従者オルハ
アルマデル•ノーランド
緑のロングヘア ちょっぴり癖毛ですの
同じく緑の瞳 パッとしませんの
おっとり垂れ目 大人しそうに見られますの
性格 意外と言う時は言いますのよ?
俺は、目の前の人物から発せられた言葉に、腹の奥がグズグズと煮えたぎる様に感じていた。
「……失礼ですが……もう一度言って頂けますか……?」
「聞こえなかったか?ならもう一度言ってやろう。いいか?こんな貧乏くじを引くなんて我ながらついていないと。そう言ったんだ」
俺は、目の前に佇む少年の胸ぐらを掴んでやりたいのを、奥歯を噛んで必死に堪えた。
目の前の男は、俺の三つ上の11歳。
オレンジの長い髪を後ろで束ね、瞳は金色をしている。
その憎たらしい口元には八重歯が覗いているが、顔立ちは整っている。
名前をオルハと言う。
……お嬢様の……新しい従者だ……。
「金払いがいいんで来てみれば、いたのは偽善顔振りまくお貴族様かよ。ほんとやってられねー」
目の前の口の悪い男は、悪びれもせず悪態をついている。
こんな少年を旦那様が?
…本当に?信じられない…。
俺の疑心暗鬼な心を読み取ったかの様に、オルハはポケットに手を突っ込んだまま、ああ、とほくそ笑んだ。
「俺が旦那様に本当に従者として雇われたか信じてないんだろ?ぶっあっは!」
「何がそんなに面白いのです?」
俺が真正面から睨み返すと、チッと舌打ちをして吐き捨てる様に言葉を吐いた。
「誰がなんと言おうと、俺はシュトラーダ公爵家の領主様に見初められて、金貰ってここにいるんだ。その、お嬢様ってのの従者としてな」
「……………」
「ここじゃ一使用人のお前より、俺のが立場が上なんだよ。分かったらそのムカつく目やめてくんない?」
俺はギュッと両手を握りしめる。
こんな所で短気を起こすべきではないし、俺自身を罵倒している分には問題ない。
耐えられる。
オルハは、言い返さない俺を面白くなさそうに見つめたまま、再び舌打ちをした。
「ちっ、ほんとついてねーや。あんな偽善者のお嬢様に付き従うなんて……本当だったらレベッカ嬢に仕えたかったぜ」
「……では、そのレベッカ様にでもお願いして、仕えてきたらどうですか?」
「……お前がそれを言うのかよ……」
「……どういう事ですか?」
俺の質問に答えること無く、激しい憎悪の籠った目で睨みつけてきた。
よりによって、あのレベッカ様に仕えたいなど…。
俺達が睨み合っていると、廊下の奥の扉が開いた。
「おや……ここで何をしているんです。もうカーミラ様がお待ちでしたよ」
扉を開けて両手に本を持ったまま、俺達に話しかけてきたのはジュダスさんだった。
俺は、本当にこの男がお嬢様の従者なのか問い正そうと口を開く。
しかし、一歩先にジュダスさんの前にオルハが進み出ると、上品な所作で挨拶を始めた。
「これこれは、ジュダス様。おはようございます。これから参ろうと思っておりました。先に少年に挨拶を返していた所でございます」
「そうですか。リオン、君は授業の後は私の所に来る様に。ミラーダ商会の事で話があります」
「……分かりました……。後ほど伺います」
ジュダスさんは頷くと、旦那様の書斎に向かって歩き出した。
曲がり角を曲がって、ジュダスさんの姿が見えなくなると、またオルハはポケットに手を突っ込んでこちらを刺す様に見つめた。
先程までと全く態度が変わっている。
こうやって、旦那様とジュダスさんも騙したのだろうか。
いや……あの腹芸の達者な二人が、見極められないとは思えない……。
何か意図があるのだろうか?
俺が思案していると、面白くなさそうにオルハは口を開いた。
「お前、あの女と勉強も受けてるんだって?金払って?ほんと笑わせるわ」
「あの女というのがお嬢様の事でしたら、言い直して頂きたい。主に対して失礼です」
「あーわりいわりい。カーミラちゃんね」
この少年は……。
わざとこちらを怒らせようとしている様だ。
なら怒ってあげるのは、相手の思う壺というもの。
俺はもう話す事はないと、お嬢様の勉強部屋に向かう事にした。
すると、オルハも後をついてくる。
「……これから私とお嬢様は勉強です。貴方がついてくる必要はないと思いますが?」
「おいおい、お前バカかよ。俺はそのおじょーさまの従者だぞ?嫌でもついてかないと金が貰えないだろ」
まさか……。
授業も付き従うのか。
勉強部屋について、部屋をノックして入ると、お嬢様は俺達を見てニコリと微笑んだ。
「ご機嫌よう。リオン、オルハ」
「おはようございます。お嬢様」
「カーミラ様。本日もとてもお美しいですね。今日も暑いですが頑張りましょう」
「ええ、ありがとう」
既に旦那様から挨拶があったオルハは、もうお嬢様とも挨拶を済ませている。
お嬢様が、オルハの事をどう思っているかは知らないが、この感じだと特に悪く感じている様子はない。
……悔しいが、挨拶からして負けている気がする……。
俺は外面の完璧なオルハを見て、内心でため息を吐く。
しかし、お嬢様の前で本音を溢さないなら、傷付ける事もないだろう。
俺が我慢すればいい事だ。
俺は、入ってきたメイベル先生に挨拶をして先に着いた。
「それでは本日もよろしくお願いします」
メイベル先生がオルハに視線を向けると、オルハはニッコリと上品な笑みを貼り付け、所作の完璧な挨拶をする。
「昨日カーミラ様の従者になりました、オルハと申します。これから宜しくお願い致します」
