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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
26/72

リンス企画


「へー……その材料でこんな物が出来るんだ……」



 ノアは、俺の持って来たリンスの瓶を覗き込みながら呟く。

 商品名は長くて覚えにくいので、リンスにする事にした。

 ノアは、チラっと俺の髪を見て、ニンマリと笑った。



「ねえ、あたしも試していい?」

「…おい、後にしろ」

「分かってるわよ!それで?材料は分かったけど、いくらで売るの?」



 ノアがヨシュアさんの隣に腰掛けて頬杖をつく。

 ヨシュアさんは暑苦しそうにノアから少し距離をとった。



「このミントと、ローズマリーとレモリ、オランジは小青銀貨3枚で売ろうと思ってる」

「小青銀貨3枚?!」

「…貴族相手なら妥当なとこだろ……」



 ノアはとても驚いているが、ヨシュアさんは大して驚く事も無く先を促した。

 ジュダスさんは、話し合いが始まると何処かへ行ってしまった。



「ミントとローズマリーは、今はドライハーブにしてから香り付けしてる。一週間して香りがついたら中のハーブは抜いて下さい。注意点はオイルにしっかりハーブが浸かっていないとカビちゃいます。美容品なので気を付けて下さい。その内精油にしてからも試したいけど、今はまだそこまでの段階に辿り着いてないんです」

「ドライフラワーってこの中の花?」

「そう。一週間位逆さまに干しておくだけ。花の花弁を丸みを持たせたまま残すやり方もあるんだけど、それは別の商品にしようかと思ってる」



 俺が考えているのは、ドライフラワーのポプリだ。

 形が綺麗に残る様に残すやり方がある。

 この街の特産品の花を使って、売り出すのも良いなと思っている。



「次にレモリとオランジのリンスの作り方。圧縮法って言って、皮を絞った時に出る液体だけで済むから、その日に出来る。簡単だし香りも強い」



 俺はレモリのリンスの瓶の蓋を開け、二人に嗅いで貰う。



「……!レモリの匂いがする」



 ノアが瓶の中身を嗅いで楽しそうに笑う。



「この時、中の果肉が無駄になるから、それは食品工房に頼んで、加工して売り出したいと思ってます」



 俺は瓶の蓋を閉めながら、果肉で何か売れそうな物を作れないか考える。

 需要がありそうだと果肉ゴロゴロジャムとかどうだろうか。

 忘れない内にメモっておこう。

 


「あと、最後に中青銀貨1枚で薔薇のリンスも作るんだけど、香りは花弁を圧縮法で絞った液体で付けるんだ。だから大量に薔薇が必要で高額になる」

「中青銀貨1枚…。お貴族様ってば、あたし達とは違う世界で生きてるみたいね」



 ノアがガックリとテーブルに突っ伏す。

 そんなノアをヨシュアさんが小突いた。



「…そのお貴族が高い金払ってくれてるから、俺らだって食っていけるんだろ」

「ま、それはそうなんだけどさ……」



 唇を尖らせて項垂れたノアは、納得した様な、納得したくない様な表情だ。

 気持ちは分かる。

 このままこのオリーブオイルにニクニンと赤唐辛子でも漬け込めば、いいハーブオイルとして肉なんかが焼けそうである。

 この世界にハーブオイルなる物はないが。

 そんな物が前世でいうと所の百万円……。

 ノアの気持ちは痛い程分かる。


「後は材料の仕入れ先ですね。出来れば情報秘匿の為に、オリーブオイルだけは一箇所で買わない方がいいと思ってるんだ。かといって、王都から離れた場所から買い付けると、運ぶ時間もお金もかかるし、ここが今のところ一番の問題だな」

