ダイエット食
さて、旦那様とのお話が終わり、執事頭であるワトソンさんに頼まれた、お茶会の部屋の後始末をしながら考え事をしていた。
お嬢様と話していた間に、令嬢達は帰ったらしい。
それよりも、問題が山積みなのである。
まずここは公爵家だ。
当然庶民とは比べ物にならない程お金持ちである。
それはこの大きな住まい、働く使用人の多さ、末端の使用人への食事でも見て取れる。
お嬢様に出される大量の料理は、油ぎった料理ばかりで、サラダなんかは見た事がない。
高い食材をそのまま出すのが良しとされている。
焼く、煮るいうのが、料理ではメインの調理法だ。
これは異世界転生物ではデフォルト設定だ。
それはこの異世界でも同じらしい。
食後のデザートも、まるで砂糖をそのまま固めているんじゃないのかという代物だ。
味が分かるのは、料理長のバーバラさんが、こっそり内緒で味見させてくれた事があるからだ。
栄養バランスや腹八分目、よく咀嚼するなどの概念のない世界。
そんな大量の料理に囲まれ、いつもお嬢様はポツンと一人で食事を召し上がっている。
お忙しい夫妻とお嬢様が、揃ってお食事をするのはとても珍しい事なのだ。
さて、話は戻り、お嬢様の体重を減らすための食事を作らなければならない。
当然前世で言うところのダイエット食だ。
カロリーを控えて、腹八分目の量。
お嬢様の大好きな油とお砂糖は少ない。
あの我儘お嬢様の事だ。
発狂するのではなかろうか。
まずそれを食べてもらえるのか……。
難関な予感がする。
前世では育メンや、男飯などなど。
料理が出来る男と言うのは、そんなに珍しいことではなくなっていた。
普通に出来るのは結構当たり前だった。
俺の場合は一人暮らしだったので、食事の用意をしたり、自分のお弁当を作ったり。
料理自体も好きな方だ。
ただ料理の知識はあっても、俺は料理人見習いではない。
執事見習いなのだ。
料理人のバーバラさんには可愛がってもらっているが、俺に料理をさせて貰えるかというと分からない。
そして、嫌われ者のお嬢様の為、そんな面倒な食事を作ってくれる料理人がいるのか。
更には、そうさせるだけの俺の人脈があるのか……。
これは遠回りになるが、お嬢様を始めとして、城で働く全ての人と仲良くなる事も重要ではなかろうか。
いや間違いない。
仲の良い人の勧めなら、皆手を貸してくれやすくなる。
良好な人間関係は、どこの世界においてもとても大事な事だ。
そうと決まればこうしてはいられない。
まずは、一番顔を合わせる、直属の上司である執事頭のワトソンさんだ。
彼の信頼を得ない事には、全てが始まらない。
俺は急いで、しかし丁寧に部屋の掃除を終えると、ワトソンさんの所へ向かった。
「ワトソンさん、終わりました。次は何をしましょう?」
廊下を曲がった先で、白髪の髪をオールバックにしたナイスミドルが振り返る。
柔和な表情、見るからに優しそうなおじさんだ。
「先程はカーミラお嬢様の事、ありがとうございました」
優しく微笑んでそう言ってくれるワトソンさんに、お嬢様に対する嫌悪感は見受けられない。
流石執事頭だ。
我儘だとは思っているだろうが、嫌ってはいなそうだ。
「いえ、とんでもないです。俺もお嬢様とゆっくりお話出来て、得られる物も多かったですし」
「得られる物……?」
ワトソンさんが、顎髭を触りながら首を傾げる。
「はい。気持ち新たに、カーミラお嬢様の為に仕える事をお話して、その承諾を頂いたのです」
嫌われ者のお嬢様に、そんな事する物好きもいるのか。
と言うような、驚きの表情でワトソンさんが俺を見つめた。
「リオンは、お嬢様が苦手な様に見受けられましたが……」
お嬢様に好意的な人は、旦那様夫妻以外見つけられないんじゃなかろうか。
「そうですね。苦手でしたが、お嬢様が変わって下さる約束をして下さったので……俺はそれを信じます」
ワトソンさんが、信じられないといった顔を向ける。
この温厚なワトソンさんをも驚かす、お嬢様の方に俺はビックリである。
俺はお茶会から連れ出した後の話を、ワトソンさんに伝える。
「……そうですか……そんな事が……」
ワトソンさんが、それはそれは嬉しそうに目元の皺を寄せる。
「そういうことでしたら、私も全面的に協力しましょう」
ワトソンさんが、左手を胸に当て、右手を背中に回すと、大袈裟な礼をした。
「ありがとうございます!」
俺も同じように返して笑い合う。
ワトソンさんの協力は、まさに百人力だ。
俺がダイエット食について説明すると、すぐに理解してくれた。
ワトソンさんからの口添えで、料理長のバーバラさんにお嬢様の食事の改良の話をつけてもらう。
バーバラさんは、ダイエット食なる物に興味を示したのか、快く引き受けてくれた。
こうしてお嬢様の、ダイエット計画が幕を開けた。
レシピを教えに行く為、バーバラさんのいるキッチンに向かう。
「バーバラさん!こんにちは!今日はよろしくお願いします」
待っていたバーバラさんに挨拶すると、早速ダイエット食について質問してくる。
どうやらこの世界には、ダイエット食はないらしく、俺の提案は興味深いらしい。
