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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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婚約者に決まったのは


「クリストファー様!カーミラ様からお手紙が届いておりますよ!」



 私は逸る気持ちを抑え、なるべく上品にクリストファー様にお声を掛けました。

 自分にきた手紙でもないのに、私の心は浮き足立ちます。

 いつもは知らん顔をしているイースレイまで、ソワソワとクリストファー様の後ろに控えにやってきました。



「私などより、お前達の方が急いている様だが?」



 クスクスと笑うクリストファー様につられて、侍女達が笑っています。

 私は自分を落ち着かせる様コホンと咳払いをし、そっとクリストファー様の前に封筒を置きました。


 薄紫の上品な封筒からは、カーミラ様と同じ薔薇の香りが致しました。

 同じ薄紫で薔薇の模様が入っています。

 クリストファー様は、封筒を優しい瞳で人撫ですると、丁寧にシュトラーダ家の紋章の入った蝋を剥がし、そっと中から便箋を取り出しました。



「何と書かれているのですか?」



 私が我慢できずに問いかけると、クリストファー様は優しい瞳のまま苦笑しながら答えました。



「マシュピトー。落ち着きなさい。今読み始めた所だよ」

「そ、そうでしたね……」



 クリストファー様は手紙に目線を戻すと、スルスルと文字を追っていきます。

 その早さからも、クリストファー様が逸る気持ちを抑えているのだと感じました。

 一度目を通すと、もう一度ゆっくり、噛み締める様に読んでいらっしゃいます。

 そして、読み終わると、堪えきれないと言う様に笑い出しました。



「くっくっくっ……あははは……!」



 クリストファー様は、白い歯を見せて手紙を見ながら笑っています。



「何と書いてあったのですか?」



 イースレイが待ちきれない様子で問いかけました。

 この男もきっと気になっているのでしょう。



「私があげた薔薇は、萎れる前にリンスとして有効活用させて頂きます…と。くっくっくっ……」



 なんと驚きました。

 カーミラ様は本当に正直過ぎて、どの様な反応を示すのか全く読めません。

 クリストファー様はそれを聞いても、嫌な顔一つされず、寧ろその正直な感想を好ましく感じている様です。



「カーミラ様は本当に変わっておられる」

「そうだね。だが、それが好ましい」



 イースレイの言葉に、クリストファー様は優しく微笑んで頷きました。



「他にはなんと?」



 私がその先をせがむと、もう一度手紙に視線を戻して微笑みながら教えて下さいました。



「私がこの間頂いて帰ったプリンを皆で美味しく頂いて、また食べたいと書いた所、是非レシピをお売りしましょうと。くっくっく……!」



 全くカーミラ様は。

 王子であるクリストファー様に、媚びる事もせずレシピを売りつけ様など!

 これが会った事のない令嬢なら、王子相手にと腹も立つものですが、カーミラ様に会った後だと、王子というフィルターを取り払ってクリストファー様と接しているのが分かります。

