剣と覚悟
キンッ
カンッ
「もっと脇を詰めて。剣に振り回されずにしっかり重心を保つ」
「くっ……」
左上から斜めにかけて剣が振り下ろされる。
剣で受けるが力が足りない。
手が痺れて持っていられない。
「くうっ!」
「受けるんじゃなくて受け流すんだ。目では見えているんだ。出来ない事はない」
目で追えても身体がついてこない。
俺の体勢が整うのを待たず、サイネルさんは真上から剣を振り下ろしてくる。
こんっな…、重いの受け流せなかったら剣ごとやられる!
俺は背筋に冷たいものが伝うのを感じて目を瞑った。
「リオン。戦場で目を閉じるなど、命を捨てる事と同義だよ」
「……はい……すみません……」
咄嗟に剣を戻したサイネルさんが、肩に剣を乗せて糸目を更に細めた。
稽古とは名ばかり。初戦で実戦の真剣とは。
「でもリオン。君何かやってたね」
「何かとは?」
俺は流れ落ちる汗を拭きながらサイネルさんを見つめた。
早朝といっても真夏だ。
グラングリフの夏は短いが暑い。
木陰で持ってきたレモリ水の水筒をサイネルさんに投げると、此方を向いていないサイネルさんは、いとも簡単にキャッチして飲み始めた。
「その言葉の通りだけど、何か武道の心得が?」
「ああ……」
さてどう答えて良いものか。
この質問の答えはジュダスさんや旦那様に報告がいくのだろうか。
武術関連の本は書斎には無かった。
俺は産まれてから一度もこの屋敷から離れていない。
「えっと……」
「まあいいや。それ見せてくれない?」
サイネルさんは、芝生に剣を置くと、俺の前で屈伸している。
それとは何の事だろうか。
「リオンが元にしてる攻撃の形。俺に見せてよ」
サイネルさんは華奢な身体で伸びを一つすると、剣ではなく拳を構えた。
構えはボクシングの様なスタイルだった。
「俺、剣より体術の方が得意なんだ。どんなか気になるよ。いくよ」
「え?!ちょっ!」
サイネルさんは俺の返事も待たずに右足を蹴り上げた。
完全に顔面ヒットコースだ。
俺は慌てて水筒を放り投げて左手で払った。
「……へえ」
サイネルさんが片足のまま糸目を薄く開いた。
猫の様な眼差しが鋭く刺さる。
間髪入れずに、軸足はそのまま蹴り上げた右足をもう一度振り上げる。
……な、何て器用な!
俺は再び左手で払ってそのままサイネルさんの背後へと動く。
死角に入り込もうとするが左腕を水平に打ち込んできた。
やばい手刀がくる。
俺はかなりギリギリ、頬の横で手刀を受けて流した。
「今の防ぐんだ」
「ちょっ、サイネルさん今の結構際どかっ……」
最後まで言い終わらない内に、流した反動を利用して右腕の手刀が真上から打ち込まれる。
やばいっ
俺は身体を捩って落ちる手首を上から払った。
危なかった……。
「かはっ!」
ホッとした瞬間を狙われ、死角から飛んできた左足が腹に入った。
手加減はしてくれている様だがそれでも痛いものは痛い。
俺は脇腹をさすりながら再び構える。
「凄いね。基本的に捌くか流すかしつつ相手の重心をズラす感じ?」
流石だな。
一度組んだだけで大体スタイルが分かったらしい。
……といっても、俺も極めた訳でも無く、途中独学で色んな武道を混ぜちゃってるからな。
極めた姉さんならともかく、俺のスタイルはかなり変則的だ。
「ど、独学なので……」
「ふーん。……もうちょっと見せてよ。君の本気」
ザワリ
全身の毛が逆立つ。
おいおい
子供相手に向ける気配じゃないでしょ。
オレガノン隊長の時程じゃないけど、首の後ろがチリチリする。
「いくよ」
消え… …
先程と同じ様に水平に左腕の手刀がくる。
速さは先程と比べ物にならない。
速い……っつ
左手を添えて軌道を逸らす。
踏み込んだ足で、そのまま払った左腕側から死角に回り込む。
