三人の工房長
……や、やっと見えてきた……。
俺は、トーリヤの背から久しぶりに見るウルムナフ工房の煙突を見て、ホッと息を吐いた。
ここまでの時間は思ったよりかからなかったが、緊張のせいか、時間が経っている様に感じた。
「ありがとう、トーリヤ。行ってくるからこの辺りでゆっくりしててくれよな」
ここまで俺の拙い指示を聞いて、乗せてきてくれたトーリヤの鼻筋を撫でる。
気持ちよさそうに目を瞑ったトーリヤは、まるで言葉が分かるかの様に木陰へ移動した。
「お久しぶりです!こんにちは!」
いつもの様建て付けの悪い扉を軽く叩いて中を覗き込む。
すると、そこに見知らぬ若い男性が立っていた。
深い黒紫の長過ぎる前髪のせいで顔が見えない。
ほっそりとした身体は、ローブの様な物を纏っている。
「……君がリオンか……?」
そうですと答え様とした所で、凄い勢いでドタバタと足音が近付いてくる。
ノアかと思ってそちらを向くと、現れたのはそちらも見知らぬ女性だ。
「おい!来たらすぐ呼べっつっただろ!」
女性は姿形からは想像の出来ない口の悪さを披露した。
小柄だがグラマラスな身体つきに、ピンクの長い巻き髪。
顔身体は、完全にリカちゃん人形の親戚だ。
なのに白いTシャツに作業ズボンがチグハグな印象を受ける。
「今呼ぼうと思ったら君が割り込んで来たんじゃないか。その短気な性格、直らないわけ?」
「はぁー?黙ってそうですって言えば話は終わりじゃねーか。お前のその陰険な性格のが直ってねーんじゃねーの?」
……この二人の中身は入れ違っているのではなかろうか。
二人は顔を合わせて睨み合うとフンと、お互い顔を逸らした。
「あー……やっほーリオン。久しぶりだね」
ヒョッコリ二人の後からノアが顔を出したのを見て、人知れず息を吐く。
どう対応していいか困っていたところだ。
俺は改めて二人を見る。
どうやら噂の性格に問題があるが腕が確かな工房の長だろうか?
ノアの後ろから、ヨシュアさんがげんなりした顔で顔を出した。
「…来たか……おい、お前ら。そんなとこで騒いでないで中入れ」
「さあ、リオン入って入って」
ヨシュアさんとノアにそう言われ、見知らぬ二人の前に立つ。
俺がヨシュアさんに視線を向けると、困った様な怒った様ななんとも言えない顔で二人を紹介し始めた。
「…こっちがエルで、こっちがアルルゥだ」
「おい、それは愛称であって名前ではない。言い直してくれ」
「お前そんな気になんなら自分で言やーいーじゃねーか。これだから根暗なヤローは嫌いなんだよ」
ヨシュアさんがこっちと指差したアルルゥさんが、エルと指差された男性に噛み付く。
ヨシュアさんもノアも、慣れているのか二人を止める事なく奥に戻ってしまった。
取り残された俺は、とりあえず二人に自己紹介する。
「初めまして、リオンです。宜しくお願いします。エルさん、アルルゥさん」
俺は先にエルさんに右手を差し出す。
その手をアルルゥさんが取ってブンブンと振った。
「俺が細工師のアルルゥだ。歳は今年30だ。宜しくな、リオン!」
30歳。
俺は見た目お人形のアルルゥさんを見て驚く。
20歳くらいかとか思った……。
「初めまして、僕はエルファーラン。エルでいい。彫金魔具を作ってる彫金師だ」
アルルゥさんの腕を叩いて、エルさんが俺に手を差し出す。
ほっそりした指が俺の手を取る。
「自己紹介も済んだみたいだし、皆こっち来てよー」
「行こうぜ!リオン!」
ノアに呼ばれ、アルルゥさんが俺の手を再び取るとテーブルの丸椅子にドカっと腰を下ろし、隣の椅子を勧めた。
俺も隣に腰掛ける。
「…二人に話したら、面白がってな。手伝ってもいいそうだ。二人の工房はそこそこデカいから、数を作る上でも問題ねぇ。…性格以外はな」
「おい!聞き捨てならねーぞ!」
「こんなのと一緒にされるなんて心外だ。言い直して欲しい」
ノアがゲンナリして、皆に配っていたチーゴ水の水差しを置いた。
「話が進まなくて、リオンが困ってるじゃない。それよりリオン、これ試作品なんだけど、早く見てよ!」
「それよりってなんだよ!」
ノアはアルルゥさんを無視して試作品の瓶を取り出した。
白い高価な瓶と、緑の瓶。
瓶の口部はコルクで止められ、細くなりワインボトルに近い。
中の匂いも確認するが、それぞれ頼んだ物の香りがする。
ドライフラワーも出来ていて、そちらもテーブルに並べられた。
「…マークは出来たのか?」
「はい。このマークにしようとおもってます」
俺は、お嬢様の考えてくれたシュトラーダ公爵の紋章を星に変えた物を書いた紙を取り出す。
「…おい、出来そうか」
ヨシュアさんに紙を渡され、アルルゥさんが紋章をチェックする。
「問題ないぜ。そんな凝った形でもねーしな」
「では、瓶には全て紋章を入れて下さい。瓶の正面に大きく、その後ろにステッカーを貼って下さい」