 こんな風に自分を見てくれるカーミラ様が、余程珍しいのでしょう。

 クリストファー様の表情はとても優しいものでした。



「喜んで頂けた様で良かった」

「クリストファー様からの贈り物を喜ばない令嬢はいませんと申したではありませんか」



 私の返答に、クリストファー様は困った様に微笑みました。



「……カーミラ様は、他の令嬢とは少し違うから……」



 ……確かに、一理ありますね。

 その時、部屋の扉が2回ノックの音を響かせました。

 私はポットを置いて扉の方に目を向けると、侍女が扉を開けました。



「クリストファー様、陛下がお呼びの様です」



 侍女にそう答えられたクリストファー様は便箋を大事そうに封筒に戻すと、胸ポケットの内側にしまいました。

 そして優雅に立ち上がると、私とイースレイに目配せします。



「今行くと伝えてくれ」



 侍女にタイを直して貰い、クリストファー様は部屋を出て行かれます。

 私とイースレイはその後ろにつきました。



「なんの御用でしょうね?」

「……確かに、珍しい事だね」



 こんな時間に陛下に呼び出される事は、滅多にある事ではありません。

 何だか嫌な胸騒ぎが致します。

 クリストファー様もそう思っている様で、顔色が優れません。




 長い廊下の突き当たりに差し掛かった時、前からフードを目深に被った集団とすれ違いました。

 五人程でしょうか。

 三人はクリストファー様に気付いてすぐに道を開けましたが、もう二人はそのまま廊下を歩いてきます。



 なんて無礼な。

 私は一歩前に出て無礼な振る舞いを問いただそうとしましたが、イースレイは私の腕を取り、慌てて首を振りました。

 この岩の様な男がこんなに慌てるなんて……。


 私はクリストファー様の前に出ようとしましたが、それも止められイースレイが私達の前に立ちました。

 悔しいですが、イースレイは第一師団の隊長を父に持つ、根っからの武闘派です。

 幼い頃からクリストファー様の護衛となる為、血を吐く様な訓練を積んできました。

 更に、私達三人の中で一番誕生が早い為、魔術発現もしています。

 その男がこうして警戒するというのは、余程の事でしょう。

 フードの男二人が前を通り過ぎると、私もクリストファー様も肌が刺す様な緊張を感じました。



 異質な雰囲気を纏った二人が通り過ぎ、その後を三人が頭を下げながら去って行きました。

 イースレイは、姿が見えなくなるまで後ろ姿を見つめています。



「……何だったんでしょうか……」

「分からない。だが……」



 私の言葉にイースレイははっきりと答える事なく、クリストファー様に道を譲りました。

 クリストファー様も、振り返って集団の後ろ姿を見ていましたが、曲がり角に消えて行くと、陛下の元へと歩き出しました。


 護衛が四人立つ王の間の前に辿り着くと、護衛の一人がクリストファー様を見て扉の中心の宝石を押しました。

 三つついた宝石は、一つは呼び出した者が訪れた時、もう一つは面会を望む者が現れた時、もう一つが、侵入者が現れた時押すものです。


 すぐに中から護衛によって扉が開けられました。

 長い青いカーペットの先には階段が数段あり、階段の上の玉座にはクリストファー様のお父上である、アーノルド•ルドル•グラングリフ王が座っておられます。


 玉座までのカーペットの左右には、均等に武装した護衛が整列しています。

 クリストファー様は階段の下まで近付くと、膝を折って左手を胸に添えました。

 当然私とイースレイもそれに倣います。



「お待たせいたしました。父上。お呼びでしょうか」

「うむ」



 威厳のある声を響かせ、頷いたアーノルド陛下は、クリストファー様を見て、こう問いかけました。

 クリストファー様と同じ、青い瞳が静かにこちらを見つめています。



「なぜ呼ばれたか分かるか?」

「……マルガレット公爵家のお茶会を途中で退席した事でしょうか……」



 クリストファー様の返答を聞いて、すかさず私は前に出ました。



「陛下!発言をお許し下さい!退室する様言い出したのは殿下ではございません!私が愚かにも進言したのです!」



 私はお許しも待たずに陛下に進言致しました。

 私に続いてイースレイも前に出ます。



「……私も同じ様にクリストファー殿下に退室を要求しました」



 私達を咎める様、クリストファー様は振り返りましたが、主人が咎められ様というのを、黙って見ているなど出来ません。

 それはイースレイも同じだった様です。

 私達のやり取りを見ていた陛下は、一つ咳払いして視線を集めると、話しの続きを口にしました。



「……お前達三人が同じ様に退席を望むなど、そうある事でもあるまい……何か考えあっての事だろう……」



 陛下はため息を吐いて首を振りました。

 分かって頂けた様で良かったです。



「……お前を呼んだのは、お前の婚約者が決まったからだ」



 ……驚きました……。

 クリストファー様はまだ教会登録前です。

 本来教会登録を済ませてから、婚約が決まる事が多いというのに……。

 先程から驚く事の連続です。


 カーミラ様の誕生日は三日前。

 タイミング的に考えて、婚約者はカーミラ様に決まりでしょう。

 とても……とても羨ましいですが、主が好ましく思っている方と婚約が決まるのです。

 それに、主に嫁ぐという事は私の主も同然です。

 こんな喜ばしい事はございません。


 私はチラリとクリストファー様のお顔を伺いました。

 しかし、クリストファー様のお顔は固いままです。

 なぜでしょうか?

 婚約者候補として最有力だったのは、お家柄レベッカ様とカーミラ様でした。

 レベッカ様のお茶会を途中退室した事を知っている以上、その様な愚かな令嬢を次期王妃になりうる座に持ち上げる訳がございません。

 陛下はクリストファー様から視線を逸らさず、こう告げました。


 

「……お前の婚約者はレベッカ•ヴァン•マルガレットに決まった」

「!」


 そんな馬鹿な!


 私は驚きに声も出ません。

 それはクリストファー様もイースレイも同じです。

 陛下にも途中退室の旨を伝え、理解して頂けた筈では?!




「……決まった。とは言ったが、確定ではない」



 ……益々話しがおかしではありませんか。

 どういう事なのですか?



「お前は教会の登録もまだ終わっていない。登録時の発現属性によっては、婚約者が変わる事もゼロでは無い」



 なら、何故今決める必要があったのでしょうか?

