誕生日プレゼント
「この花束……リンスにしたら不味いかしら……」
お嬢様が、送られてきたピンクの大量の薔薇の花束を見てボソリと呟いた。
……それは俺も考えた。
「何を言ってるんです!こんな素敵な花束……」
「そ、そうです!お嬢様への贈り物ですよ?」
「これだけあれば薔薇のリンスが何本作れるかしら……」
しかし、こんな豪華な花束を見てしまうと渡し辛いな…。
俺は渡しそびれた誕生日プレゼントを、ポケットの上からそっと押さえた。
「リオンもなんとか言って下さい!」
ファリスさんに止める様言われたが、うーん。
「私個人としては、お嬢様が喜んで頂ける使い方なら、どんな風になってもそれで良いかと……」
「そうよね!やっぱり薔薇のエキスにしてしまいましょう!」
お嬢様はファリスさん達の制止も聞かず、そう決めるとお礼の手紙を書き始めた。
じっとりとファリスさんとレナから視線を感じるが、気付かないフリを通す。
俺は、お嬢様に一番気になっている事を聞くことにした。
「それで、今日の魔術登録はどうだったのですか?」
俺はワクワクしながら聞くと、お嬢様は顔色を曇らせた。
何か失敗でもあったのだろうか?
俺達が心配そうに話し出すのを待っていると、お嬢様は俺達の視線に気付き、慌てて説明し始めた。
教会がとても広くて吃驚したことや、儀式の間には水晶が沢山あった事など。
しかし、よくよく考えるとファリスさんも儀式を終えているのか。
レナは俺と同い年だからまだだが。
「それで、わたくしは魔力をイメージして水晶に力を込めると、祭壇に次々と魔力が発現致しましたの」
「次々という事は、何属性も?」
レベッカ様は三属性発現したと言っていたし、お嬢様も何属性か発現したのだろう。
どんな属性なんだろうか。
「ええ。わたくしも四属性発現致しましたわ」
「よ、四属性?!」
「凄いですね、流石お嬢様です。」
俺は手放しで喜んでいたが、ファリスさんが愚か者を見る様な目で俺を見た。
そんなにさっきの薔薇の事を根に持っているのだろうか。
「四属性ですよ?!王族や王宮魔導士並みではございませんか!」
「そ、そうです!そんなの子供だって知ってますよ!」
…そうだったのか。
「それで、属性は何だったのですか?」
ファリスさんとレナは身を乗り出してお嬢様に質問する。
こんなに二人が気にするなんて意外だ。
「炎、風、水、地ですわ」
「す、凄いです!」
「本当に……お嬢様は王宮魔導士も目指せるのでは御座いませんか?」
となると、光と闇以外全ての属性という事だろうか?
いまいち凄さが分かっていないが、この二人の興奮からすると凄いのだろう。
俺はファリスさんにも質問を投げかける。
「ファリスさんも当然登録済みですよね。ファリスさんも何か出来るんですか?」
俺が聞くと、レナがブンブンと頭を振って答えた。
「フ、ファリスさんは凄いんです!風で髪の毛をあっという間に乾かしてしまうんですよ!」
「そうね。ファリスの風魔法はとっても気持ちがいいわ。 」
へー。ファリスさんは風属性を持っているのか。
「いえ、本当に少ししか使い道がなく、髪を乾かす程度の事しか出来ませんよ。使っても時間もかかりますし」
「それでも、何も出来ない俺からしたら凄いですよ」
「リオンはそれ以外で沢山貢献しているんですから、いいんです」
それでも、異世界転生したのだから、是非とも魔法を使ってみたい!
憧れは募るばかりだ。
「きっとお嬢様には、凄い家庭教師が選ばれますよ」
「そ、そうですね!王宮魔導士かもしれませんよ!」
先程からよく出る王宮魔導士とは何だろうか?
