教会登録
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、リオン」
本当は、一番に言ってあげたかったが、奥様にその座は取られてしまった。
お嬢様は昨日、久しぶりに奥様と一緒に眠ったらしい。
お嬢様はこれから教会に魔術登録に行く。
教会はどこの街にもある事が多い。
小さな街には無い事もある様で、登録の際は大きな街まで出向く事もあるそうだが。
王都の教会はその中でも一番の大きさを誇る。
基本的に、アースガルドの宗教は創造神シーヴァリースを讃えるものが大多数だ。
教会も、その中の一つであり最大宗派だ。
中には光の女神ティルエイダを讃える宗教や、炎の神ヴァンラギオンを讃える地方があったりもするが、その数は多くはない。
どこの世界でも宗教関連の上部は、王国でなかなかの発言権を持つ。
特にここは魔術が浸透した世界で、神は俺が思うよりよっぽど身近だ。
教会の力の強さも頷ける。
お嬢様は、今日はシンプルな白のドレスを着ている。
表情には若干緊張が見てとれたが、迎えにきた旦那様と奥様を見て和らいだ。
「それでは行って参りますわ」
「お気をつけてお嬢様。ラントールでお待ちしております」
「ええ!楽しみにしているわ」
今日、俺とお嬢様は久しぶりに別行動だ。
本当は、魔術登録という物がどんな物かこの目で見たかったが……。
従者でもない俺はついて行く訳にはいかない。
俺も秋に九歳になる。
あと一年ちょっと、自分で体験するまでは我慢するしかない。
それよりも今日は、ラントールでの催し物がある。
采配をジュダスさんに任せている為、俺も急いで向かわなくては。
ここ二週間の忙しさはなかなかな物だった。
お嬢様のお茶会に一緒に出向くのは勿論、ラントールにも何度も足を運び、そのまま泊まる事もしばしば。
それでもこの短い期間で形になったのは、ジュダスさんの有能さと、皆が協力してくれた事だろう。
裁縫で頑張ってくれたファリスさんレナの二人も、今日は旦那様のお許しを得てラントールに来るらしい。
それからヨシュアさん達工房組も、リンス作製に加えて、ラントール支店を出すにあたり、他の商会の情報を教えてくれたり、今日の催し物でも沢山手を貸してくれた。
俺はトーリヤの鼻筋を撫で、話しかける。
「トーリヤ。今日もよろしくな」
トーリヤのつぶらな瞳には、俺を友と認める柔らかさがある。
大分慣れた動きで騎乗して、一声かけるとラントールを目指した。
「ジュダスさん!お待たせしました」
「遅いですよ、リオン。やっぱりヨシュアさんの所に泊まれば良かったのでは?」
ジュダスさんがラントールの商業連盟で俺を見つけると、開口一番文句を言ってきた。
お嬢様におめでとうと言いたいと言い、昨日強行に帰ったのだ。
あの後何かあった様だ。
「あの後、やっぱりうちも加わりたいと言い出す店が何軒かいて大変だったんですよ」
ああ、やはり問題があって、対処してくれたのはジュダスさんだった様だ。
俺は苦笑いしてお礼を言っておく。
「どうですか?もう始まってますよね?」
「はい。先程店が開きました。まだお客に商人が多い様ですが、チケットに詳細が書かれているので、問い合わせに人が集まる事は無さそうです」
「それは良かったです!」
「……本当に、君の問題への対処は的確で素早いですが、問題に突っ込む姿勢も素早いですね」
これは、オレガノン隊長の一件をかなり引きずっていらっしゃる様だ。
俺も、ジュダスさんを見習って、笑顔を貼り付け見返した。
ジュダスさんが俺を見てため息を吐いたが、今はそれどころでは無い。
「でも、一番大変だったのは印刷工房の方ですね」
「ああ……君が多めに刷らせる物だから……」
「無くなるのが一番痛いですし、残ったらまた溶かして再利用すれば良いんです」
ジュダスさんは手元のチケットを見ながら頷いた。
「それで、今日はノーランド子爵家の令嬢がカーミラ様と参加するとか?」
「はい!教会登録が終わった後、ノーランド家に迎えに行って、一緒にいらっしゃる様ですよ」
手紙で事情を説明した所、アルマデル様はそれはそれは喜んで二つ返事で参加を希望した。
お嬢様の喜び様は、想像の通りだ。
「何も問題がなければ昼過ぎでしょうか。では、それまで私達も裏方作業に入りましょう」
「はい。」
「お母様……緊張してきましたわ……」
「大丈夫ですわ。カーミラちゃん。登録自体はすぐに終わりますもの」
お母様が私の手を握って優しく微笑んだ。
その笑顔を見て、緊張が解れていく。
お父様が戻ってきて、私を受け付けへと案内してくれる。
今日は私達三人と、護衛にノヴァクとサイが付いてきてくれた。
護衛を二人も連れてくるなんて、危険があるのかしら?
私は、また少し不安になってしまった。
今日はいつも一緒のリオンがいない。
リオンはラントールで準備があるからと別行動だ。
ラントールで待っていると言ってたけど、出来れば入り口まで付いてきて欲しかったな。
……と、そんな我儘も最近しばらく言ってないわ。
今日は誕生日なんですもの!
