レベッカ様とのお茶会2
そっと部屋を出た俺は、外で待機しているサイネルさんと目があった。
「ずっとこちらに?」
一応隣の部屋に護衛用の部屋が用意されているが、ずっとここで待っていた様だ。
サイネルさんは糸目をニコリと細め答えた。
「隣の部屋では、何かあった時に駆けつけては間に合いませんから」
流石旦那様がつけた護衛だ。
他の令嬢達の護衛は、隣の部屋に待機しているのに。
「それで、リオンはどうしてここに?何か気になる事でも?」
サイネルさんが、糸目を僅かに開いて辺りを見回した。
「今出て行ったご令嬢が気になりまして…。体調が悪いのではないか足取りが危うく、お嬢様が心配しているので、様子を見に行く所です」
サイネルさんもそう思っていたのか、ああ、と頷いて廊下の奥を指した。
「確か、直ぐに隣の護衛室に入って、ご自分の護衛と奥に歩いて行かれました。お一人ではない様ですよ」
「ありがとうございます。少し見てきますね」
俺はお礼を言って廊下を奥へと進んだ。
しかし、なんだって侍女ではなく護衛と?
そう考えていると、曲がり角の先に二人がいた。
「お嬢様、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられますか!こうしている間にもあの子は…!」
言い争っていると言うよりは、一方的にアルマデル様が護衛に突っかかっている。
アルマデル様の話しを聞く感じ、自分ではなく、誰かが具合が悪い様だ。
「それで、連絡はきてませんの?」
「はい。まだ何も……」
「やはりわたくしも帰ります!」
「お嬢様……マルガレット公爵家のご機嫌を損ねたら、子爵の旦那様や奥様に迷惑が掛かります……」
「………………」
なるほど……。
付き合いでお茶会に来たが、事情があっても家格の高い家には逆らえない。
どうする事も出来なくて心ここに在らずだった訳か。
本人がなんともなくても、気が気ではないだろう。
しかし、俺にはどうする事も出来そうにない…。
早くお茶会が終わる様、口が挟めそうなら挟むしかないな。
俺は、来た道を戻り部屋に戻った。
戻ってもまだレベッカ様のお話しは止まるどころか勢いが増している様だ。
話しはクリストファー殿下の話に戻っていた。
お嬢様は完璧な作り笑いを貼り付けたまま、相槌を打つ事だけに徹している。
俺が戻って、すぐにアルマデル様も戻ってきた。
先程より顔色が悪い様だ。
他の令嬢は気付かない様でレベッカ様の話しに夢中だが、お嬢様はアルマデル様の方をチラチラと見てオロオロしている。
俺が助け舟を出そうと口を開きかけた瞬間、アルマデル様が先に口を開いた。
「レ、レベッカ様……皆様……申し訳ございません……わたくし、家に戻らなければいけませんの」
……大丈夫だろうか……。
俺はレベッカ様の方を向き、不味いのではないかと焦る。
「まあ、アルマデル様、どうかなさいまして?」
「何か理由が?」
「先程出て行かれたのも関係が?」
レベッカ様と取り巻きの二人が、アルマデル様に口々に声を掛ける。
アルマデル様は真っ青な顔のまま、小刻みに身体を震わせて、口を開いた。
「わ、わたくしの飼っている犬が、長い事病気を患っておりますの……今朝急に容体が崩れて……わたくし、どうしても傍についていてあげたいんですの……」
そこは、自分の体調が悪いと言っても良かったのに、アルマデル様は正直に事情を説明した。
アルマデル様は返事を待って、固い表情のままレベッカ様達を見つめた。
「……ぷ……あはは!……嫌だわアルマデル様ったら……何を言っておりますの?」
「本当ですわ!何か理由があるかと思ったら…で犬って……」
「レベッカ様、お聞きになりまして?」
……この子達は、何がそんなに面白いんだろうか。
案の定、アルマデル様は顔を俯け涙をその瞳いっぱいに溜めていた。
……あの日のお嬢様とそっくりだ。
「アルマデル様?今日はレベッカ様のお茶会ですのよ?それを犬の方が大事など……」
「そうですわ。子爵のあなたがここでこうして参加できるのも、レベッカ様のご好意のお陰でしてよ?」
サニーニャ様とカーラ様が、呆れの混じった侮辱の声でアルマデル様をなじる。
二人の言葉に満足気に頷いたレベッカ様は、再び扇を手に取るとその奥で口を開いた。
「アルマデル様?こうしてわたくしとお茶をしているのですから、終わってから帰ればよろしいでは?それに……もしダメでも、また犬を買って頂けばよろしいではありませんか」
それを聞いたアルマデル様の顔が絶望に染まった。
俺は、我慢出来ずに一歩前に出る。