「王宮魔導士は、最も魔力を扱う事の優れた、複数の属性持ちしかなれない職業ですの。王宮に一室頂ける他、様々な権利を授けられる、皆の憧れの職なのですよ」
お嬢様が、分からないだろう俺に説明してくれた。
なるほど。それは俺も納得の憧れ職業だ。
「でも、お嬢様はクリストファー殿下の婚約者候補ですし、こうして四属性も発現したからには、婚約者も決まりかもしれませんね」
「あ、あんな美しい殿方の婚約者なんて、う、羨ましいです!」
「……わたくし、まだそういう感情はよく分かりませんわ……」
十歳で結婚相手を決められる世界か。
確かに俺には理解出来ないな。
でも、この世界では普通の事だ。
結婚する年齢も早ければ、子供を産む年齢も早い。
しかし、お嬢様のまだ恋愛感情が分からないというのも分かる。
まだ十歳か。
早熟な子だともう好きな子とかいたりもするんだろうけど、現にレベッカ様はクリストファー殿下に夢中だった訳だし。
「さあ、旦那様が戻っていらした様ですよ。お嬢様、お食事に参りましょう」
ファリスさんが手を叩いて皆を動かす。
お嬢様はいそいそと身支度を整え、ダイニングへと向かった。
渡しそびれてしまったな……。
でも、今日ではなくても、いつでも会える訳だし。
俺はポケットをそっと押さえて苦笑した。
「リオン、こんな所にいましたか」
ワトソンさんが、パントリーで掃除をしていた俺を見つけて微笑んだ。
「お疲れ様です、ワトソンさん。もうダイニングの片付けは終わりそうですか?」
終わっていないなら手伝いに行こうと、布巾で手を拭きながら話しかけると、ワトソンさんは穏やかに微笑んだまま首を振った。
「もう済んでおりますよ。ラントールのミラーダ祭がとても大成功だったと聞きました。やりましたね。リオン」
「ありがとうございます」
ワトソンさんに褒められると、なぜかとても気恥ずかしくなってしまう。
俺は照れ臭くてまた布巾を握りしめて、ポットを磨き始める。
「リオンは、何かお嬢様にプレゼントなさったんですか?」
「…それが…。渡すタイミングを逃してしまいまして……」
「おや。それはそれは。リオンにしては爪が甘いですね」
ワトソンさんが髭を撫でながら笑い声を溢した。
「それに、あんな凄い花束の後に渡すのも気が引けて……」
「……驚きました」
ワトソンさんが言葉の通り、とても驚いた顔をして手を止めた。
「リオンがそんな事を気にするとは思いませんでした。心さえ篭っていれば、見た目の豪華さなど、取るに足りぬ事では御座いませんか」
「!」
「リオンが心を込めた贈り物なら、お嬢様もそれはお喜びになると思いますが?」
そんな当たり前の事にも気付かない程疲れていたのだろうか。
俺は苦笑して、ポケットを一度確認する。
「……ああ、そういえば、お嬢様のお部屋の花瓶を変え忘れておりました。リオンに頼んでも?」
ワトソンさんが俺に頼んだ仕事は、明日の朝すればいい物だ。
俺はワトソンさんがくれた心遣いを有り難く受け取る事にした。
「はい!」
コンコン。
俺はお嬢様の部屋のドアをノックする。
そんなに遅い時間ではないが、普段はもう一人で休んでいる時間だ。
寝てしまっただろうか?
すると、中から柔らかな声が返ってきた。
「はい。どなたですの?」
「リオンです。こんな遅くに申し訳ございません」
そのまま要件を伝えようとしたら、もう扉が開いてしまった。
「お嬢様、不用心ですよ」
「リオン相手に用心してどうしますの?」
嬉しいが、淑女としてどうなのだろうか。
しかし、まだ今日は終わっていない。
まだお嬢様の誕生日だ。
お小言は明日以降にしよう。
「部屋の花瓶を取り替えに参りました。」
「別に傷んでなどなかったけれど……でもこうして来てくれたんですもの。お願いするわ」
俺は開けられた部屋に入る。
いつも来ている部屋なのに、昼と夜では感じが違う。
お嬢様も、寝間着姿だ。
お嬢様はそのまま部屋の中を進むと、カップを二つ用意してレモリ水を入れ始めた。
「お嬢様、私が入れますよ」
「いいのよ。これくらい。私だってカップにそそぐ位出来ますわ」
そういう意味ではなかったが、こう言い出したら聞かないだろう。
好きにやらせてあげようと、窓際の花瓶の方に足を向けた。
花瓶の花を取り替えようとして、気付く。
クリストファー殿下の薔薇だ。
「もう一つ花瓶を用意致しますね」