「リオン、あんたの言うダイエット?食だったかい?それがとっても気になるよ!教えとくれ」
俺は栄養バランスの大切さと、カロリーについてざっくり説明した。
身体を動かす上で、必要なエネルギーの事だ。
それをオーバーすると脂肪になる。
ということを、簡単に説明して油や砂糖を控える事を提案した。
前世で定番のダイエット食、といったらサラダや豆腐だろうか。
豆腐があるか聞いてみたが、バーバラさんは知らないらしい。残念だ。
肉はほとんど前世と変わらず存在した。
これは助かった。
となると、やはりメインの食材は、鶏むね肉やササミだろう。
低カロリー高タンパク。
調理法によっては、パサつかずに美味しく食べれる上、値段がお安いと、いい所だらけだ。
「ではまず、ササミのサラダを作ってみましょう」
俺は鍋に水を入れると、バーバラさんに取り出してもらったササミを、すぐに鍋に投入した。
「なんだい、沸騰してからじゃないのかい?」
「はい。ササミは水から茹でた方が柔らかく煮えるんです」
火が通ったら身をほぐして、サラダの上に乗せる。
お酢とオリーブオイルと塩でドレッシングを作って、回しかければ完成だ。
ササミのおかげで、サラダ特有の物足りない感がない。
「……美味しいね!」
味見をしたバーバラさんが、満面の笑みで二口目を頬張る。
俺もこのサラダは大好きだ。
「このソースも変わってるけどさっぱりしてて…いくらでも食べれそうだ」
この世界では、ソースは塩をかけるとか、油だけかけるとかで、特にドレッシングなんてものは無い。
異世界あるあるだ。
「毎日同じだと飽きてしまうんで、ササミだけじゃなくて、ゆで卵とか、キノコとか日替わりにするといいと思います」
バーバラさんがメモを取りながら、笑顔で頷いた。
そして、次はメイン料理。鶏むね肉だ。
色んなレシピがあるけど、どれがいいだろうか。
そのうち全部披露するが、まずは自分が食べたい物から作るか。
バーバラさんが好奇心旺盛に覗き込んでくる。
他の調理人も、気になるのかだんだん集まってきた。
よし。鶏ハムにしてみよう。
「バーバラさん、竹かごってありますか?」
「あるけど、そんな物どうするんだい?」
焼くか煮るの異世界。
蒸すという調理法はない。
蒸し器もないので、大きさが合いそうな、キノコの採集に使う竹かごを一つ手に取る。
鍋の大きさ的にこれくらいの大きさかな?
沸騰させたお湯の入った鍋の上に、竹かごをおく。
うん。蒸し器になりそうだ。
竹かごの中に、鶏むね肉を丸めて紐で縛った状態で置くと、鍋の蓋を上に被せた。
少しグラグラするが、なんとかなりそうだ。
蒸している間に、バーバラさんに野菜の説明を受ける。
人参っぽい野菜のキャロ、トマトみたいなママト。
ピーマンみたいなピマル。
結構前世と名前が似ていて助かった。
これもゲーム世界だからだろうか。
ネギを見つけたので刻んでいく。ネギルというらしい。
刻んだネギルに、ニンニクっぽい野菜、ニクニンの刻んだものも合わせる。
味の決め手の調味料に悩む。
醤油とかソースなんてないし、卵と塩と油があるからマヨネーズかな?
ダイエット食にマヨネーズは困るな。
お嬢様がハマったら大変なことになる。
少し味が似るから悩んだが、オリーブオイルと塩コショウ。
それからバジルに似た香草にする事にした。
蒸された鶏むね肉を取り出し、輪切りに切っていく。
肉汁が滴り、思わず喉が鳴る。
輪切りにした鶏むね肉に、塩コショウ。
香草と、山盛りのネギルニクニンをかけ、オリーブオイルを回しかけて完成だ。
「出来ました!」
「見た目が綺麗だね!」
待ちきれないと言う様子で、バーバラさんが我先にとフォークを刺した。
「……!これが鶏むね肉なのかい?!凄くジューシーだ!それにこのネギルも抜群に合うね!」
他の調理人の人にも振る舞う。
「美味いな!竹かごなんでどうするのかと思ったが、こんな調理法は見たことがないよ。」
「酒が進みそうだ!ニクニンが効いてて美味いよ!」
料理人のクロワさんと、シフさんも頬を綻ばす。
美味しい料理は人を笑顔にしてくれる。
「あんた、いつの間にこんな料理に詳しくなったんだい?」
バーバラさんが、目をまん丸にして残りの鶏むね肉を口に入れた。
「……本で読んだことがあったんです」
苦笑いしながら話をそらす。
異世界転生で、よく用いられる誤魔化す手法だ。
本で読んだ、話をそらす。
この二手に限る。
「どうですか?お嬢様にお出し出来そうですか?」
「ああ!これならお嬢様も喜んでくれるだろうさ!任せておきな!」
ふぅ。どうにか話を反らせたようだ。
食事改革はこの調子でいけば、問題なさそうだ。
料理人の皆が、快く了解してくれている。
元来料理人は食いしん坊が多い。
新しいレシピに、皆大喜びだった。
また一つ問題が解決されて、目標に近づいた。
その後も鶏むね肉や、ダイエットに向きそうなレシピを、バーバラさん達と考える。
是非、食べた反応をこの目で見たい。
そうお願いした所、ワトソンさんが給仕として連れ立ってくれるらしい。
俺は掃除をしながら、ソワソワして夕食の時間を待った。