商業連盟仮登録
「さて、リオン。今日決める事は決めてありますか?」
「商会の名前ですよね?」
「そうです。どうなんですか?」
「決まってます。旦那様が何ていうかは分かりませんが……」
「何にしたのですか?」
二人の視線を受けて、言い淀む。
この、名前を決めるという行為は、人前で着替える位の羞恥なんだが、俺だけだろうか?
ダサいとかセンスがないとか思われるんじゃないかと、ビクビクする。
「どうしたんです?まさか決まっていないんですか?」
なかなか言い出さない俺に痺れを切らしたジュダスさんが、不穏な視線を投げかける。
ファリスさんは心配そうに俺を見た。
「決まっているんですが……その……恥ずかしくて……」
「そんな恥ずかしい名前をつけたんですか?」
「いいえ!そんな事はないです!」
「では早く言いなさい」
「……カーミラお嬢様とシュトラーダ公爵家からとって、ミラーダ商会にしようと思っているのですが……」
俺は恐る恐る二人の反応を伺う。
俺が答えると、ファリスさんは目を輝かせて感想を聞かせてくれた。
「素敵です!お嬢様の喜ぶ顔が見える様です!」
「……悪くありませんね」
俺はホッと息を吐いた。
「旦那様がカーミラ様に説明をしているはずですが、まだ教会に登録のないカーミラ様とリオンは、正式に連盟に登録する事は出来ません」
「そうなんですか?!」
俺は驚いて少し大きな声が出てしまった。
色々準備を進めてきたのに、登録出来ないではどうなるのだろうか?
でも、そんな無駄な事を旦那様とジュダスさんがすると思えない。
「例えば商会を親子が立ち上げたとします。子供は教会登録を済ませていません。そして、二人は他に血縁がいません。そんな中代表の親が死にました。その商会はどうなりますか?」
「……子供が一時的に引き継ぐ?」
「その通りです。その為、教会の登録を済ませていない子供でも仮登録を行う事ができます。これは教会で登録すると、自動的に本契約に変わります」
なるほど。
確かに、登録の済ませていない子供が契約できないのはシステム上痛過ぎる。
問題なくいきそうで安心だ。
「それから店舗ですが、ライナス様が王都中心街に一店舗買い取った様です。場所はクーデルカ通りです」
中心街に買い取った……。
それもクーデルカ通りといったら、貴族街の高級店が並ぶ噴水広場の近くだ。
周りには、洋服店や装飾品店が多い。
俺とファリスさんは、かかった金額を想像して顔が引き攣った。
気を取り直して、俺はメモ帳に目を通して、気になった事を質問して行く。
「そういえば、求人の張り出しについてはどうなりましたか?」
「旦那様から商業連盟に話しは通してあるそうです。行ってから、場所がどう確保されているのか確認する手筈になっています」
最早、旦那様とジュダスさんには愚問だったと、質問した後に後悔した。
この二人が、言ったことをやっていないなんて事はない。
すぐ張り出せるかどうかも、着いてから説明を受けた方が良さそうだ。
なので、賃金の相談と、面接の日取りだけ決めてもらった。
相場によると、一般は一日大紫硬貨6枚という所だそうだ。
俺は、高級店で接客に高い質を求める事からも、一日小青銀貨1枚の許可を貰った。
見習いの場合は、売り場には出れないので、雑用が主な仕事だ。
年齢的に、帰宅時間をかなり早めに設定し大紫硬貨1枚
で募集をかける事が決まった。
少し安いかもしれないが、今後この店に就職も出来るので、安すぎると言う事はないだろう。
ちなみに、昼食は商会で出る。賄い付きだ。
面接の日取りは、ヨシュアさん達の話がどうなったか話を聞いた後が良いという事で、二週間後に決まった。
色々話を細かい所まで決めていると、あっという間に目的の場所に到着した。
ゆっくり馬車が止まり、ジュダスさんが先に降りて旦那様の元へ向かう。
俺とファリスさんも、後を追って馬車を降りた。
馬車を降りると、御者は駐車場の様なものがあるらしく、建物の裏の方へと走り去って行った。
ファリスさんは、サイネルさんに抱き上げ降ろして貰ったお嬢様に駆け寄った。
