は笑っていない。
しかし、恋する乙女のエメラダ先生には見えていない。
いや、見ていない。
ジュダスさんの良い所を三つ程聞いた後、とてもじゃないが終わりそうもないので話しかけた。
「あ、あの……エメラダ先生……授業が……」
「ん?今いいとこなんだぞぉ」
先生は大きな身体でピョンと一つ跳ねた。
ドスンと着地音が鳴り響く。
しかし、自分の着地の衝撃で我に返ったのか、えへっと笑うと杖を取り出した。
そして、お嬢様にこの間の続きの二属性同時発現を命じて、俺の隣に寄り添った。
「絶対リオンちゃん、あの子になんか言われたでしょぉ」
「あ、あの子とは、オルハの事ですか?」
「当たり前じゃないのぉ。超魔力が渦巻いてたものぉ。あれは怒りかしらねぇ……」
怒り……か。
確かにいつもオルハは怒っている。
俺だけにかと思ったが、内心はいつも何かに怒っているんだろうか。
「まぁ、いいわぁ。それより、エルから私のとこにも手紙がきたのよぉ」
「俺にも今日届きました。急いでいたのか、かなり字が乱れていて……忙しいんでしょうか?」
「……あー……ちょっと面倒くさくなってきちゃったわぁ…でもでも、杖は見たいしぃ……」
「?」
エメラダ先生はブツブツと小声で呟いているが、小さ過ぎて聞こえない。
先生も聞かすつもりではない様で、ひとしきりぶつくさ言うと、満足言ったのかこちらを振り向いた。
「まぁ、仕方ないわねぇ。何時でも良いって言ってるし?今週末はリオンちゃんどぉ?」
「大丈夫ですよ」
「じゃ午後の授業の後にいきましょぉ」
「分かりました。宜しくお願いします」
うんうんと笑顔で呟いたエメラダ先生は、アドバイスをする為お嬢様の方へ向かった。
エルさんの所に行ったら、ラントール支店の商会も目処がついた事も説明しなくては。
「はいはい。注目ぅ!じゃあ今日は更に初歩中の初歩ぉ。防御魔術を教えるよぉ」
きた!
俺は待ちに待った授業に抑え切れない鼓動を抑え、真っ直ぐ手を伸ばした。
アルマデル•ノーランド
緑のロングヘア ちょっぴり癖毛ですの
同じく緑の瞳 パッとしませんの
おっとり垂れ目 大人しそうに見られますの
性格 意外と言う時は言いますのよ?