 考えれば考える程おかしな事ばかりです。



「……陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」



 クリストファー様は、顔だけを玉座につく陛下に向け問いかけました。

 陛下は一瞬の思案の後、静かに頷かれました。



「……なぜ、行動に問題のあるレベッカ様に決まったのでしょうか?」

「………………」



 クリストファー様の質問に、陛下は視線を向けるだけで口を開いては下さいません。

 それは、私も聞きたい事です。



「……レベッカ嬢が、光属性を発現させたからだ……」



 ……決め手は光属性でしたか……。

 この国で光属性はとても希少です。

 その理由も、癒しの力は光属性を持つ者しか扱えないからです。


 光属性を持つ者が王妃につく事珍しい事ではございません。

過去にもいくつも例がございます。

 しかし、光属性を持つ女性はその力が強ければ強いほど短命です。

 男性に光属性が発現しても、短命という事は有りません。

 女性だけなのです。

 なので、光属性の強い乙女は教会に神の花嫁として迎え入れられる事の方が多いのですが…。


 様々な学者が研究していますが、未だに短命の原因は分かっていません。

 闇の神の深過ぎる寵愛の呪いや、光の魔力が生命力を使っているなど、説は色々囁かれてはいますが、はっきりとした答えは出ていません。

 


 ……光属性が決め手となったという事は、カーミラ様は光属性をお持ちでは無かったのですね……。

 しかし、それを聞いたクリストファー様は、陛下にこう申しました。



「……では……私の教会登録時に……婚約者の見直しもゼロではないと、そういう事でしょうか?」



 ……本当に今日は驚きの連続で、陛下の前でなければ開いた口が閉じなかった事でしょう。

 クリストファー様……。

 貴方様は、そこまでカーミラ様を……。



「そこまで拘るのだ。何か理由があるのか?確かに今はレベッカ嬢も問題があるかもしれない。しかし、これから教育を受ければそれも変わるだろう。それとも他に問題があるのか?」



 陛下の問いに、クリストファー様は言っていいものか思案なさっている様です。

 私はこの先の展開が全く理解出来ません。

 クリストファー様は悩んだ挙句、己の願いを口にされました。



「陛下。もしお許し頂けますなら、私は……レベッカ様よりカーミラ様との婚約を望んでおります」



 私が思っていた以上に、クリストファー様のお心にはカーミラ様がいらっしゃった様です。

 クリストファー様はしっかりと顔を上げて、陛下から瞳を逸らさずに告げました。

 私達は、固唾を飲んで陛下のお言葉を待ちました。



「クリストファー……カーミラ嬢の事は、諦めなさい」


 な……。

 何故なのでしょう……。

 私は陛下のお言葉を何度も反芻して、やっと意味を呑み込みました。

 クリストファー様のお顔は真っ青になっています。



「……な、何故……」

「もしお前が教会登録を済ませたとしても、カーミラ嬢が婚約者になる事はないだろう。諦めなさい」

「そ、それでは答えになっておりません!どうか、どうか理由を……!」



 ダン!


 陛下は持っていた王冠のついた錫杖で床を鳴らしました。

 クリストファー様も、慌てて立ち上がっていた膝を折りました。



「クリストファー……お前の婚約者はレベッカ嬢だ。話しは以上だ。下がりなさい」



 陛下はそれ以上何も言う事はないと、衛兵に次の面会者を呼ぶ様言いつけました。

 私達は、呆然と玉座の間を出たのです。



「それでも……私は……」



 クリストファー様……。

 私はかける言葉がありません……。

 しかし、イースレイは違いました。



「クリストファー様。諦めるのは早いかと思います。まだ結婚した訳ではないのです。陛下はああ言っていましたが、これからどうなるかなど誰にも分からないではありませんか」



 イースレイ……。

 貴方、そんなに長くものを言う事も出来たのですね……。

 しかし、今日だけはこの男がに感謝しなければいけませんね。



「そうです。クリストファー様。まだ決まった訳では無いと、陛下もおっしゃっていたではありませんか。…難しいかもしれませんが、私もクリストファー様の為に望みが叶う様、お手伝いさせて下さいませ」

「お前達……そうだな……まだ何も決まってはいないのだ……」



 クリストファー様は、先程とは変わった凛々しい面持ちで、前を向かれました。

 私とイースレイも、しっかりと歩き出した主の後を追います。

 きっと、何か手がある筈でございます。

 私は、ぎゅっと手の平を握り締め、主人の為に一歩を踏み出す覚悟を決めました。

マシュピトーと申します。


歳はクリストファー殿下と同じ9歳です。

代々王家に仕えるファイサル家の次男です。

当然、最低限の武も学んでおりますよ。

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