華奢なのに、ぽっちゃりしたお嬢様をいとも簡単に抱き上げたサイネルさんが羨ましい。
俺も筋トレをサボらず続けなければ。
見上げた商業連盟は、かなり大きい建物だった。
区役所や市役所のような雰囲気が近い。
大きな扉は開け放たれていて、多くの人々が出たり入ったりしている。
旦那様を先頭に、中へと入って行く。
予想通り一階は受け付けの様で、早い時間にも関わらず人でごった返していた。
中に入ると、旦那様は右奥の階段へ向かう。
俺達は慌てて旦那様の後を追った。
階段を上がると、一階の半分位に人が減った。
二階には、受け付けが一階と同じ様に設置されていて、壁際にはベンチが置かれていた。
お嬢様がキョロキョロと周りを物珍しそうに見渡している。
旦那様は二階も通り過ぎて、更に階段を登った。
三階のフロアに辿り着くと、受け付けの窓口は三つに減っている。
ベンチではなくソファが等間隔に置かれ、広い応接室の様な雰囲気だ。
ソファには数人が座って待っている。
待っている人達は、皆一様に身なりが良い。
ジュダスさんが受け付けで何か一言二言話すと、受け付けの女性は丁寧な所作で、階段を手のひらで示した。
それを見て、旦那様を先頭にまた一階を登る。
四階だ。
緩やかとは言え階段である。
お嬢様が息を切らしているのを見て、ノヴァクさんが手を貸そうとするが、お嬢様は首を振って断った。
ファリスさんが心配そうに付き添っている。
四階に辿り着くと、吸血鬼に似た雰囲気の、くまの深い男性がフロアの入り口に立っていた。
長い髪は一つに纏められ、服装は華美ではないが上等な物だった。
男性は、俺達に気付く左手に胸を当て礼を取る。
「お久しぶりです。お待ちしておりました、シュトラーダ公爵。お部屋にご案内します。こちらへどうぞ」
「久しぶりだな。用意は出来ているか?」
「はい。整っております」
男性は、旦那様と挨拶を交わし、奥へと案内を始める。
四階は主に個室の様だ。
長い廊下には扉がいくつも見える。
一番奥の扉へ男性が入ると、中では二人の女性が並んで立っていた。
俺達が入ると慌てる様子もなく、綺麗な所作で頭を下げて、下がって行った。
案内してくれた男性は、旦那様とカーミラ様に皮張りのソファを勧めた。
中は、今までとは別格の調度品に囲まれた豪華な部屋だった。
旦那様とお嬢様がソファに座ると、先程の女性がお茶を運んできた。
ノヴァクさんとサイネルさんはソファの後ろに、俺とファリスさんは扉のすぐ前で姿勢を正した。
「それでは、改めましてシュトラーダ公爵。お久しぶりです。カーミラお嬢様、初めまして。私は商業連盟会長をしております、カリオス•クーガーと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
カリオスと名乗った会長は、改めて二人に礼を取った。
会長だったらしい男性は、どうやら旦那様とは知り合いの様だ。
カリオス会長の挨拶を受け、お嬢様がそれに返す。
「初めまして、カリオス会長。どうぞ宜しく頼みます」
カリオス会長は、くまのある目を見開く。
……こんな所まで、我儘お嬢様の噂が及んでいるのだろうか……。
今日既に似た反応をノヴァクさんとサイネルさんに見た俺は、心の中で苦笑いを浮かべた。
「では、本日は教会未登録者のカーミラ様ともう一人の仮登録で宜しいでしょうか?」
「ああ。それで構わない。リオン、こちらに来なさい」
「お父様は登録なさらないの?」
「私はもう済ませている」
お嬢様が嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
お嬢様の仕草も上品になってきている。
俺は二人の側に移動する。
お嬢様の隣に立つと、お嬢様が座った位置を寄せてスペースを作ってくれた。
俺が遠慮すると、旦那様が座れと手でソファを指した。
俺はそっとお嬢様の隣に座る。
「それでは早速始めましょう。まずは個人の登録を行います」
カリオス会長は、そう言うと複雑な形の水晶を取り出し、ソファの前のローテーブルに置いた。
よく見ると正二十面体のようだ。
お嬢様がうっとりと水晶を見ている。