「?……ああ。お願いするわ」
俺の言った意図を理解したお嬢様が頷いて、俺は花瓶を用意して持って来た花をさした。
「ねえ!バルコニーに出ましょうよ!星が凄いわ!」
「……仰せのままに」
お嬢様の提案に苦笑して頷き、俺はトレイにお嬢様の入れてくれたレモリ水のセットを乗せて、バルコニーへと続く窓を開いた。
バルコニーを出ると、外は真夏の夜の闇に満たされて、空には星が瞬いていた。
西の庭園が一望出来るこのバルコニーからは、薔薇の香りが風にのって香ってきて、お嬢様は心地良さそうに目を閉じている。
バルコニーにセットしてあるテーブルにトレイを置くと、お嬢様はカップを手に取ってポツリと言葉をこぼした。
「ありがとね、リオン」
それは、いつもの畏まった丁寧な言葉では無かったが、俺は最後まで聞く事にした。
「今日、とっても楽しかったの私。アルマデル様とあんなお祭りに参加できて、お買い物できて、ガラスのコップだって作ったわ」
「そうですね。お嬢様はお金を払うのも初めてだったのでは?」
「勿論そうよ!でも見てようやく分かったの。こうやって街の人々は何かを作り出して、それを売って、それを買う人がいて、そうやって私達の暮らしは成り立っているんだって」
お嬢様は、一口レモリ水を飲むと、空を見上げたまま話しを続ける。
俺も、お嬢様につられて空を見上げた。
満点の星だ。
こんな星空、元の世界じゃ見れなかったな。
今まで見てきた星空より、もっと大きくて輝いた星空は、まるで宝箱の様に煌めいている。
こんな風に、空を見上げたことなんて、この世界に来て初めてだった。
毎日が一杯一杯で、俺は気付かぬ内に焦っていたのだろう、自分の心に気付いた。
お嬢様の性格や体格など、矯正してきたが、今では何処に出しても恥ずかしくない立派なレディだ。
お嬢様は、悪役令嬢にはならない。
このまま進めば、断罪されずに何事もなく、幸せに過ごしていけるんだろうか?
クリストファー殿下の婚約者になったとしても、ヒロインが出てきて婚約破棄されないのだろうか……。
いつでも俺の心は不安で一杯だった。
「それに気付かせてくれたのもリオンだわ。私は、リオンが胸を張れる様な主人でいれているかしら?」
……そうか。
俺だけじゃなくて、お嬢様も不安だったのか。
悩む問題は違うけど、この半年近くはお互い大急ぎで駆け足ていた。
でも、お嬢様はこうして立派に変わっている。
俺も、不安に思う暇があるなら、もっとお嬢様の為にやれる事をやればいいんだ。
「お嬢様。手を出して下さい」
「……なあに?」
お嬢様が首を傾げながら手を出した。
俺はポケットからそっと箱を取り出して、お嬢様の手に乗せた。
「これは……?」
「お嬢様が頑張ったご褒美、という名の誕生日プレゼントです」
「……え?」
「お嬢様は、シュトラーダ家のご息女として、皆の主として、俺の主人として。とても頑張っています。今あるお嬢様の評価はお嬢様の力で勝ち取ったものです。自信を持ってください」
お嬢様は、箱を両手で抱き締めると、花開く様な笑顔で頷いてくれた。
「開けても……?」
「はい。気に入って頂けるといいんですが」
お嬢様は、丁寧な手つきで箱を開けると中からチョーカーを取り出した。
「綺麗……」
チョーカーは今まで通り黒のチョーカーが1段目で、2段目は金のチェーンで真ん中に小さな薄紫の宝石がついている。
「凄く可愛いわ……つけてくれる?」
「はい」
俺はお嬢様が髪を左に寄せ、露わになった白い頸を見ながら受け取ったチョーカーをつけた。
「……出来ました」
「どうかしら?」
振り返ったお嬢様は、恥ずかしそうに頬を染めて髪を耳にかけた。
お嬢様の白い肌によく映える黒のチョーカーから、金の細いチェーンがキラキラ光り、お嬢様の瞳と同じ薄紫の宝石が揺れた。
「とてもよくお似合いです」
お嬢様は嬉しそうに先端の宝石を撫でると、星の瞬きの様に瞳を輝かせて微笑んだ。
「本当に……最高の誕生日だったわ!」
お嬢様が、風に靡く髪を抑えて微笑んだ。
満点の星空。
お嬢様が空を仰ぐ。
来年も、またその次の年も。
こうして迎えられるといいな。
そう思って、俺はつられる様に夜空へと視線を戻した。
お嬢様の誕生日プレゼント
エルさん工房にて金チェーン作成
アルルゥさんのツテでアメジスト購入
黒いチョーカー部分はエルさんの調合布
お値段大青銀貨◯枚