誕生日企画
「これが、ラントールでミラーダ商会を開きたいと出資を希望している商会です」
目の前にどっさり積まれた書類にうんざりしている場合ではない。
俺は、まだ王都のミラーダ商会の売り上げ確認中なのに、全く気にする様子も無く、更に書類を積み上げるジュダスさんに恨めしい目線を送る。
気付いているが、気にせず更に工房の書類も重ねた。
「王都のミラーダ商会は盛況も盛況ですからね。一枚噛みたい商会は多いでしょう」
有難い事だが、8歳の子供にこの仕事量はどうなんだろうか。
自分が言い出した事業なので、勿論文句は言わない。
ただ、少し愚痴りたくなってしまっただけだ。
これを纏めた後、もう一度全く同じ事をお嬢様にも説明しなくてはならない。
万が一の破滅後、商会の長が何も知りませんって訳にもいかないだろう。
一応最低限の説明はしておくべきだ。
「ラントールの商会は、お嬢様に縁のある方がいいですね。領地でのお嬢様の人気と知名度を確保したいです」
「他には条件は有りますか?」
「うーん。ヨシュアさん達がやりにくい所はダメですね。聞きに行きましょうか?」
トーリヤに乗って、気分転換が出来るかもしれない。
と思ったが、そんな思いも見透かされていたらしく、あっさり断られた。
「ですが、それなら丁度いいですね。もうすぐカーミラ様の誕生日ではありませんか」
しまった。
完全に忘れていた。
主人の誕生日を忘れるとはどういう事だろうか。
「教会登録の後、ラントールでカーミラ様の生誕祭と称して何か催し物をすれば、民衆の指示を受ける大きな手助けになるでしょう」
「それ!私に企画させて下さいませんか?!」
俺は大きく手を上げて勢い良く立ち上がった。
「わっ!」
立ち上がった反動で、積み上げられた書類が机から落ちる。
ジュダスさんが華麗な動きでキャッチしてくれた。
「ただでさえ手が足りないというのに……何か考えがあるなら聞くだけはしましょう」
「いえ……お嬢様の為に何かしたいだけで、アイデアがある訳では……でも!やる気はあります!」
ジュダスさんが面倒そうにため息を吐いた。
「意見を纏めてからにしなさい。話はそれからです……そうですね……カーミラ様が喜び、民衆にカーミラ様が認知され、更にはそれがライナス様、引いては領地の為となるならば、私も手を貸しましょう」
そう言って、ジュダスさんは確認済みの書斎を持って出て行ってしまった。
……絶対最後の条件だけだろ、気にしてるの……。
ハードルを上げるだけ上げて行ってしまった。
うーん。認知……か。
ラントールに住む人に限らず、領主家族が知られ渡ってるっていうのも、珍しいとは思う。
しかし、領民が領主家族であるお嬢様を慕ってくれるのは、とても大事な事だ。
俺は書類を片付けながら頭を抱える。
指示を得たい……。……選挙が近いか。
って事はスピーチ?いやいや、地味過ぎるな。
前世での盛り上がるイベントか。
ライブ、は、歌の文化が余り進んでないな。
仮装、は、変装したらお嬢様か分からないな。
踊り、も、貴族と平民ではちょっと種類が違うな。
うーん。お嬢様のいい所アピールが出来て、尚且つ指示を受ける……更にラントールも盛り上がる……。
でも一番の大前提はお嬢様が喜んでくれる事だ。
お嬢様の好きな物は……。
食べ物。
食べ物でアピール出来て、尚且つ領地をアピール……。
……ん?
上手くいけば全部当てはまるのでは?