「南の森で油の取れる実を探してみるとか?」

「いい案だけど、そんなにすぐ見つかるかな?量も大量に必要になるし、そんな簡単にはいかないと思うんだけど」

「…見つかるまでは数店舗から買い付けるしかないだろう」

「今のところそれが最善ですね。レモリとオランジの仕入れ先は、ジュダスさんと相談してみます」



 俺はジュダスさんに相談する案件として丸をつける。

 出来ればこの辺りに、見向きもされない種子があって放置されてる、ってのが理想だけど……。

 俺が考え込んでいると、ノアが人差し指を顎につけて首を傾げる。



「ただ、作るにしてもあたし達二人じゃ全然人手が足りないよ?どうするの?」

「それなんですけど、ヨシュアさん、いい工房知ってませんか?」



 これは、始めから考えていた戦法だ。

 皆も、覚えがないだろうか。

 噂で聞く話は信じられなくても、親友が話した同じ話なら、信じる事が出来るという事が。

 親友という訳ではないが、ヨシュアさん親子は、俺がその行動や言動で信用した人物だ。

 その二人が勧めるならば、俺はそれより勝る物はなかなかないと思っている。



「…随分俺達を買っている様だが……そうだな……ケンカっ早いが腕の立つ細工師の工房と、根暗で陰険なヤローだが、仕事が早くて的確な彫金師の工房なら心当たりがある」

「ああ……あの二人のとこか……」



 ノアがゲッソリした顔で相槌を打ったが、反対しない所を見ると、腕は確かな様だ。

 随分と散々な言い様だが、ノアもその二人の性格には同意見らしい。

 大丈夫だろうか……。


 しかし聞き捨てならない事を言っていた。

 今彫金師と聞こえた気がする。

 


「彫金師……?ってなんですか?」

「彫金師は彫金師よ?魔具を作ってる人よ。」



 魔具!

 俺はメイベル先生から魔術や魔具の事を聞いた時の様に、心が弾む。

 


「不勉強で申し訳ないんですが、どんな物なんですか?」

「…魔具ってのは扱う者の力量で呼び名が変わる。一般的に魔力の殆どない物でも使えるのが魔具。魔力がそこそこないと扱えない宝具。最後にとんでもねー魔力じゃないと扱えない神具って三種類に別れる。効果は色々だ」


おお、勉強で習った通りだ。


「その内の魔力が殆どない人でも使える魔具は、どんな物でも一律魔具っていうからね。魔具の素材を職の名前に当ててる人が多いのよ」



 なるほど。

 それにしても、宝具とか神具とか…。

 一度でいいからお目にかかりたい。



「二人は、何か持ってるんですか?」

「…いつも俺が使ってるハンマーは魔具だ。少しの力で石が砕けるように出来てる」



 なんと。

 既に魔具を使う所は見ていたらしい。

 特に使った時、エフェクトがつく訳ではないから、説明されなければ分からなかった。

 俺が気付かない内に、魔具に出会っている可能性は高そうだ。

 俺が物珍しそうに作業場を眺めていると、ヨシュアさんがチョイチョイと手招きする。

 近付くと、ハンマーを手渡してくれた。



「…この石を叩いてみろ」



 俺はヨシュアさんが手渡したハンマーを貰うと、作業台に置かれた石を叩く。

 俺の力ではただ石が鳴っただけだった。

 それを見て、今度はいつもヨシュアさんが使っている金のハンマーを手渡される。

 俺が憧れに目を細めてハンマーを握りしめる。

 先程と同じ様に、石にハンマーを打ち下ろす。

 少しだけ欠けた様な気もする。


「………………」

「……欠けた様な気もしますね……」

「…お前はまだ教会未登録だから、効果が出にくいんだろ。それでもただのハンマーよりは仕事が早い」



 俺はお礼を言ってハンマーを返す。

 ヨシュアさんはハンマーを受け取ると、話を元に戻した。



「…ただ、食品関係の知り合いはいねーな」

「そこはジュダスさんに相談してみます。その細工師さんと、彫金師さんに話を通してもらってもいいですか?」

「…あいつらがいいっていうかは分からんが、話しはしといてやる」

「ありがとうございます!」



 俺は思いつく事、聞いた話などメモしながら頭を整理する。



「後、必ず買ってもらった人に説明をしたいんです。使う前に瓶を振る事。合わなかった場合使うのをやめて欲しいのと、目に入ったら洗い流して、異常があった場合は速やかに医師の判断を仰ぐ事」