「この水晶に触れてください。本来魔具とは魔力が発現していないと使えません。ですが、この水晶は生まれた時に誰もが持っている、僅かな魔力にも反応する様に作られた魔力を登録する魔具です。魔力行使しなくても、魔力を登録する事が出来ます。制御具は外さなくても結構です」
旦那様が優しく頷くと、お嬢様は恐る恐る水晶に触れる。
触れると、水晶は一瞬淡い光を放った。
淡い光はフワフワと宙に漂い、真っ直ぐ空へと消えて行った。
「これで登録は完了です」
「まあ!あっという間だわ!」
お嬢様が光の消えた方から、興奮気味に旦那様に視線を変えた。
旦那様がお嬢様の頭を撫でながら説明した。
「これで教会に登録されれば、教会と商業連盟の二重登録で本契約に切り替わる。さあ、次はリオンだ」
「は、はい」
どう見ても魔具だ。
始めての魔法の道具を使うと思うと、興奮と期待に胸が高揚する。
「同じ様に、水晶に触れて下さい」
「はい」
俺はそっと水晶に触れた。
少しヒヤッと冷たい感触がする。
至って普通の水晶だ。
しかし、俺が触れても何も起こらない。
もう一度手を離し、また触れる。
お嬢様の時の様に淡く光る事もなく、水晶はただそこに変わらずあるだけだ。
「おかしいですね?」
カリオス会長が首を捻って水晶を手に取る。
何も問題がない事を確認して、元の場所に戻す。
「何もおかしいところは無いですね。もう一度手を置いて下さい。」
「は、はい」
俺はもう一度水晶に触れた。
やはり何も起こらない。
なんだろうか。もしや俺が転生者だからとか関係あるのだろうか。
もしくは、なんか変なスキルをこっそり持ってて引っかかってるとか……。
それかまさか、壊した?!
弁償にいくらかかるんだろうか……。
魔具っていくら位するんだ?
絶対安いはずがない……。
冷や汗が止まらなくなってきた……。
青い顔をしたお嬢様が、心配そうに覗き込む。
「リオン、大丈夫?顔色が悪いわ」
お嬢様はそう言ってハンカチで俺の額の汗を拭く。
お嬢様にまで心配されてしまった、どうしたらいいんだろうか。
俺がそう困っていると、水晶は鈍いながらも光を発した。
お嬢様の時と同じ様に光は宙に舞い、そして消えていった。
よ……良かった……。
「壊れたのかと思いましたが、問題なかった様ですね」
カリオス会長がホッとした顔で水晶を確認する。
俺もホッとしていると、カリオス会長はにこやかに水晶をしまった。
登録を完了させ、俺はお嬢様に視線を向ける。
お嬢様も嬉しそうにこちらを見ていた。
「これで二人とも仮登録は完了です。それでは、次に商会の登録に入りましょう」
そう言ってカリオス会長は、ローテーブルの上に羊皮紙と、インク付きのペンをそっと置いた。
「商会の名前は決まっていますか?」
「は、はい」
俺の言葉にお嬢様を始め、旦那様も視線を向けた。
恥ずかしいが、ジュダスさんがOKしたなら大丈夫だろう……。
「お嬢様のお名前と、公爵家の名前をとって、『ミラーダ商会』にしようかと思っています……」
「まあ!素敵!」
お嬢様が手を合わせて喜んでくれた。
旦那様も頷いているので問題無いのだろう。
「それではミラーダ商会として登録します。代表をカーミラ様にとのお話しでしたが、まだ教会未登録の為、登録が済むまでは、公爵が代表で宜しいでしょうか?」
「それで構わない」
旦那様は置かれたペンで商会の名前と、自分の名前を羊皮紙に書いていく。
書いた文字はキラキラと光り、光った側から消えていく。
まるでマジックの様だ。
描き終わったらしくペンを置くと、羊皮紙には何も書かれていなかった。
カリオス会長は羊皮紙を手に持つと、確認をしてから自分も名前を書き込んだ。
すると、羊皮紙はキラキラと氷のように結晶化して、音もなくサラサラと砕け空気に溶けた。
その光景は、異世界転生を一番強く感じた瞬間だった。
「これで商会の登録も完了致しました。マネーカードはどうしますか?」
マネーカードとは、もしやギルドカードじゃないだろうか。
異世界転生した者は必ず持っているという、お金がいくらでも入るというやつではなかろうか。
