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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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美しい少女


 ……なんて美しい少女でしょうか。

 初夏の風に揺れる金の髪は、まるで朝焼けの光を纏ったかの様に艶やかで、毛先にゆくほどゆったりとしたウェーブがかかっています。



 こちらを見つめる薄紫の瞳は、確かに少しキツ目ですが、凛とした意志の強さと知性を感じさせます。

 頬は薔薇色に色付き、ニッコリと微笑まれた上品な笑みは、見る者の目を惹きつけて離しません。



 ほっそりとした華奢な身体は、白いフードのついたロングドレスを纏っています。

 クリストファー様の敬愛する、ライラシア様の母国ナナクーンの物でしょうか。

 腰回りとフードには豪華な見た事のない刺繍が入っています。

 肩周りはフリルの様に波打っていて、そこからほっそりとした白い二の腕が見えました。

 ゴテゴテしたセンスの悪いドレスなど、とんでもありません。

 ナナクーンの衣装なのは間違いありませんが、フリルの袖などはグラングリフでよく見る物です。



 ……これが……あの醜く我儘で横暴なカーミラ様だと?

 何かの間違いに決まっています!

 私が意見を求めようと、クリストファー様とイースレイに目を向ければ、二人とも呆然と目を奪われているではありませんか。



「さあ、こちらにおかけになって下さい。いくら初夏とはいえ、日差しがきつくはございませんか?」



 コロコロと、鈴のなる様な心地よい声が聞こえてきます。

 私達は、狐につままれた様な気分のまま用意された木陰へと足を運びます。


 近くでカーミラお嬢様と思わしき人物に目を向けると、風にのって薔薇の良い香りが彼女から香ってきます。

 今の彼女には、似合いのイメージ通りの香りです。

 侍女に椅子を引かれ、呆然としたままのクリストファー様と彼女がテーブルにつきました。


 私とイースレイも、まだ何か夢でも見ている様な不思議な気持ちのまま、クリストファー様の後ろに控えました。

本当に?彼女が?そう疑念が耐えません。



「改めまして、ようこそ我がシュトラーダ公爵家にいらっしゃいました、クリストファー殿下。どうぞ寛いでいって下さいませ」




 我々は未だ信じられず、言葉を紡ぐ彼女から目が離せません。

 イースレイはいつも無表情の岩の様なのに、顔を赤らめ完全に見惚れています。

 ……気持ちは分かりますが……。


 クリストファー様の美しさに慣れた私でも、彼女の美しさに目を奪われてしまいます。

 それは、どうやら我が主人も同じの様です。

 私は、軽くコホンと咳払い致しました。

 驚いてビクリと肩を揺らしたクリストファー様は、私と目が合うとハッとして姿勢を正しました。



「ほ、本日は、お招き頂きありがとうございます。カーミラ……様……」



 クリストファー様!

 お招きされたのではございません!

 こちらがお伺いを立てたのですよ?!

 カーミラ様は特に気にした様子も無く、侍女に手を上げて微笑むと、クリストファー様の前にパイが運ばれてきました。

 切り分けられた物を、毒味用の皿の上に置くと、模様が出ないのを確認してクリストファー様の前へと運ばれます。



「お口に合うか分かりませんが、我が家の自慢の料理人が腕を奮って下さいましたの。是非感想をお聞かせ下さいませ」



 歌う様に紡がれる言葉はまるで音楽の様です。

 いつまでも聞いていたくなってしまいます。


 クリストファー様は、まだ動揺している様でしたが、侍女に紅茶を勧められ、一口飲んで落ち着いたのか、いつもの優雅な所作で銀のフォークを持ちました。


 ナイフとフォークで取り分けると、香ばしい湯気が立つパイを口に運びます。

 サクリ。とここまで音が聞こえてきました。

 パイを口に入れたクリストファー様の目が驚きに見開かれます。

 まさか毒でも?!



「……これは……ナナクーンの羊パイ……?」



 どうやら毒ではなかった様です。

 しかし、ナナクーンと今クリストファー様は仰いましたか?



