レベッカ様とのお茶会1
「はぁ………」
「そんなため息をついても、もう見えて参りましたよ。後はいつも笑顔で、短気を見せてはいけませんよ」
「分かっているわ……」
俺は、お嬢様が浮かない顔で馬車の窓から見えて来たマルガレット公爵家を見つめるのを見て、苦笑を漏らした。
「大丈夫です。今日のお嬢様は完璧です」
「そ、その通りです」
俺の言葉にファリスさんが自信たっぷりに頷き、レナは首が取れそうな程振って頷いた。
「それに、何かあれば私達がお傍にいますから」
「……ええ。そうね……」
それでもお嬢様の顔は晴れない。
それも仕方ないだろう。
この間のお茶会は、お茶会というよりイジメだった。
幼いお嬢様が心を曇らせるのも分かる。
しっかりお嬢様をお守りしなくては。
馬車が止まり、扉を開けてくれたのはサイネルさんだ。
馬車が四人乗りなので、馬で一緒について来てくれた。
ノヴァクさんよりサイネルさんが選ばれたのは、令嬢のお茶会っからだろう。
筋肉モリモリのノヴァクさんより、華奢なサイネルさんの方が場を乱さない。
先に俺達使用人が降りると、屋敷の玄関前には使用人が五人程並んでいた。
これは、公爵家の令嬢を迎えるには必要最低限だろう。
呼んだはいいが、余り歓迎していない事のアピールか。
隣のファリスさんとレナから、黒い笑顔が貼り付けられる。
サイネルさんのエスコートで馬車からお嬢様が出てきた。
執事頭だろう、旦那様と同い年位の、まだ若い執事が息を呑んだ。
後ろのメイド達も目を見開いている。
執事頭は挨拶も出来ない程だ。
「ご機嫌よう。お招き頂きありがとうございます。シュトラーダ公爵家のカーミラですわ」
馬車から降り、サイネルさんのエスコートを受けたまま、お嬢様は上品に挨拶をする。
「……こ、これはこれは。失礼致しました……ようこそいらっしゃいました、カ、カーミラ様……レベッカお嬢様がお待ちです……ご案内致します」
何をレベッカ様から聞いていたのか、慌てて言い繕った執事は、驚きを隠せない様子で屋敷の中へと案内を始めた。
きっとワトソンさんなら説明と違う令嬢が現れても、動揺を見せたりしないんだろうな。と、俺は関係のない事を考えていた。
しかし、すぐに意識を戻す。
ここはアウェイだ。
気を抜いてはいけない。
俺は最後尾で注意深く辺りを観察しながらついて行く。
屋敷は想像していた通り、華美で豪華な美術品が至る所にこれ見よがしに飾られている。
きっと値段も相当な物だろう。
二階の一室の前で執事が止まると、こちらです。と説明をして部屋のノックをした。
お嬢様が顔を俯ける。
横から見ていると、顔色が一気に悪くなった。
ファリスさんとレナが心配そうに背中に手を添えた。
しかし、もう一度顔を顔を上げた時には、凛として真っ直ぐ前を向いて、口元には穏やかな笑みを浮かべていた。
中から侍女が扉を開け、執事を見て部屋の中に視線を戻す。
入って頂いて、という声が聞こえ、侍女が大きく扉を開け、執事の後ろに佇むお嬢様を見て顔色を変えた。
お嬢様は、侍女と執事にニッコリと微笑みを向け、ゆっくりと優雅に部屋の中へと歩き出す。
中に入って行ったお嬢様を見て、レベッカ様と周りの令嬢達はポカンと口を開けている。
直ぐに執事の方に視線を向け問いかける。
「あら?どちら様かしら?申し訳ないけど、ここは今からお茶会なんですの。ご遠慮して下さる?」
慌てた様子の執事と、全く状況についていけない侍女がお嬢様に視線を向ける。
お嬢様は一歩前に出ると、ボリュームのあるサイドのドレスを両手で掴み広げると、優雅に挨拶を始めた。