「先にクレーム処理する感じだね」



 この世界には取説、取扱説明書はない。

 口頭で説明されるか、先に買った人に聞くかだ。



「前もって注意点を知ってもらった方が、買ったお客様がその時に対処しやすい。ほんとはシールで瓶の裏に貼れるといいんだけど…シールってある?」

「シール?貼るっていうと、ステッカーみたいな物かな?」



 どうやらあるらしい。

 


「そう!ステッカーを瓶の裏に貼って、そのステッカーに注意点を書いておくんだ。そうすれば、売る時に従業員が説明する必要がなくなるから、その分何人も対応出来る様になる」



 売る時に、後ろのステッカーを見てから使って下さい。で済む訳だ。

 売る方も、一から十説明していたら時間がかかる。



「それだけだと、問題が起こった時の事しか聞いてないし、もっと商品のいい所とか書いたら?」

「それなら、この商品に入っている物とか、香りの特徴とか書いたらどうかな?」

「それいいわね!」



 サクサクと内容が決まっていく。

 前世の知識がほとんどだが、ノアの着眼点も素晴らしい。

 次々問題を指摘してくれるし、提案をしてくれる。



「そんなに高額なら、入れ物にも拘りたいわ。なんか良い案ないの?」

「うーん。オリーブオイルが日に当たると酸化しやすいから、中が透けない物がいいね」

「……………」



 ノアの話を聞いたヨシュアさんは、おもむろに立ち上がると、ろくろの裏の棚を漁り始めた。

 すると、一つ焼き物を持って戻ってきた。

 ヨシュアさんが持ってきたのは、真っ白に輝く陶器だ。



「…薔薇のリンスってやつは、この陶器に入れたらどうだ」

「父さん!ナイスアイデア!リオン、これはね、うちの工房でも高値で売れてる陶器なの。主に貴族様達が買っていくんだよ」



 ノアの言う通り、真っ白な陶器は艶やかで高級感がある。

 薔薇をこの陶器に、と言ったのは、他の物と差別化する為だろう。

 確かに高額商品を入れるのに相応しい美しさだ。



「ヨシュアさん、これ沢山作れますか?」

「…少し時間はかかるが難しくはない」

「是非この入れ物でお願いします!」

「…形はどうする?」

「形も重要なんですが、陶器に模様を入れたりできますか?もしくは、模様を陶器に書く方法や、削って彫る方法でも構いません」

「模様?」



 俺は、よく転生物語で見る異世界商品の事を思い出す。

 確か、皆は自分達が作った物を、後から出回る商品と一目で違いが分かる様に、商会の模様や、工房のマークを商品につけていた。

 ここはテンプレに沿うのが宜しいだろう。

 俺は模様をつける意図を説明していく。



「…あいつの方が得意そうだが……模様と形を考えておけ」

「はい!」

「…薔薇以外のリンスは、この辺でどうだ?」



 ヨシュアさんが、茶色や緑、青などの陶器を差し出す。

 どれも色鮮やかで綺麗だ。



「どれも作る費用や時間は同じなんですか?」

「…茶色と緑は変わらん。青いのは少し二つに比べて時間も金もかかる」

「なら、ハーブのミントとローズマリーは茶色。レモリやオランジの皮は緑にしたらどうでしょう。作る時に分かりやすいかと。」

「リオンあったまいい」



 ノアがパチンと指を鳴らして自分のノートにメモっている。

 


