私から見たリオン
「お父様!お父様?!お待ち下さい!」
「どうなさったの?貴方?」
青い顔のまま、慌てて出てきた私達を見て、待っていたお母様と護衛の二人が顔色を変えた。
ノヴァクとサイが周囲を伺い、私達を守る様に前後に分かれた。
お父様は、私とお母様の手を引くと、護衛の二人に目配せをして早口で答えました。
「いや、なんでもない。早くここから出よう」
何でもないなんて言葉は、子供の私でも嘘だと分かったけれど、早くここから出たいというのは私も同感だった。
あの……なんだか独特の雰囲気の双子……。
お父様の後ろを早歩きで追いかけようとしたけれど、サイに失礼と言われ抱き上げられる。
「お父様、リオンが斬られたってホントですの?!」
私は一番気になっている事を聞く。
どうして?!リオンは無事なの?!一体いつ……。
「……リオンは大丈夫だ。斬られてなどいない」
「でも!」
「大丈夫だ!……安心しなさい」
そう言われては、もう聞く事は出来ない。
お母様が心配そうに私達を見ている。
急足で教会から出た私達は、そのまま馬車に乗り込んだ。
ようやくお父様が息を吐いたのを見て、お母様は心配そうに覗き込んでいる。
「……本当に……本当にリオンは斬られてなどいないのですね?」
「……大丈夫だ。傷などない。お前も朝会っただろう?」
お父様の答えに少し違和感を感じたが、確かに朝おめでとうと言ってくれたリオンは何とも無かった。
でもこの胸騒ぎは何かしら……。
でも、お父様もこう言っているし、私の勘違いよね。
水晶も弁償もするって言ったし、まさか壊れちゃうなんて……。
きっと余り高価ではない水晶だったのね。
「さあ、カーミラ。ノーランド家のお嬢さんを迎えに行くんだろう?」
「……ええ、ええ!そうですわね!」
「今日はずっとわたくし達もラントールにいますわ。ね?貴方」
「ああ」
こんな誕生日。ほんとに始めて。
毎年お父様もお母様も、お仕事で私についていてくれた事なんてなかったわ。
それが、一番におめでとうと言ってくれて、今日はずっと一緒だなんて……。
しかもこれからお友達を迎えに行くのよ。
なんて楽しい毎日。
……それもこれも、全部リオンのお陰だわ。
リオンは一言で言うなら不思議な子ね。
少し前の私は、嫌われまくって、太りまくって、我儘ばっかりだったわ。
子供の頃は病弱で、ずっとベッドから出れなかった。
いつも付き添ってくれていたのは、ワトソンだったわ。
子供心に、どうしてお母様とお父様は全然会いにきてくれないんだろうって、ワトソンに随分と泣きついたわね。
ワトソンは、お二人とも国の為、お嬢様の為に働いておられます。って。
そんな事は勿論私だって分かってた。
でも、欲しい言葉はそんな物じゃなかったわ。
その内、体調も良くなって、動ける様になっても、お母様とお父様は相変わらず忙しくて、会ってもすぐに仕事に行ってしまった。
そうよね。寝込んでいる私にも会いにきてくれないのに、元気なったからといって、ついててくれる訳なんてないもの。
私は、その日ベッドで一目も憚らず大笑いしたわ。
こんなに想っても想い返して貰えない自分が酷く滑稽で。
笑って笑って。
それで大泣きしたわ。
ワトソンは何が起こったか分からずオロオロして、もう今はいないメイドは気が狂ったのかとヒソヒソ話していた。
それで私は思ったの。
こんなに誰にも想って貰えない私なんて、何をしてても同じじゃない。
だったら好き勝手してやるわ。って。
我ながら子供よね。いや、子供なんですけれど……。
私の我儘はドンドンエスカレートしていった。
お母様とお父様は、構えない負い目から私の言う事はなんでも聞いてくれた。
欲しい服も、食べたい物も。
嫌いな人間を首にして欲しいと言った時も、困った顔をしたけれど、やっぱり叶えてくれた。
私を大事に想ってくれない人なんていらない!
そう駄々を兼ねていったら、私の周りには誰も居なくなった。
誰もいないダイニングテーブル。
いいの。もう慣れたわ。
私を遠巻きに眺める人達。
誰も本当の私はなんて見てくれない。
誰も叱ってくれない。
誰か……誰か……。
たった一人でもいい。
本当の私を見て!
今となっては、ちゃんと分かってるわよ?
あの頃の私は甘ったれてただけだって。
他人に助けてくれって言って、自分からは何もしなかったんですもの。
ほんとに、今となっては恥ずかしいわ。
そんな時だったわ。
同い年の女の子ともお茶会でもして、仲良くなったらどうかしらって、お母様が言ったの。
そうか。この屋敷の中にいないなら、外の人ならいるかもしれない。
私は二つ返事で頷いた。
でも実際はどう?