ファリスさんとレナがぎょっとしながらこちらを見た。
しかし、俺の口から言葉が溢れる事はなく、代わりに凛とした透き通る声が部屋に響いた。
「全くくだらないですわ」
令嬢達も、一斉に声の方へと視線を向ける。
お嬢様は、カップを置くと静かに瞳の奥に熱を宿す。
「……今……な、何と仰いましたの?……カーミラ様?」
レベッカ様が、今日一番の鋭い目つきでお嬢様を睨みつけた。
両サイドのサニーニャ様とカーラ様は、レベッカ様の気迫に押され顔を青くしてお嬢様に視線を向けた。
なんて事を言っているんだと、その顔には書いてある。
アルマデル様は、溢れそうな涙を目に溜めたまま、お嬢様を見た。
「アルマデル様、こんなくだらないお茶会よりそちらの方が大切です。早くお帰りになりなさい」
「で、ですが……」
お嬢様に帰れとは言われても、アルマデル様は怯えたままレベッカ様の方へ視線を向ける。
レベッカ様は、恐ろしい目つきでお嬢様から視線を離さない。
「ここはわたくしに任せてお帰りなさい。ここに残ったら、あなた後悔なさいますわ。後悔しないよう、お帰りなさい」
「……カーミラ様……」
「お早く!」
お嬢様が声を荒げると、アルマデル様は一瞬ビクっと肩を揺らしたが、ぎゅっと手を握り締めると席を立った。
その瞳にもう迷いはなく、意志の固まった強い眼差しだった。
そして、皆に一礼すると振り向かずに去って行った。
「……聞こえませんでしたわ?カーミラ様。わたくし達のお茶会がくだらないと……?」
「ええ。くだらないわ。こんなお茶会より、大切な者の為に傍にいたいと言ったアルマデル様の方が、余程尊くていらっしゃるわ」
「レ、レベッカ様にお招きされたお茶会を、途中で帰ろうとなど……」
サニーニャ様がレベッカ様の弁護に口を挟むが、お嬢様は真っ直ぐにレベッカ様を見つめて視線を逸らさない。
レベッカ様は、その視線に気圧されて扇を持つ手が震えている。
「大切なお友達の願いを笑った挙句、また買えばいいですって?代わりがいない大切なものだからこそ、貴方達に頼んで帰ろうとしたのではありませんか。仮病を使って帰る事だって出来たのに、それをしなかったのは、貴方達をお友達だと思っているからではなくて?」
「そ、それは……」
カーラ様は口ごもり、サニーニャ様は黙り込んでしまった。
しかし、レベッカ様だけは燃える様に怒りを滲ませたまま、お嬢様の瞳を正面から睨み返している。
「貴方達の考える友達と、わたくしの考える友達や大事なものとは、どうやらかなりかけ離れている様ですわね。わたくしも失礼させて頂きますわ」
お嬢様はそう言って静かに立ち上がった。
取り巻きの二人はビクビクしながらレベッカ様の様子を伺っている。
「お、お待ちなさい。本日の事は、お父様に報告させて頂きますわ!」
レベッカ様は顔を真っ赤にして立ち上がった。
テーブルにつく手がフルフルと震えていた。
「……お好きにどうぞ」
お嬢様は、今度こそ振り返らず部屋を後にした。
部屋を出ると、先程と変わらずサイネルさんが立っていた。
お嬢様が出てきたのを見て、嬉しそうに微笑んだ。
声が聞こえていたのだろうか。
「先程のご令嬢は、護衛と共にお帰りになりましたよ」
サイネルさんにそう言われ、お嬢様はホッとした顔を見せた。
そうして俺達は、予定より少し早く屋敷へと戻る事になった。
「ごめんなさい……約束を破ってしまったわ……」
馬車に乗ったお嬢様が、走り出すと直ぐに謝ってきた。
「短気を起こすなと言われていたのに……我慢出来ませんでしたわ…」
「お嬢様が言わなければ、私が言ってました。私は、周りの人達の気持ちを読み取って、望む手助けをしたお嬢様を誇らしく思います」
「わ、わたしもそう思います!」
「お嬢様、ご立派でしたわ。」
「みんな……」
お嬢様が嬉しそうに微笑んだのを見て、俺も心が温かくなった。
ファリスさんとレナも誇らしげだ。
「もし旦那様に呼び出されても、私が一緒について参ります」
「ほ、本当よ?リオン」
俺はお嬢様に、トンと胸を叩いて頷いてみせた。
三人の顔に笑顔が戻って何よりだ。
「アルマデル様、間に合ったかしら……」
「そうだといいですね」
「ええ」
屋敷に戻っていつもの日常に戻ったが、次の日になっても旦那様からの呼び出しは無かった。
レベッカ様が喋らなかったのか、旦那様が話す必要がないと思ったからなのかは、分からないままだった。
エルファーラン•アンブローズ
アンブローズ彫金工房の長をしている様ですね。
確かアンブローズ家の次男だった筈です。
性格は優秀ですが陰険な根暗です。
私とどちらが優秀かですか?愚問ですね。