「皆様ご機嫌よう。レベッカ様、ご招待ありがとう存じます。こうして、また皆様とお茶を頂くの、とても楽しみにしておりましたわ」
「え……?」
「まさか……」
「カ、カーミラ様ですの?」
中にいたレベッカ様と三人の令嬢は目が点だ。
一番早く覚醒したのはレベッカ様だった。
「ず、随分お姿が変わってしまって……だ、誰だか分かりませんでしたわ……」
「そ、そうですわね……」
「ほ、本当にカーミラ様ですの?」
まぁ、今までのカーミラ様とは別人だし気持ちは分かる。
でもよく見れば意志の強いキツい目元なんてそのままだし、面影がある。
お嬢様は恥ずかしそうに頬を赤らめ、頬に片手を添えるとポツリと口を開く。
「……そんなに見られると照れますわ……」
レベッカ様を除く三人の令嬢が、お嬢様を見てポーっと頬を染める。
うん。照れたお嬢様は三倍増しで可愛らしい。
「うちの料理人と使用人達の協力で、わたくし自分を見つめ直しましたの。そのおかげで、こうして身体も元に戻りましたのよ」
四人が呆然とお嬢様を凝視している。
「それに……そのドレス……」
「カ、カーミラ様、そのドレスは?」
「見た事がないデザインですわ……」
「あら?でも何処かで見た様な……」
口々に令嬢達がドレスを見て口を開く。
お嬢様が、自分ドレスを少し持ち上げると、ああ。と微笑んだ。
「はい。こちらは前回のお茶会に着た物をリメイクしましたの。Jが仕立てて下さったんですの」
「まあ!Jが?!」
「Jと言ったら、気に入った方にしかドレスを作らない方で有名ではありませんか!」
……あのオネエ、そんなに有名だったのか。
確かに仕事は凄く出来る。
頼んだドレスもデザイン画と寸分違わず出来上がっているし、仕事も早い。
ただ少し性格が変わっているだけで。
「なんて素敵なデザインなんでしょう……」
「ほんと……スカートが前から見るとわたくし達と同じデザインですのに、後ろから見るとフリルのロングドレスですわ……」
「肩のデザインも初めて見ましたわ……お花が連なって可愛らしいこと!」
「後ろのリボンがとても可愛らしいですわよ!長いタレ部分に飾りまで……なんて素敵……」
口々にドレスを褒める令嬢達を見て、レベッカ様が顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
それに気付いた令嬢が、隣の令嬢を軽く小突いた。
確か伯爵家のご令嬢の、サニーニャ様とカーラ様だ。
ハッとした令嬢三人は、顔を合わせておほほほ。と、作り笑いを浮かべた。
それにしても……いつまで立ってもお嬢様を立たせておくなんて、何を考えているんだろうか。
俺は持ってきた手土産を手に、お嬢様の後ろまで近付く。
「お嬢様、こちら皆様への手土産のお菓子でございます」
「ああ、リオン。ありがとう。皆様、こちらは我が家自慢の料理人が作って下さっているお菓子なんですの。お口に合えば宜よろしいんですけど」
「まあ、ありがとうございますわ。さあ、こちらへいらして」
そうして、やっとお嬢様が席についた。
令嬢達は、皆お嬢様の方をチラチラと気にしている。
話しかけたいが、レベッカ様の目の手前話しかけられないでいる様だ。
レベッカ様はそれに気付かぬ様で、扇を取り出し話し始めた。
「カーミラ様は、なんでも先日クリストファー殿下とお茶をなさったと伺いましたわ」
「まあ、レベッカ様。それは本当ですの?!」
「レベッカ様より先に声がかかるなんて……きっと商会のお力ですわね?」
俺は少女達の言葉にゲンナリしてしまう。
九歳の子供がここまで遠回しに嫌味を吐けるなんて、この国の未来は大丈夫だろうか。
それとも親に商会について少しでも何か聞いてこい、など言われているのだろうか?
