オレガノン隊長
「ここがグラングリフ国王の住まう、グレイシーヌ城です。初代グラングリフ王が、水の女神グレイシーヌより守りの加護を頂き築いたとされています」
ここが……。
馬車から見えるグレイシーヌ城は、中世ヨーロッパ風の城だ。
城門では衛兵が数人見えた。
イメージにある通り、長い槍を持っている。
馬車は城門が見えると止まり、ジュダスさんが先に降りると、旦那様の荷物を受け取った。
俺も最後に馬車から降りる。
「私はこれから仕事に行くが、問題を起こさぬ様に」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ、旦那様」
「ライナス様、すぐにそちらに戻ります。何かありましたら遠慮なくお呼び下さい」
俺達は旦那様に挨拶をして別行動だ。
旦那様が見えなくなると、あからさまに不機嫌な顔を隠さないジュダスさんと目が合う。
「では、早速図書高校に……といきたい所ですが、この時間はまだ開いていません」
「何時に開くんですか?」
「十時に開きます。あと二時間程ですね」
ジュダスさんが胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「ではそれまで何処かで暇を潰さないとですね」
「そんな暇があるなら私はライナス様についています。図書庫が開く時間になるまで騒ぎは起こさない様に」
ジュダスさんはそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
城の見取りも教えて貰っていないのだが…。
しかし、ある意味予想通りである。
ジュダスさんが旦那様より俺についている訳がない。
時間潰しに付き合う筈がないのは分かりきっていた事だ。
一応シュトラーダ公爵家の紋章はもらっているので、何か聞かれてもこれを見せれば良い。
俺は目立つ様に、胸に紋章をつける事にした。
さて。どうやって時間を潰したら良いものか。
ジュダスさんからの城の説明だと、東の庭に一般開放されている名王の墓があった筈だ。
それでも見に行こうか。
俺は辺りをキョロキョロ見渡しながら長い廊下を歩いていた。
突き当たった曲がり角を曲がった所で、正面から人にぶつかってしまった。
「す、すみません!」
ぶつかった人は甲冑を着ていた。騎士だろうか。
甲冑を着ていたせいで、ぶつかった鼻はかなり痛い。
俺はぶつかった鼻を押さえながら謝罪する。
「いや、こちらこそすまない。大丈夫かい?」
そう目線を俺に合わせる様しゃがんでくれたのは、体格のいい騎士だった。
旦那様と同じ位の歳だろうか。
中年と呼ぶには少し若い気もする。
伸びた髭や、獅子のたてがみに似た真っ赤に燃えるような髪が、野性味溢れて彼をより魅力的に見せている。
「大丈夫です。こちらこそすみません。大丈夫ですか?」
俺が心配すると、一瞬驚きすぐに大きな口を開けて豪快に笑った。
「あっはっは!大丈夫かと聞かれるとは思わなかった!」
それはそうか…。
こんな鍛えた騎士に、俺の様な子供がぶつかってもよろける事すらないだろう。
「その紋章は…シュトラーダ公爵家の者か?」
「はい。シュトラーダ公爵家当主のライナス様について参りました。使用人のリオンと申します」
「これはこれはご丁寧に。俺はオレガノンと言う。王立騎士団第三独立部隊の隊長をしている」
隊長だったとは。
オレガノン隊長は人懐っこい笑顔で右手を差し出した。
俺はその手を取って挨拶を受ける。
一瞬、オレガノン隊長は怪訝な顔をした様な気がした。
「それで?ここで何を?」
人好きのする笑顔のまま、隊長は髭を撫でつける。
警戒心は感じられない。単純な好奇心だろう。
気のせいだったかな?
さてさて、どう言ったらいいものか。
俺は少し悩んでから、正直に答える事にした。
「お仕えする主人の為に、図書庫にナナクーンについて調べに来たのですが、まだ図書庫が開いていなくて、一緒に来た先輩には放り出されてしまいまして……暇を潰す為、東の名王の墓でも見に行こうかと思っておりました」
俺の回答に、呆気に取られた顔をした隊長は、再び豪快に腹を抱えて笑いだした。
「あっはっはっは!放り出されたか!こんな馬鹿正直に答える奴がいるのかね!」
「……まずかったですかね?」
一頻り笑った後、顔を上げた隊長は、ニカっと笑うと首を振った。
「いや、まずくないさ!それで?どうしてここに?墓は反対だぞ?」
「……迷子……の様ですね……」
隊長は更にクツクツと笑うと、仁王立ちして俺の肩を叩いた。
「よし!俺も付き合うぞ!」
「ええ?!」
隊長がそんな事に付き合っていいのだろうか。
俺が返事をせず困っていると、隊長は俺の背中を押して歩き始めてしまった。
「あ、あの、何処に?」
「暇を潰そうとしていたんだろう?いい所がある」
「いえ!騒ぎを起こすなと言われていますし、隊長の手を煩わせる訳には!」
「まあまあ!ついてきなさい!」
そう言って、無理矢理オレガノン隊長に連れてこられた場所は、訓練場だった。
広さで言うと、一般的な校庭などより広い様だ。
広い訓練場では、至る所で鍛錬に励む人達がいる。
剣を構える者もいれば、槍や盾を構える人もいる。
鍛錬していた若者は、オレガノン隊長に気付くと剣を下ろして敬礼した。
「おはよう御座います!オレガノン隊長!」
「ああ、おはよう。続けていなさい」
皆、隊長の後ろにいる俺が気になっている様で、チラチラと視線が集まる。
隊長は気にせず訓練場を突っ切ると、武器の保管庫を覗き込み、俺に剣を手渡した。
俺は訳が分からず剣を手に取る。
「構えなさい」
「ええ?!あの、俺は騎士ではないのですが?!」
「知っているとも。さあ」
「私は剣など握った事もありません!どうかお許しを!」
俺が必死に懇願するが、オレガノン隊長は自分の剣の握りを確かめていて聞いてくれない。
全く話が通じていない。
どうしてこうなったのだろうか。
俺はナナクーンについて調べる為にやってきたのだ。
まさか、謀反を疑われているのだろうか。
俺は慌てて弁解した。
「オレガノン隊長、私は危ない事など企んでおりません!」
「そうだろうとも。そんな事は疑っていないさ」
「では……!」
「だが、何故だろう?とても君の事が気になる。どんな人間か、何を考えているのか、それは剣を交えれば分かる事だ」
子供相手に無茶言い過ぎだ!