俺は渡した紙の紋章を瓶に重ねて大きさを説明した。
「…工房は、エルのとこが一番デカいから、エルのとこからの商品が多くなる」
「うちは彫金工房と名乗ってはいるけど、彫金師なのは僕だけだからね。工房の連中は手広く色々作ってるから問題無い」
二人ともヨシュアさんに作り方の説明は受けて、自分の工房でも作ってみたらしい。
試作品を見せて貰ったが、ヨシュアさん達の作った物と変わりなかった。
こうして、ヨシュアさん達が入れ物を主に作り、紋章をアルルゥさんが入れ、エルさんの工房が主に大量生産となった。
人手が足りない時は、この三人で人材を動かしてフォローし合ってくれる様だ。
ヨシュアさんがアルルゥさんとエルさんと意見を出し合っているのを見て、ノアに話しかける。
「随分仲がいいね」
三人の年齢は全員バラバラだが、皆仲が良さそうだ。
ノアが面白くなさそうに呟いた。
「皆父さんが大好きなのよ」
どうやら、父を取られた様で面白くないらしい。
大人びていると思っていたが、やはりまだまだ子供らしい。
その後もリンスを売り出す最終調整をして、質問をし合って問題を取り除いていく。
話がひと段落すると、いつものタイミングの良さでジュダスさんが戻ってきた。
「は?何この顔がいいの」
「……ジュダスと申します。以後お見知り置きを」
ジュダスさんの顔を見たアルルゥさんが、ジュダスさんを立膝ついたまま柄悪く親指で指す。
ジュダスさんは、いつもの貼り付けた様な笑顔で対応していたが、エルさんを見て顔色を変えた。
「久しぶりだね。ジュダス」
「エルファーラン……」
どうやらここは知り合いらしい。
そういえば年頃が同じ位だ。
しかし、ジュダスさんの顔色を変える事の出来るエルさんって……。
「なぜあなたがここに?」
「さぁ?なんでかは、君程優秀なら言わなくても分かるんじゃない?」
二人とも笑顔なのに周りの空気はドンドン冷えていく様だ。
アルルゥさんが面白そうに二人をキラキラした瞳で見て、お酒をヨシュアさんに強請っている。
「んだよ、二人って知り合いな訳?」
「類は友を呼ぶというか、顔がいい人って集まるのかしらね?」
ノアがアルルゥさんの隣に座って様子を伺っている。
顔が見えないが、エルさんも美形らしい。
流石乙女ゲームの世界だ。
俺も恩恵に預かれるのだろうか。
アルルゥさんの質問に答えたくないのか、ジュダスさんはニッコリ笑ったまま口を開かない。
その様子を見たエルさんは、ニヤッと笑うと皆に説明をしてくれた。
ジュダスさんを困らせたいらしい。
「魔術学校の同期なんだよ、僕等」
「へー、お貴族様かよ」
所作が美しいとは思っていたが、やっぱりジュダスさんも貴族だったらしい。
従者は本来貴族がなるものだ。
という事は、エルさんもそうなのだろうか。
「まだライナス様の後を犬の様に追っかけてるの?ジュダス」
「………………」
な、なんて命知らずな。
思わずピキーンと、空気が凍る様な冷気がジュダスさんから溢れ出す。
「……君には関係ないでしょう?……さぁ、無駄話は終わりです。仕事の話をしましょう」
ジュダスさんは強引に話を終わらせると、羊皮紙を取り出した。
もっと話しを聞きたいが、絶対に答えてくれないだろう。
「話がまとまった様なので、契約しましょう。アルルゥさん、エルファーラン、サインを」
ジュダスさんは二人の前に羊皮紙を置き、皆に報告を始めた。
「先程、商品で余る果実の取り引き先が決まり、縁有って油の取り引き先も決まりました。これで安定して商品を作成する事が出来ます」
どうやら、セントさんの息子さんとも取り引きを終えてきたらしい。
セントさんもついて行ったので、話が早く纏まった様だ。
「レモリやオランジの取り引き先と、ミント、ローズマリーの仕入れ先、塩の仕入れ先もこちらに書かれていますので、後で皆さんサインをして下さい」
手際良くジュダスさんは羊皮紙を配り、契約を交わしていく。
持っていた羊皮紙が全て無くなると、最後に説明があった。
「これで、契約は全て完了しました。店の開店に向けて、商品を作り始めて下さい。おそらく、王都の開店はニ週間から三週間の間になると思われます。それまでにどれくらい作成出来そうかも知らせて下さい。王都の店の売り上げを見つつ、ラントールにも支店を作ろうと思っています。そちらは夏の終わり頃を目指しています」
「おいおい、すげー忙しいじゃねーか」
「それでも、皆さんの工房の状況と合わせても手は回るはずです。最悪エルファーランになんとかしてもらいましょう」
ジュダスさんのニッコリ笑顔を受けて、エルさんがそれはそれは嫌な顔をした様に見えた。
なぜなら表情は見えないので、俺の予想だ。
こうして、やっとお金を稼ぐ道筋が見えてきた。
後は一週間後の求人面接だ。