とりあえずこの目の前の書類を片付け、ジュダスさんに企画が通るか聞いてみよう。
企画が通ればお嬢様に相談だ。
確かに誕生日スプライズを狙う人は多いけど、お嬢様が企画に関わる事も楽しみの一つに出来たらいいと思ったのだ。
誰かの為に何かを考えるのは、とても楽しい。
俺は大急ぎで書類を片付けた。
「……という企画は如何でしょうか?」
俺は、提案を簡単にまとめた書類を作ってジュダスさんに渡した。
ついでに今日目を通して、処理した書類も持ってきた。
「……はぁ……」
なぜか企画書を見つめるとため息を吐かれてしまった。
何か問題があったのだろうか。
俺がジュダスさんの反応を伺っていると、こちらを向いて無表情のまま答えた。
「……普通企画というのは、何人も集まり意見を出し合って、予算やそれにかかる人員、時間、対策などを考慮し纏めるのです」
「……えっと……」
「……それをもう粗方纏めてあるとはどういう事ですか」
なぜ責められているのだろうか。
細かく決めてある方がいいのではないだろうか。
俺は、ジュダスさんの持つ企画書とジュダスさんの顔を交互に見る。
ジュダスさんはまた酷く面倒臭そうにため息を吐いて話し始めた。
「……それで?私に何をして欲しいのですか?」
「協力して頂けるんですか?!」
「仕方ないでしょう。企画がどうしようも無かったらそれまでだったのに……」
ジュダスさんは小さな声で何かブツブツ呟いている。
が、企画が通ったのは喜ばしい事だ。
こうしてジュダスさんの協力があるかないかは、かなり大きな差になるのだから。
「ジュダスさんには、ラントールの商業連盟に掲示板の設置をお願いして貰いたいです。後、ラントールに視察に行く許可も頂きたいです。ヨシュアさんに聞きたい事もありますし……こんな時、転移魔法とか使えたら楽なんですけどね……」
俺がポツリと呟くと、ジュダスさんが驚いた顔でこちらを見た。
何か変な事言ったかな。
「よく転移魔法の存在を知ってましたね?」
「え?そんなに珍しい物なんですか?」
これは不味いかもしれない。
魔術関連の話しは、メイベル先生から少し聞いただけだ。
秘匿禁断魔法だったりするのだろうか。
「そうですね、確かにとても珍しいですが、存在しない物ではありません。使える人間は少ないですが、ある事は有ります。人を動かす転移や、物だけを動かす転移。後は自分しか転移出来ない人もいましたし、距離や運べる数、量もそれぞれですね」
良かった、知ってて不味い物では無かった様だ。
なるほど、転移にも様々な種類がある様だ。
「使えたらとても便利ですが、残念な事に私は使えません。転移の魔具も、とても高額ですし、なかなか出回りません」
「魔具……ですか」
魔具ならまだ俺にも使えるチャンスはあるかも知れない。
いつかお目にかかって見たい物だ。
「それなら仕方ありませんね。書類も終わったようですし、工房の確認もあります。どうせ行くなら色々と話を纏めて帰ってくる様に」
またかなりの難問を突きつけられた。
「……ど、努力します。ラントールのミラーダ商会に噛みたい商会が載った書類、借りて行っても構いませんか?」
「構いません」
「では、借りて行きますね」
俺はお礼を言って部屋を後にする。
ジュダスさんは俺達使用人の離れではなく、旦那様の書斎の近くの一室を借り受けて暮らしている。
ここからお嬢様の部屋はすぐだ。
俺はお嬢様の協力を取り付けるべく、先にお嬢様の元へ向かった。
「……という訳で、お嬢様も企画に参加しませんか?」
俺が提案する前から、キラキラ目を輝かせていたお嬢様は、とても嬉しそうにブンブンと頷いた。
「まずは準備がいくつか有りますが、第一の準備はファリスさんとレナの助けが必要不可欠です!」
「私……達ですか?」
ファリスさんとレナが顔を見合わせ首を傾げる。
お嬢様は嬉しそうに両手を顔の前で合わせた。
「結局、お嬢様の着れなくなったお洋服は、まだあるんですよね?」
「はい……流石に全てお直しは出来ませんし、ドレスの形的にリメイクが難しい物も多いので…。二束三文で売る位しか……」
それはそうだろう。
子供の3Lか4L位の服は、売っても買い手がなかなかいない。
売れない物を買い取る店もないが、上等な素材を使っているので一応買い取られる感じだらう。
「丁度いいです!俺に買い取らせて下さい!」
「リ、リオンがお嬢様の洋服を買い取るんですか?」
レナが怪しい目つきでじっとり見つめてくる。
俺は軽くレナにチョップして誤解を解く。
「まずは、お嬢様のいらない服でコサージュを作れるだけ作ってください!一日に何個作れそうかも後で教えて欲しいです」
「コサージュ……ですか?」
「はい。あれが一番コストの割に見栄えもいいですし、使い道もブローチ、髪飾り、ワンポイントと使い勝手が良くて最適です」
「作るのは構いませんが、何に使うのです?」
お嬢様が俺に質問すると、ファリスさんとレナもこちらを見てくる。
「それは、当日まで秘密です」
「そんなぁ!」
「気、気になります」