「ええ。お聞きしたところ、とてもライラシア様と仲が宜しい様でしたので、きっと食べ慣れているのでないかと思ったのです」

「ええ。お婆様が、たまに料理人に作らせていて、何度か一緒にご馳走になりました」



 クリストファー様が嬉しそうに二口目を口に運びました。

 どうやらパイはナナクーンの伝統料理の羊パイの様です。

 


「それに……カーミラ様のドレスも……お婆様が着ている物に似ています……」

「ええ!こうしてフードがついておりますの。被ると日差しが遮られるでしょう?それに、風が吹いても飛んでいかないんですのよ」



 ふふふとお茶目に笑うお姿の、なんて可憐な事か。

 私は目を奪われたまま、従者である事も忘れ、彼女から視界を外せません。

 クリストファー様を見ると目を伏せ頬が赤くなっておられます。

 あんな間近で微笑みを向けられると、目を伏せたくなる気持ちも分かりますが、いつものクリストファー様らしくありません。



 いつもならば、穏やかな微笑みのまま令嬢のお話しを聞くばかりで、自分から何かお話しする事はございません。

 それが、今日は自分から話しかけているではございませんか。



 これも、カーミラ様がクリストファー様に喜んで頂ける様、ナナクーンの文化を取り入れた成果でございましょう。

 全くもってその手腕も恐れ入ります。


 その後も、いつもは余り会話の弾まないクリストファー様が、それはそれは楽しそうにカーミラ様とお話しをされています。




「まあ!それでクリストファー様はどうなさったの?」

「私は、『そんなにいうなら、二人で競ってみてはどうか。』と言ったのです」

「あら!そこは、『二人まとめてかかってこい!相手にしてくれる!』でも良かったのではございませんか?」



 ……なんと小気味良い。

 カーミラ様は、クリストファー様のお話しを聞くだけでは無く、こうしてみては、など自分のご意見も話される。

 その返しの面白い事。


 他の令嬢とお茶をしても、皆令嬢達は自分の事ばかり話しているというのに……。

 会話のテンポも歯切れ良く、ハキハキと答えるカーミラ様に、あれも聞いて欲しい、これも話したい。

 と、我が主人はここ最近で一番口数が多いのではなかろうか。



「では、クリストファー様、こちらが冷たいお菓子で、こちらは暖かいお菓子ですの。どちらになさいますか?」



 こうして、ただもてなすにしても、相手の意見を聞き、選択肢を与えて選ばせます。

 知らず、二人の行動も似てきた様な気が致します。

 二人がカップを手に取るタイミングなどが一緒なのです。

 ふと、それに気付いたクリストファー様が、はにかむ様に微笑みました。

 あんな照れる様な笑顔は、仕えてから一度も見た事がございません。



「カーミラ様は、商会も立ち上げたと聞きました。色々な才能がお有りなのですね」

「……お恥ずかしい話ですが、私は名前を貸しただけで、何もしておりませんの」



 私は驚いて二度見してしまった。

 そんな事、馬鹿正直に話さなくてもバレはしない。

 どこの貴族もやっている事だ。

 


「……お話し中大変失礼致しますが、お話に加わる事をお許し頂けますでしょうか?」



 すると、一人の使用人が前に出た。

 まだ小さな子供だ。



「許そう」



 クリストファー様は許しを与えて、彼の話しに耳を傾けます。



「確かに、お嬢様は商会の代表ですが、今は教会登録前で、旦那様が代表となっております。商品を開発しているのは他の者ですが、出来た商品の品質を確かめたり、感想を聞かせて下さったり、商会の商品の設置にも携わっております。何もしておられないという事はございません」

「リ、リオンったら……」



 カーミラ様は恥ずかしそうに使用人に眉を吊り上げるも、赤くなった頬のせいか微笑ましくしか見えない。

 リオンと呼ばれた子供は、スッと後ろに下がって行った。

 あんな小さな子供も、カーミラ様を慕っているようだった。



「ご謙遜でしたか。そこまで携わっているなんて、本当に商才がお有りなんですね」



 クリストファー様のお言葉に、カーミラ様は困った様に口を閉ざしました。

 なんて奥ゆかしいのでしょうか。

 