「マネーカードとは、通貨をしまっておく魔具だ。仕入れに掛かる金、商品を売った金、自分が買った金。大金が動くから、いちいち硬貨や銀貨を持ち歩いていては大変だろう。本人以外には取り出せない様になっていて、盗難に合う心配もない。優れ物だ」
やはりギルドカードだ。
確かにジュダスさんが通貨の説明の時に、大青銀貨1枚持っていただけでも、俺は怖かった……。
「勿論魔具なので、ただという訳にはいきませんが、如何なさいますか?」
それは、そんな便利な物がただな訳ないだろう。
羨ましいが、早くお金を貯めて入手しよう。
そう思ったが、旦那様は全く悩む様子もなく言った。
「三つ貰おう」
なんて事ない様子で三つ頼む旦那様を見る。
お金を無限にしまっておける魔具とか……。
絶対物凄く高価だ……。
旦那様は、強いて慌てる様子もなく続ける。
「大金を持ち歩いていては危な過ぎるし、非効率的だ」
……まぁ、一理はあるが……。
非効率的なのは俺も理解出来るが、値段が気になってそれどころではない。
「では三つご用意いたします。こちらも僅かな魔力に反応する様作られた物で、商業連盟でしか手に入りません。連盟に登録、仮登録をしていれば使うことが出来ます。紛失した際は、こちらで再度購入なさって下さい」
ここでしか手に入らないという事は、ここで作っていると言う事か。
専売特許みたいな物だろうか。
「ジュダス、リオン、お前達も取りなさい」
「私もですか?!」
ジュダスさんが驚いた声をあげる。
どうやら、旦那様とお嬢様と俺の分だと思っていたらしい。
こんなに驚いているジュダスさんは見たことが無い。
俺の視線に気付いたのか、気まずそうに目を逸らした。
「お前はリオンに付き合って商会に関わる事が多くなる。持っていなさい」
「あ……ありがとうございます……」
気付かれない様にしているが、ジュダスさんはかなり嬉しそうだ。
多分、旦那様から贈られたのが嬉しいのだろう。
生暖かい目で見ていると、いつもの腹の底が見えないニッコリ笑顔で返された。
これ以上見ていると後が怖い。
俺はそっと視線を逸らした。
俺達は旦那様からマネーカードを貰い、お嬢様がカードに先程のインクで名前を書いた。
書いた名前はやはりキラキラ光って消えてしまった。
俺はもお嬢様からペンを受け取り同じ様に書いた。
これで俺もカード持ちだ。
とても嬉しいが、ジュダスさんの方が嬉しそうだ。
カリオスさんはインクつきのペンを仕舞い、座り直した。
旦那様はお茶をソーサーに置き、カリオス会長に質問した。
「求人スペースの確保はどうなっている?」
「一階の入り口横に確保しました。ご案内します」
カリオスさんが立ち上がり、俺達も彼を追って部屋を出る。
廊下に出ると、並んで歩いていたカリオス会長が旦那様にスペースの質問をする。
「まだ場所の取り付けをしただけです。何か注意点などありますか?」
旦那様はジュダスさんに目線を配る。
ジュダスさんはスッと後ろにつくと、いくつか注意点を説明してくれた。
誰でもご利用下さい。や、張り出した物は持ち出さないで下さい。など。
利用に当たっての注意点をスペースに記載するのが良いという事で決まった。
是非求人を出して行って欲しいという事なので、早速二件用意した求人を渡した。
用意しておいて良かった。
一階の用意されたスペースは、一メートル四方位のホワイトボードのスペースだった。
そんなに目立つ位置ではないが、目につかないというほどでもない。
浸透すれば受け付けに並ぶ列も阻害しないいい位置だと思われた。
カリオスさんは早速渡した求人を張り付けてくれた。
「今日は助かった、カリオス。また何かあった時は宜しく頼む」
「とんでもございません。こちらこそ、何かあった時は遠慮なく申し付けて下さい」
カリオスさんと旦那様は軽く握手をすると、見送りを受けて連盟を後にした。
何処かへ場所を移していた馬車だが、俺達が連盟を出ると戻ってきていた。
俺達は来た時と同じ様に二つの馬車に別れて、屋敷へと戻った。
俺は帰りの馬車では、窓から見える店や人を観察しながら帰った。