「形は実用性重視がいいと思います。使う時、髪の長さによって入れる量が変わりますから、注ぎやすい口がいいと思います」

「…考えておこう」

「リンスについては粗方まとまりましたね」




 俺はメモ帳を見返して、一つ伸びをする。

 ノアが丁度いいタイミングでチーゴ水を運んで来てくれた。

 気が利く子だ。


 一息ついていると、工房の扉が開いた。

 そちらに顔を向けると、ジュダスさんが入ってくる所だった。

 いつも思うが、やはり何処かからこちらを見ているんではなかろうか。

 疑わずにいられない程タイミングがいい。



「こんにちは。どうですか?お話しは進みましたか?」

「はい。とりあえず作り方の説明なんかは終わりました」



 俺は、決まった事をジュダスさんに報告していく。

 まず、このウルムナフ工房を筆頭に、二件ヨシュアさんが工房に声をかけてくれる事。

 リンスの入れ物、注意点と商品説明のステッカー、商会のマークを入れる事。


 ジュダスさんへの相談は、リンスを作る為の材料の発注先だ。

 特に、秘匿したいオイルの取り引き先について悩んでいる事を伝えた。

 一番先に手を打ちたいのは、レモリとオランジの果肉を使った食品をどうするかだ。

 作る上で必ず出るものだし、卸すには衛生上よろしくないし、捨てるには勿体無い。

 俺は、レモリやオランジでジャムを作ろうとしている事。

 そして、それを頼む工房の条件をジュダスさんに伝え、探して貰えるようお願いした。

 


 そして、話がひと段落つくと、ジュダスさんはウルムナフ親子に向き合って、今後の支持を出した。



「では皆さん。大分話がまとまってきた様なので、ウルムナフ親子は早速手順に沿って商品を作ってみて下さい。とりあえず試作品として、リオンのいうシンボルはつけなくて結構です。それを作るのにかかった陶器の原価と、作るまでにかかった時間もまとめておいて下さい」



 ノアがチーゴ水を飲みながら、ペンを走らせ頷く。



「リオンは速やかに商会の名前とシンボルを考えて下さい。シュトラーダ公爵に報告に行った所、明後日、商業連盟に登録に行く時間が取れる事になりました。ここまでで、何か質問はありますか?」



 どうやら旦那様の所に行っていたらしい。

 工房が決まるまで調整を待っていてくれたのだろう。

 商業連盟への登録に向かう日程調整の仕事が早すぎる。


 俺達が首を振り、ジュダスさんは持っていた手帳を閉じると一人一人を見回した。



「これからリンスを売り出す事によって、シュトラーダ領は大いに潤う事になるでしょう。冬の建国記念までに、軌道に乗せられる様、各自それを念頭に行動して下さい」



 ジュダスさんの話によると、冬に建国記念日なる物が王都である様だ。

 この間ジュダスさんが説明してくれた通り、王都の南に位置するこのラントールは、宿場も多い。 

 訪れる人、通り過ぎる人、滞在する人。

 その数は年で一番多くなるそうだ。

 それまでに、このラントールにも支店を作りたいという事ではないだろうか。



「では私達は一週間後の昼にまた来ます。一週間後までに他工房がどうなったかと、試作品の作成をお願いします。試作品の説明はリオン、あなたに任せます」

「分かりました。では、ヨシュアさん、ノア。レモリ、オランジ、薔薇の三点を作ってみて下さい。ミントとローズマリーでは、ドライフラワーを作ってみて下さい。宜しくお願いします」



 俺は持ってきたハーブを数点。

 それから薔薇のエキスだけは絞った物を渡して、作り方のメモも渡す。

 他の物は、市場で揃えて貰う事にした。



「では、何か用があった時の為に、魔具を置いていきます。質問等有ればこれで知らせて下さい」



 そう言って、ジュダスさんは青い六角形の腕輪を取り出した。

 どうやら魔具の様だ。

 俺は興味津々で、ヨシュアさんに渡される魔具を見つめる。

 ヨシュアさんは驚いた様子もなく受け取った。

 一般的な物なんだろうか。

 俺が不思議な顔で見ていると、ジュダスさんはもう一つ、赤い六角形の輪を取り出した。

 色が違う以外は全く同じ物だ。


 俺の視線に気付いたジュダスさんがニッコリ笑った。

 黒い雰囲気を感じる。

 ジュダスさんは予想通り、説明する事なく魔具を腕に嵌めると話を終わらせた。

 確かに、俺が使う訳ではないので、俺に説明する必要もない。

 ……残念だ。

 

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