同い年の女の子達は、皆私を見て後ろ指指してくる。
屋敷の人達なんかより、余程直接的で嫌味なそれは、私を想って言ってくれてる言葉じゃなかった。
ただ私を傷つける為、面白がる為、自分が優位に立って優越感に浸る為。
なんだ……。
内も外も変わらないじゃない。
私は益々我儘を拗らせていった。
でも、そんな時だったわ。
『私は、カーミラお嬢様を嫌ってなどいません。私がお仕えしているのは旦那様ですが、俺はお嬢様の従者として、決して裏切らない、嘘をつかない事を約束します』
リオンは、私の目をしっかり見てそう言ってくれた。
そして、私の事を嫌ってなどいないと。
初めてだった。
そんな事言ってくれた人。
後は、ガサツとか、自分勝手とか、散々言ってくれたけど……。
でもそれは、リオンが決して私に嘘をついていないという事の証明でもあった。
私が間違っている時は、必ず私を正しい道に導いてくれた。
ちゃんとダメな事は、ダメと言って叱ってくれる。
上手に出来た時は褒めてくれる。
あんな小さな歳下の子に諭されるなんて……なんて思いは全然なかったわ。
だって、リオンは私に決して嘘はつかないもの。
それから、お母様とお父様は私と一緒にいる時間を作る様にしてくれた。
一緒に過ごす様になって、初めて知ったわ。
その分、遅くまで書斎で二人とも仕事をしている事。
いつだったか、言ったの。私。
もう二人の気持ちを知れたから、今までみたいに仕事に行っても大丈夫だって。
でも、二人は優しく首を振ったわ。
そんな風に過ごしている内に、私を見る皆の目が優しくなり始めた。
今まで当たり散らしてきたファリスとレナも、今では私に優しい瞳を向けてくれる。
私の為に叱ってくれる様になった。
ワトソンも、ルークも、屋敷の皆は私を見る眼差しが変わった。
私は痩せて、勉強して、そして学んだ。
自分がどんなに愚かだったか。
それも全部、リオンが気付かせてくれた。
これから会うアルマデル様だって、リオンが仲を取り持ってくれた様な物だと私は思ってる。
だって、私を変えたのはリオンだもの。
今の私はリオンが作り替えたものだから、アルマデル様が私と仲良くしようと思ってくれたのは、やっぱりリオンのお陰ね。
だから、リオンは私にとって特別なの。
それからとっても不思議な子。
このリンスだって、ドレスだって、どこで学んだのかしら?
屋敷の書斎に入る様になって思ったけれど、そんな本なんて無かったし。
リオンの考えるお菓子や食事も、どれも美味しいけど、見た事も聞いた事もない物だわ。
勉強だって、私だってあれから頑張っているのに、ちっとも追い抜けない。
追い抜かないどころか、もう背中すら見えない感じよ。
あのお父様の従者に気に入られた事だって、今年一番の驚きだわ。
あの従者は、お父様命なのよ。
そのお父様の大事な一人娘だからこそ、私の事は気にかけてくれているけれど、自分から私の為に動く事はないわ。
…なのに、そんな気難しい男も、いくらお父様の命令でも、気に入らなければ手助けなんてしない。
でも、彼はリオンを助けてる。
それは彼がリオンを気に入ったからよ。
ジュダスだけじゃないわ、屋敷の皆や、きっと工房の職人だって、皆リオンが大好きなのよ。
それもリオンの不思議なところだわ。
いつの間にか、相手のと壁を壊しちゃうのよ。
無理やり壊すんじゃなくて、まるで雪を溶かすみたいに溶かしちゃうのよ。
それが、リオンの一番凄いところだし、私が尊敬してるところね。
だから、今度は私がリオンの役に立ちたい。
このありがとうって気持ちを返したい。
リオンの願いは、私がこの国の事を少しでも良くしようと考える事の出来る、淑女になる事だわ。
だから、私は決めたの。
必ずそうなって見せるって。
リオンが自慢に思ってくれる様な淑女になるわ。
「カーミラちゃん、見えてきたわよ」
お母様が馬車の窓から見えるノーランド家を指差した。
教会からラントールに向かう道中にアルマデル様の屋敷がある為、寄って貰う事になっていた。
玄関が見えてくると、外ではもう人が見えていた。
その中に緑の髪を見つけて、私はお母様に笑顔を向けた。
馬車が止まり、行者がドアを開けるとアルマデル様の御家族が待っていた。
「アルマデル様!ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、カーミラ様、シュトラーダ公爵様、シュトラーダ公爵夫人様。わざわざ迎えまで、本当に宜しかったのでしょうか?」
オドオドとした雰囲気でアルマデル様が口を開くと、お父様とお母様がニコニコと微笑んだ。
後ろのアルマデル様のお父様とお母様かしら?