「あら、遂にカーミラ様にも従者がついたのですね。それは良かったですわ。いつまでも従者不在では、カーミラ様も不便だったのではなくて?」
メイベル先生がクスクス笑いながらお嬢様に質問すると、お嬢様はゆっくり首を振って答えた。
「いいえ、メイベル先生。リオンがいたので余り気になりませんでしたわ」
「あらあら、そうね。リオンが従者みたいなものですものね」
お嬢様はメイベル先生の言葉に嬉しそうに笑うと、歴史書を開いた。
俺達は、間の一冊の歴史書を二人で覗き込んで授業を受ける。
オルハは、お嬢様の右後ろ1メートル程の位置で後ろで手を組むと待機の姿勢を取った。
「それでは先日の続きから始めましょう。この国にはシーヴァリースを始めとした、様々な女神や神々がいる事はお話ししましたね。最も有名な創造神、それから五属性の神のお話しはしましたが、その地方ならではの神も多く存在します」
メイベル先生は、ホワイトボードにシーヴァリース、ティルエイダ、グレイシーヌ、ルーフェミア、ヴァンラギオン、ソルアウラを書いた後、更に歴史書をめくる様指示した。
「グラングリフにいたとされる神や、他の地方での神は、その地方での文献や、言い伝えを子孫に語り継ぐなどして残っています。こういった文献が残っているのは非常に稀です。見つけたら後世の為にも、私達が守っていかねばなりません」
メイベル先生は、カバンから布に包まれた分厚い本を取り出した。
表紙は少しボロボロになって色褪せている。
「これは、イングラット地方で見つかった文献です。イングラット地方はどこか分かりますか?カーミラ様」
「はい。ラントールの西のサルキア川を超えて、更にビシャール領を超えた先の領地です」
「大変よろしいです。この文献によると、西に広がる沼地には、霧の神が住み着いており、悪しき者を霧で隠してしまうと言われています。この沼地に咲く花の根には、幻覚を解く作用がある花が育つそうです。この霧の神は、なんでも元々創造神シーヴァリースの敬虔なる信徒であった様ですよ」
「……カーミラ様、そこスペルが違いますよ」
俺がノートに写していると、少し後ろに付き添っていたオルハがお嬢様に近付いた。
そして、お嬢様の耳元で小さな声でスペル違いを指摘した。
「あら、本当。ありがとうオルハ」
「いえいえ、指出がましい真似を致しました。申し訳ございません」
そう言うとまた一歩下がり、お嬢様の後ろで待機する。
やはり、旦那様が選んだだけあり優秀なのは間違いないのだろう……間違いはないが……。
俺はモヤモヤする気持ちのまま授業を受けた。
授業が終わり、お嬢様は書斎に行くらしい。
オルハも当然付き従うのだろうと思っていたがファリスさんの手伝いをすると言って、部屋を出て行った。
俺は、自分から言うのも告げ口の様で気分が悪いので、この間のお嬢様の誕生日のミラーダ祭で、ヨシュアさん達が顔見知りで、尚且つ高評価だった商会を纏めた資料を確認する事にした。
俺はその中からラントールの中心街で、貴族の顧客もそこそこある商会を絞る。
貴族の顧客がいると言う事は、接客に問題がない為だ。
あとは、その商会が贔屓にしている工房の内容が、がヨシュアさん、エルさん、アルルゥさんと被らない所を選ぶ事で決まった。
俺は、皆に手紙を書く。
近い内に様子を見に行こう。
昨日書いたエルさんへの手紙を出しに行き、帰りにパントリー前でファリスさんとレナを見掛けると、オルハが一緒にいた。
「ええ!知ってるわ。あそこのレースは安いのに質がいいのよ」
「お、男の子なのに、よく知ってますね」
「後はそうだなぁ。西のパン屋が新作の菓子パンを出したって言うんで買いに行ってみたら、すごい並んでたんですよ。俺も30分並んで買ってみたら、確かに並ぶだけあって美味かったですよ!」
「あ、そ、その話はこの間エマが言ってました。わ、私も行きたいです」
「じゃあ、今度の休みに行こうよ」
「わ、私とですか?!」
「うん。ダメ?」
驚いた。
まだ今日会ったばかりだというのに、オルハはもう二人と馴染んでいる様に見える。
「い、いいえ!ぜ、是非行きましょう!」
「ファリスさんにもお土産を買ってきますよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
オルハはその後も取り止めのない世間話をすると、パントリーを後にした。
俺の姿を見付けると、途端に目付きは剣呑になった。
「盗み聞きかよ。趣味悪いな」
「たまたま通りかかったんです。ファリスさん達にも暴言を吐いているのではないかと」
俺の言葉に、オルハはハッと鼻で笑うとこう答えた。
「職場で最初にゴマをするのは上司の次は女子供だろ。特に女は味方にしといて損はないからな。こんなん処世術の基本だろ」
ダメだ。
挑発だと分かっているけど腹が立つ。
俺はそれ以上何も聞かずに歩き出すが、オルハはポケットに手を突っ込んだまま、追いかけてきた。
「お前が従者志望のやつだろ?もう俺が従者になったし、お前はいらねーよ。しかも、お前貴族じゃねーんだろ?とっとと辞退しろよ」
俺はその言葉を無視して歩き続ける。
「……ちっ、まぁいいや。お前の居場所なんて俺が奪ってやるからな」
オルハはそう言って踵を返して去って行った。
……はぁ……。
…なんだって言うんだ…。
俺は、人知れず握り締めた手の平を脱力させた。
そして、オルハが去った方に一度目を向ける。
そこにオルハの姿はなく、ただ照り付ける夏の日差しが窓から差し込んでいた。