剣を交えたから何が分かるというのだ!
俺は命の危険を感じて周りを見渡す。
与えられたシュトラーダ公爵家の紋章は何も役に立たない。
ジュダスさんも旦那様も、知った顔は誰一人いない。
助けてくれる人も、止めてくれる人もここにはいない。
周りの騎士達は、ただ何があるのだろうと興味のある視線を向けているだけだ。
「さあ、打ち込んできなさい」
オレガノン隊長の周りの空気がシンと静まり返った。
どうやら本気の様だ。
全くもってついていない。
どうしてこんな事になってしまったのか。
どうにも逃げる事も出来そうにない。
俺は迷いに迷って、手渡された剣を手放した。
「ぬ?」
俺が剣を手放したのを、隊長が怪訝な顔で見つめ返した。
「なぜ剣を手放した?」
怒りを孕んだ声は、周りにいた若い騎士達をも威嚇する。
隊長の空気に当てられた騎士達は、身体を硬直させて、俺に哀れみの視線を向けた。
「……持てばそれは人を殺せてしまうからです」
俺は手放した剣を見つめて言葉にする。
武器は人を傷つけ、殺める物だ。
平和な世界で生きてきた俺に、それを持つ覚悟も度胸もない。
逃げられない以上、受けて立つしかない。
だから、俺はただ己の身だけで隊長の前に立つ。
そして、その目を見返して両手は構えず力を抜き、左足だけ下げ重心を落とす。
「……面白い」
オレガノン隊長は剣を構える。
先程までとは空気が変わってしまった。
何か本気にさせる様な事言っただろうか。
素人の俺にも、隊長の気迫が肌を指す様にビリビリと伝わってくる。
「さあ、きなさい」
「俺にそのつもりはありません」
「はっ!ではこちらから行くとしよう」
隊長は、一際高く笑うと、剣を握り直し構えた。
もう一度こちらを見つめる瞳には、先程の笑みも何処にも無い。
隊長は音も無く剣を振り上げた。
やばい、やばい、やばい。
感が鈍ってる上に俺は子供に転生している。
元の身体の様に動かせるかは賭けだ。
走馬灯の様に打ち下ろされる剣がスローモーションの様に見えるのは、完全に俺が死にそうだからではないだろうか。
しかし、前世の身体に染み付いた動きに身体を任せるしかない。
俺は緊張する身体を無理やり脱力させ、振り下ろされようとしている剣だけを見つめる。
剣の先で、燃える様な赤い髪が揺れる。
真っ赤に燃える瞳は、何も映していないかの様にただただ闇の様な黒が見えるだけだ。
『全くあんたは才能ないわね。』
『いやいや、日本一の姉さんに言われても悔しくも何ともないんだけど。』
『こらこら、喧嘩はしてはいけないよ。これはね、相手を叩きのめす為のものじゃない。相手の力を返すものなんだ。自分の身を守る為に使いなさい。』
そう言って、優しく笑う養父の顔が思い浮かぶ。
姉さんが口を尖らせながら、誇らし気に父を見てる。
ああ……あれは……。
リオンになる前の俺だ……。
刹那。
それはほんの一瞬だったと思う。
振り下ろされる剣を持つ右手の関節だけを狙う。
身体を捌くが、予想よりも自分の身体が上手く動かせない。
完全に避け切る事は出来ないだろう。
関節を狙って振り下ろした自分の手刀が、オレガノン隊長の剣を持つ右腕の関節をかすり、剣の軌道が僅かにずれる。
踏み出した足とは逆の足に鋭い痛みが走った。
「………見事!」
ジュダス•バルゼファー
大事な物 当然、ライナス様です。
嫌いな物 非効率的な考え…でしょうか。
好きな食べ物 …なぜそんな事を答えなければならないのですか?
嫌いな食べ物 その質問を答えると私にどの様な得があるのでしょう。答えなさい。