少しくらい甘えたって、バチは当たらないわよね?
私は、受け付けに自分の名前と誕生日を書き込んで、水晶を渡され、教会の奥へと皆と進んでいった。
制御具は受け付けに預ける様で、受け付けの女性はいつもつけている制御具のチョーカーを丁寧に布に包みどこかへ持っていった。
教会は、不思議な素材で作られている。
魔術登録の時に外部からの魔術干渉を受けない様に、強固な結界が張られているらしい。
その結界の効果を高める為、この不思議な素材が選ばれたらしい。
私は、ここ以外では見たことのない、透き通る様な青い床や壁を見つめる。
天井は抜ける様に高く、透かしガラスの様で、光をゆらゆらと通している。
所々に神々と思われる彫刻が設置されていて、窓には見た事のない模様が書かれている。
通り過ぎる教会の人と見られる大人達は、皆長いローブの様な物を羽織っている。
男性も女性も襟が高く、刺繍はローブと同じ色で襟元と袖にだけついていた。
女性も男性と同じ様に、ローブの下はゆったりとしたズボンなのが珍しい。
リオンなら、なんて形の服なのか分かるでしょうけど、私には分からなかった。
本当に、リオンはどこで様々な知識を得ているのかしら?
余り喋らない私を心配して、お母様が顔を覗き込んできた。
いけない。さっき緊張してるなんて言ったから…。
「お母様も、ここで登録を?」
私はニッコリ微笑んでお母様を見上げる。
お母様は懐かしそうに目を細めた後、お父様の方を見ながら答えた。
「ええ。わたくしも旦那様もここで十の時登録しましたわ。ねえ?貴方。懐かしいですわね」
「……そうだな」
二人は顔を見合わせると、懐かしそうに目元を綻ばせました。
それだけで、私の緊張は完全に消えてしまいました。
我ながら単純ですけど、リオンがいたらきっと、お嬢様はお顔に出やすいですから。とかなんとか言われるのね。
しばらく教会内を真っ直ぐ歩き続けると、奥の方に衛兵に守られた重厚な扉が見えてきた。
私は、衛兵に受け付けで貰った水晶を見せました。
貰った水晶は、貫入水晶といって、水晶の中に水晶が刺さった物です。
マニフェスト水晶と呼ぶのですけど、これは魔術の干渉を抑える水晶に、魔術の増進を促す水晶が刺さるという、大変摩訶不思議な物です。
どうやってお互いの水晶同士が干渉しているんでしょうね。
水晶を見た衛兵は、無言で重そうな扉を開きました。
当然一人では開きそうもない扉ですから、もう一人側にいた衛兵も手伝います。
開かれ中の様子が見えてくると、中はとても幻想的です。
沢山の水晶が壁の至る所から生えていて、淡く光っている様です。
扉のすぐ前からは30段程かしら?
階段が伸びていて、その先に小さな祭壇らしき物が見えました。
祭壇の周りは、見た事もない模様が正六面体に包み込んでいる様でした。
「さあ、カーミラ」
お父様が私の手を取り、階段を登る様促しました。
私はハッとして、周りから視線を戻してお父様の手を取ります。
お母様とノヴァクとサイはその場に留まりました。
私が不思議に思ってお父様を見ると、言いたい事が分かった様で説明してくれます。
「ここからの付き添いは一人だけだ」
私は頷いて階段を登り始めました。
教会の床と同じように半透明の階段は、一歩歩くごとにキラキラと光が舞った。
なんて綺麗なの……。
階段の左右にも水晶が張り付いている。
階段を登りきると、お父様は手を離し、正六面体の中に入る様、私に言いました。
正六面体は、高さが2メートル位だと思われた。
どうやら中に入るのは私だけみたい。
私はドキドキしながら中に入る。
模様を潜る時、少しだけ肌を撫でられた様な感覚がしたけれど、それ以外は変わった事なかった。
私は中に入ってお父様の方を振り返って手を振ったけれど、手が振り返される事は無かった。
……見えていないのかしら?
私はゆっくりと辺りを見渡す。
遠くから模様の様に見えたのは、どうやら魔法陣の様だ。
凄い……。
刺繍にしたら綺麗じゃないかしら?
なんて、ぼんやりと考えていたら、どこから現れたのかしら?
いつの間にか祭壇の近くには、フードを目深に被った人達が四人立っていた。
大事な儀式なのに、ぼんやりしてしまった。
リオンにバレたら怒られてた所だわ。
儀式が終わればラントールでアルマデル様とお出掛けだわ。
私、お友達と出掛けるなんて始めてで、昨日はなかなか眠れなかったんだから。
しっかり儀式を終わらせて、皆に会いに行くんですもの!
私は前を向いて、姿勢を正し、微笑みを携えて儀式に臨んだ。
ライナス•メルド•シュトラーダ
歳 39
結婚 18の時
髪色 金
瞳 灰色
若い頃 モテてモテてモテまくったとか