「それはさっき見せたでしょ」
読んでいたサイネルさんが回り込もうとした俺の身体の正面に立つ。
至近距離でサイネルさんは首を掴もうと両手を頭に伸ばしてきた。
俺は屈んで足払いするが、飛んで避けられる。
一旦距離を置こうと後ろに跳ねるも、瞬時に間合いを詰めてくる。
俺は鳩尾に右手の掌底を打ち込んだ。
が、入った筈だけど、サイネルさんはビクともしない。
体重差だけではない。
掌底が当たる瞬間少し上体を逸らしているんだ。
崩せる気がしない……。
俺は一か八か、小柄な体格を活かして逆の腕で鳩尾に肘を入れる。
恐らくサイネルさんは避けずに受け止め、逸らしてインパクトを逃す筈だ。
予想通り肘は逸らされた鳩尾に入った。
きっとさっきの様に首を掴もうとする筈だ。
俺は首へと伸びてきた手首を掴んで、掴んだ方とは逆の腕に体重をかけた。
少し上体が逸れた所を軸足を払って崩しにかかる。
いけるっ
俺は掴んでいた手首をテコの原理で捻り上げた。
が、力が足らず捻り返されてしまった。
「いい線いったんだけどね。やっぱまだ力が足りないね」
「い、痛いです……」
俺は捻り上げ様として逆に捻り上げられた腕を押さえる。
ごめんごめんと、サイネルさんが手を離した。
うー。筋がいってそうだ……。
「その戦い方も、護衛から見ると悪く無いけど、やっぱり体格差だけはどうにもならないからね。武器は必要だと思うよ」
「……余り……持ちたく無いですね……」
俺が捻られた腕を振り、状態を確かめながら口を開くと、サイネルさんは糸目を少し吊り上げてこちらを睨んだ。
「でも、そんな覚悟じゃカーミラ様が死ぬよ」
「!」
「従者目指す事にしたんでしょ?俺達護衛が入らなくても従者がついていく所は五万とある。そんな時襲われて、捌いて避けるだけで守れんの?」
……答えられない……。
「じゃあ諦めなよ。覚悟無い奴に付き合う程、俺も暇じゃ無いしね」
サイネルさんはそう言って帰り支度を始めた。
俺はゲームのお嬢様が、断罪されて処刑する場面を思い出していた。
あれはゲームだった。
お嬢様だって、ゲームのキャラだった。
でも、今俺はそのゲームの世界にいて、生きてる。
俺だけじゃない。お嬢様も、皆キャラなんかじゃない。
生きてるんだ。
ここで覚悟を決められず、数年後お嬢様が処刑されても俺は同じ様に思うんだろうか。
覚悟が決まらなかった……と?
くそっ
俺は誓ったじゃないか。
お嬢様を助けると。
それなのに、まだ本当に覚悟なんて出来てなかったんだ。
自分から旦那様に頼んでおいて、覚悟は出来ているなんて……。
俺は剣を手に取った。
それは、さっき持った時より重く感じた。
当然だ。
これを持つと言う事は、相手を傷付ける覚悟も……。
自分も傷付けられる覚悟があるって事だ。
剣を手に取った俺を見て、サイネルさんは薄目を開いた。
「覚悟決まったんだ」
「すぐ揺らぎそうですけど」
「正直者だね」
サイネルさんは、もう一度剣を取り出すと、俺の前で構えた。
さっきの様に突き刺す様な気配は感じない。
「稽古。つけてあげるよ」
俺はもう一度手の中に握り締めた剣を見つめた。
覚悟は出来た。
でも、それをどう振うかは、俺の気持ち次第だ。
必ずしも奪うだけじゃない。
それに、力をつければつけるほど、奪うだけではない選択肢が生まれる筈だ。
そこを目指せばいい。
どんなに遠くても、時間がかかっても、相手が剣を下ろしたくなる程強くなれば……。
俺の覚悟は決まった。
情けなくて、弱い自分だけど。
それでも足掻きたい。
後悔しない様、選択肢を多く持てる様に。
俺は手に握った剣をサイネルさんに向かって振り抜いた。
クリストファー•ルドル•グラングリフ
金髪碧眼
眉目秀麗
文武両道
公平無私