「本当に、噂通りクリストファー殿下は優秀でいらっしゃいますのね。わたくし、自分の不勉強が身にしみましたわ」

「……そんな……私の方こそ、カーミラ様の博識には驚かされました。よく勉強なさっているのですね」

「そんな事ございませんわ!ねえ?やはりクリストファー殿下は人柄も素晴らしいのですね」



 そう言って、私達従者も話しを振って楽しませて下さる。

 なんと視野の広い事でしょう。

 この令嬢の、どこをもって我儘娘などと言えるのでしょうか。

 我儘どころか周りも気遣う……なんて思慮深い方なのでしょう。

 私達は、時間も忘れてお茶会を楽しみました。

 あんなに来るまで憂鬱だったのが、嘘の様です。



「あら、もうこんな時間ですの?」



 侍女に肩を叩かれ、時間を囁かれたカーミラ様がそう言って悲しげな表情を見せました。

 それだけで、私の胸も締め付けられる様な気持ちになります。



「本日は、たくさんの貴重なお話しが聞けて、あっという間に時間が過ぎてしまいましたわ」

「そんな!こちらこそ、こんなに楽しい時間は久しぶりです……」

「では、玄関までお見送り致しますわ」



 カーミラ様はそう言って、白のドレスをはためかせ、薔薇の庭園を颯爽と歩いてゆかれます。

 まるで天上から天使が操っているのでしょうか。

 その背筋は凛と一本筋が通っていて、歩き方の上品な事。

 まだ幼いのに、その姿は未来の王妃を連想させます。


 こんな方が隣に立ってくれたら……。

 いいえ、いけません。

 この方はクリストファー様の婚約者候補です。

 邪な目で見てはいけません。


 私は始めこの屋敷に向かう時に思っていた思いとは、真逆になってしまった自分の気持ちが信じられないくらいです。



 玄関にたどり着くと、カーミラ様は綺麗に包まれた箱を三つ、従者に用意させました。

 先程もずっとついていた、小さな少年です。

 従者でしょうか?こんな美しい主に仕えるとは、あなたも幸せ者ですね。

 少年は箱をクリストファー様に、そして私とイースレイにも差し出しました。



「これは……?」



 クリストファー様が、我々の疑問もカーミラ様に問いかけて下さいました。



「先程お出しした『プリン』ですの。美味しいと仰っていたでしょう?」

「はい……ですが……」



 そう言って、クリストファー様が私達を振り返ります。

 私も、カーミラお嬢様を見つめました。


 カーミラ様は、その美しい薄紫の瞳をこちらに向けます。

 それだけで、私の心は悲鳴を上げ、胸が鷲掴まれた様に苦しくなります。

 この思いはなんでしょうか?



「美味しいという思いを……一人では分かち合えませんでしょう?主人一人が美味しいと言っても、周りの方も食べなければ相槌も打てませんものね。皆で食べた方が作った料理人も喜びますわ」



 ふふふと笑って、私達にお土産を下さいました。

 私は、顔から火が出るのかと思う程に恥ずかしくなりました。

 私はここに来る前、我が主人になんて言ったでしょうか。

 今になって、焼き菓子を返して貰う訳にもいきません。

 クリストファー様もイースレイも、同じ事を思っているのでしょう。

 返事が出来ずに固まってしまいました。



 吃驚して返事をしないのだと思われた様で、先程の少年がクスリと笑いました。

 それを見て、慌てて私達もお礼を申し上げました。



「うちのお嬢様は、お心も美しいでしょう?」



 先程の少年が、まるで大事な宝物を見るかの様にカーミラ様に視線を向け、私に問いかけました。

 こうしてこの子もカーミラ様と何かを分け合っているのでしょうか。

 私は微笑むカーミラ様を遠目で見て、ただ無言で頷きました。



 こうして私達は、シュトラーダ公爵家のお茶会を終えたのです。

 私の手の中には、プリンという物が綺麗に包まれ膝に乗せられています。

 私は、大事にそれを抱えて段々遠ざかるシュトラーダ公爵家を眺めておりました。



「……また……お会いできるだろうか……」



 クリストファー様がポツリと零した言葉に、私は静かに彼女の微笑みを思い出していました。



 

イヴァリス•ドルッセン


歳 いくつに見えますか?

性別 美しさは時として性別など超えるものです。

好きなタイプ 私より美しい人を見かけたら、是非紹介して下さい。

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