優しげな雰囲気がそっくりだわ。
二人はゆっくりと貴族の礼を取ると、馬車のお父様とお母様にお声をかけた。
「わざわざ娘の為に申し訳ございませんシュトラーダ公爵様」
「いや、ラントールに向かう道中なので気にせず」
「どうぞ娘をよろしくお願いします」
「こちらこそカーミラちゃんをよろしくお願いしますわ」
「まぁ、そんな…公爵様のご迷惑になっていなければ良いのですが…」
アルマデル様は小動物の様な瞳で、両親達の様子を伺っている。
小難しい挨拶は両親に任せましょう。と、小声でアルマデル様に囁く。
私は、さあと促してアルマデル様の手を取った。
アルマデル様が嬉しそうに微笑んで手を握り返してくれた。
「お父様、お母様、行って参りますわ。シュトラーダ公爵様。本日はよろしくお願い致します」
アルマデル様がご自分のご両親に声を掛けて、そして、馬車の中の私の両親に挨拶すると馬車に乗り込んだ。
こんな風にお友達の手を取って馬車に乗るなんて、昔の私が聞いたらきっとビックリして信じないわね。
オズオズと馬車に乗り込んだアルマデル様が、お父様とお母様を前に少し緊張している。
そして、ドアから見える両親に手を振って微笑んだ。
「行って参ります」
「アルマデル、ご迷惑お掛けしない様気をつけるのですよ」
「はい。お母様」
「それでは、シュトラーダ公爵様、娘をよろしくお願い致します」
アルマデル様のお父様の言葉にお父様が頷くと、ゆっくりと馬車は走り出した。
「いいかい、カーミラ。今日は二人で街を回っていいけど、必ずノヴァクとサイネルと一緒に行動する様に」
私は再三聞いた注意事項をお父様から話されて、苦笑しなが返事をした。
「全くお父様ったら。心配性なんですから」
「それだけカーミラちゃんの事が心配なんですわ」
隣のアルマデル様がクスっと可愛らしく笑い声を零した。
「わたくし、ラントールは初めてですわ。どんな所か本当に楽しみで、昨日はなかなか眠れませんでしたの」
「まあ!わたくしと一緒だわ」
私は去年訪れたばかりのラントールと、リオンから教えて貰った事を思い出しながら、簡単にアルマデル様に説明する。
少しでもラントールの事を好きになって貰いたいもの。
「ラントールは、王都の南に位置するお父様が領主を務める大領地ですの。特産品はチーゴや陶芸が盛んですのよ。さらに南の穀倉地では、様々な穀物も作られておりますの」
私の説明に吃驚したのは、アルマデル様ではなく、私の両親だった。
特にお母様は驚いて声も出ないみたい。
「まあ、カーミラ様はとてもお詳しいのね。それに、わたくしチーゴが大好きですの」
「わたくしも大好きですわ!どんな催し物なのかしら!」
私はワクワクが溢れ出しそうになるのを、淑女らしくしなければという気持ちで押し込める。
リオンがいたら、深呼吸して落ち着いて下さい。なんて言われちゃうわ。
「まあ!結局リオン君は、カーミラ様には内緒に?」
私はタコの様になりそうなのを堪えて頷いた。
お母様とお父様に視線を向けても、お母様は首を傾げ、お父様は微笑んでいる。
……お父様はジュダスに聞いていそうね……。
「ええ。今日まで内緒だと教えてくれなかったんですの」
私は唇が尖らない様、細心の注意を払って微笑んだ。
「……カーミラ様は、使用人達にとても好かれておりますのね」
どうしていきなりそんなお話しに?
お母様がクスクス笑ってらっしゃるわ。
「でも……楽しみですわね。カーミラ様」
「ええ!」
私は、早く着かないかと馬車の窓から外を眺めた。
真夏の暑い日差しが行き先を照らしていた。
……でも……。
私はそっと自分の胸を押さえる。
『不可視の盟約』
教会の人達は、四神の加護と言っていた……。
でも私には分かったわ。
だって自分が受けた加護ですもの。
……不可視という事は、他の人には見えないんだわ……。
そして、盟約……。
神々が、固く誓った。不可視を?
……ううん。
今は何も分からない。
でも、これから勉強を重ねれば何か分かるかもしれない。
この加護は、人に知られてはいけないんだわ。
「どうなさったの?カーミラ様?」
アルマデル様が、私の心配そうに覗き込んだ。
また、私ったら。
すぐに顔に出るんだから。
私は笑顔を浮かべて、アルマデル様を見た。
……そうよ、今日は私の誕生日ですもの。
今は全部忘れて楽しまなくちゃ!
「ううん!何でもないんですの!」
私は胸を押さえて微笑んだ。
クロワ
料理人歴 十年
名前の由来 クロワッサンから
子沢山家族のお父さん 息子5人娘1人