お嬢様とレナが眉を曲げて腕を上下に振っている。
ファリスさんはもう頭がコサージュの作成に向かっているのだろう。
ぼんやり宙を眺めている。
「それから、第二の協力にお嬢様。好きなお菓子を教えて下さい!」
「お、お菓子ですか?」
益々意味不明という感じでお嬢様がたじろいでいる。
俺は久しぶりにお嬢様の口元を上げると、なんとも言えない達成感に満たされた。
「はい。どんなお菓子が好きですか?出来れば三つ…いや、五つ位教えてください!」
「まさか……今度はわたくしを太らそうと?!」
お嬢様が両腕を抱えてプルプルとしながらこちらを見た。
それを見てレナがお嬢様の前に立ち塞がり両手を広げた。
「い、いくらリオンが相手でも、お嬢様の嫌がる事はさせません!」
「レナ……リオンがそんな事すると思えませんが……」
レナをファリスさんがポンと頭に手を乗せ嗜める。
それもそうか。と呟き三人がこちらを見る。
「これも内緒です」
俺がシーっと人差し指を立てると、お嬢様が更に腕を上下に振った。
「ずるいです!本当にこれで協力なんですの?!」
「勿論です。これが無ければ何も出来ません」
久々にタコ顔になるも、痩せたせいか可愛らしくしか見えない。
俺がメモ帳を取り出し構えると、観念したのか考え始めた。
「そうですね……プリンが最近はお気に入りですの。後はクレープという物もとても美味しかったですわ」
隣でファリスさんとレナも頷いている。
クレープは、ソーセージとチーズを挟んだ物も昼食に出る事があるし、デザートとして出る事もあって、皆から人気も高い。
「私はどら焼きも好きです!」
突然ファリスさんが声を荒げて宣言した。
小豆が見つからなかったので、甘味のある豆で作って貰ったが、白餡っぽい上品な甘味で美味しかった。
「わ、わたしは、余り甘くないクッキーが好きです。あ、甘い物が余り得意ではないので」
確かに甘い物が苦手な人もいるだろう。
貴重な意見だ。
「後は定番ですが、ケーキですわね。やっぱり甘い物を食べると癒されますわ」
よし。こんな物か。
これでなんとかなりそうだ。
「ありがとうございます。これで粗方もう決めないといけない事は決まりましたね。では、私はラントールに行って参ります」
「リオン、説明はそれだけですの?!」
「はい!当日までお預けです。ファリスさん、レナ。コサージュの件でまた夜伺うので宜しくお願いします。後お嬢様!そちらに纏めてある書類に目を通して下さい。補足の書き足しはしてありますが、分からなかった所はマークでも付けておいて下さいね!」
「もう!リオンったら!」
お嬢様のタコ顔を見ながら部屋を後にした。
幼いながら怒っても可愛いとは、末恐ろしい。
俺は久しぶりにトーリヤの背に乗ると、ヨシュアさんの工房を目指した。
着くとヨシュアさんはいつもの作業台で作業していた。
隣ではノアがやすりをかけている。
「こんにちは!」
「…久しぶりだな」
「やっほーリオン」
最近の近況を確認し、問題が無さそうなので本題の説明に入った。
「ほんとにリオンはお嬢様が絡むと張り切るね」
「そうですかね?自分の主人の誕生日ですし、これ位は当然かと?」
「……規模が当然を超えていると思うんだけど?」
「…それで、俺達にして欲しい事はなんだ?」
ヨシュアさんが作業台から汗を拭いながら立ち上がった。
ノアも呆れた顔のままテーブルへ向かう。
「ありがとうございます!」
俺は企画について洗いざらい話し、協力して欲しい事や、教えて欲しい事をドンドンメモして話し合っていく。
商会の書類も目を通して、良さそうな所を見繕ってもらう。
「粗方決まりましたね」
「…まあ、こんなもんだろ」
「じゃあ、あたしが明日アルルゥさんとエルさんとこ行ってくるよ!」
ノアがノートを片しながら立候補してくれた。
流石に自分だけで全て説明をして回れなそうなので、有り難くお願いした。
「では、ジュダスさんの結果を聞いてまた来ますね。ジュダスさんの事ですから、明日明後日にはもう仕事を終わらせてそうですが……」
「…ああ……だろうな……」
ヨシュアさんとノアが苦笑している。
俺も同じ気持ちだ。
「では、帰ります。お邪魔しました!」
「…気を付けろよ」
「気を付けてねー!」
二人の見送りを受け、再びトーリヤに声をかけ背に乗る。
トーリヤは一度頭を振ると、ゆっくりと走り出した。
屋敷に戻り、ファリスさんとレナから報告を受ける。
コサージュを作っていたら、他のメイドが手伝うと言い出してくれたらしい。
ファリスさんとレナは別格で早いが、それでも他のメイドも一日二、三個なら仕事の合間で作れるらしい。
別格の二人とお嬢様は、一日八個から十個作るそうだ。
誕生日まで後三週間程。
これならなんとかなりそうだ。
最後に二人から、Jからドレスも届いたのでお嬢様が渋々レベッカ様とのお茶会を一週間後に伺うと、返事をした事を聞いた。
セント•グウィン
容姿 魔女が実在したらこんなイメージではなかろうか
名前の由来 様々な魔女から
お店の名前 ウェンズデー