「なんでもカーミラ様が商会の代表をしていらっしゃるとか?」
「流石公爵家ですわ。優秀な人材が揃っていますのね」
「わたくしもリンスを買いましたわ。ミラーダ商会はとても盛況とか……」
お嬢様はニコニコしながら話しを聞いていた。
頂いたお茶を一口口に含み、そっとカップを置くと口を開いた。
「うちの商品を手に取って頂いてありがとうございます。お陰様で、支店も出す事が決まりましたのよ」
「まあ!また王都に?」
「いえ、我が公爵領のシュトラーダの街に計画が出ておりますの。領地の特色を活かした商品が売り出せればと思っておりますわ」
うんうん。
またお嬢様は同じ質問をされたら、この間のクリストファー殿下とのお茶会の時の様に、馬鹿正直に答えるだろうと思った。
なので先に釘を刺しておいたのだ。
お嬢様も関わりはゼロではないし、これから代表としてやっていく責任感を持って欲しいと。
お嬢様は、手柄を横取りするみたいだわ。と嫌がっていたが、ラントールの支店について、俺やジュダスさんとの話し合いにも参加し、領地の勉強に励んでからは、納得された様だ。
少しでも領地の為にと色々考えている。
一方、代表とは名ばかりだと踏んでいた令嬢達は、当てが外れた様に攻め口を無くしている。
レベッカ様も、支店の話しが出て、更にシュトラーダ公爵領が力を持つと考えたのだろう。
悔しそうな顔でカップを手に取った。
「それで……クリストファー殿下とはどの様なお話を?」
「わたくしも聞きたいわ」
レベッカ様とサニーニャ様が話しをクリストファー殿下の話しに戻した。
どうやらこの二人はクリストファー殿下にご執心らしい。
特にレベッカ様は同じ婚約者候補でもある。
気になって気になって仕方ない様だ。
「次のお約束はしましたの?」
「いいえ、しておりませんわ。特に変わったお話はしておりませんわ」
そう聞いてレベッカ様の顔がとても嬉しそうに綻んだ。
「まあ!次のお約束もされないだなんて、何か粗相でもあったのではございません事?」
「殿方を楽しませるお話しもご用意できないなんて、きっと退屈な時間を過ごされたのでは?」
「クリストファー殿下もお可哀想ですわ……」
レベッカ様を筆頭に、令嬢達はここぞとばかりにお嬢様を責め始めた。
「わたくしは明日、クリストファー殿下にお誘い頂いておりますの。色々と用意させましたもの、きっと楽しんで頂ける筈ですわ」
「早くお話しが聞きたいですわ」
「きっとレベッカ様の美しさに、クリストファー殿下も魅了されてしまうのではなくて?」
その後もやれ、クリストファー殿下は素晴らしいお方とか、あそこのドレスが素敵や、あそこのご令嬢が少し太ったなど、幼くても立派に女だ。
おしゃべりに花を咲かせて、その口は閉じる事がない。
「レベッカ様は、春の誕生日の登録で三属性も発現なされたとお聞きしましたわ!」
「なんでも希少な光属性をお持ちだとか?!」
「あら……お耳が早いのですね。そうなのです。わたくし光属性を含めて三属性も……」
おほほほと、扇で口元を隠してレベッカ様が黒い髪を背中へと流す。
もっと聞いて欲しいオーラが全開で、令嬢の問いかけを待っている。
へー。レベッカ様は光属性持ちなのか。
流石公爵家令嬢だな。
家柄が高ければ高いほど、複数の属性や、珍しい属性や、神の加護がつくらしい。
……本当に羨ましい。
そんな中、よく見るとお嬢様は一人の令嬢によく目線を向けている様だ。
余り口を開かず、相槌だけ打っている様で上の空だ。
あのままでは、レベッカ様のご機嫌を損ねるのも時間の問題なのでは……。
「ちょっと、わたくしの話しを聞いておりますの?!アルマデル様?」
予想通り、アルマデル様の上の空に気付いたレベッカ様が鋭い視線を向ける。
「も、申し訳ございません、レベッカ様。聞いておりますわ……あの……少しお花を摘みに行ってもよろしいかしら……?」
トイレに行きたくてソワソワしていたのだろうか。
レベッカ様もそう思ったらしく、コホンと咳払いすると、よろしくてよ。と答えお喋りに戻った。
許可を貰ったアルマデル様は、足取りが少し覚束ないのだろうか?
フラフラと部屋を出て行った。
お嬢様が心配そうに後ろ姿を見送っている。
俺は少し気になったので、お嬢様に目配せしてそっと部屋を後にした。
アルルゥ•アルクゥ
外見 だけはいいよね、君
性格 喧嘩っ早くて口が悪いくせにお人好し
身長 その内ノアに抜かされるんじゃない?あ?もう抜かされてたっけ?