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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
23/72

約束の二週間


「ヨシュアさん、こっち乾燥させればいいですか?」

「…ああ」

「リオーン、次これ運んでー!」

「ノア、これはここでいいの?」

「オッケーオッケー」



 あれから13日が立った。

 俺はジュダスさんと一緒に、毎日同じ時刻にウルムナフ工房に訪れる。

 この13日間は、主にヨシュアさんの仕事の手伝いをしている。

 石を砕いたり、粘土になる砂を干したり、水で溶いてたり。

 陶芸は、繊細な作業をするイメージだったがとんでもない。

 その実、ほとんどが力仕事だ。

 だが、一度ろくろを回すと正に精巧と言っていいだろう。

 繊細な作業で陶磁器を作るヨシュアさんを、ノアは誇らしげに見ている。


 作業がひと段落すると、皆で食卓を囲む。

 ここしばらくは、ジュダスさんは俺をここに送り届けると、何処かへ行ってしまう。

 おそらく何処かで仕事をしているんだと思われる。

 夕方の帰る時間になると、いつの間にか帰ってきている。



「だから!あそこは白粘土の方がいいって、何度も言ってるじゃない!」

「…あそこは黄粘土にしないと強度が持たない」

「あー言えばこー言う!リオン、リオンはどう思うの?」



 突然話を振られるが、この家では良くある事だ。

 いちいち驚いてはいられない。

 俺は昼食のパンをちぎりながら、二人がさっき作った陶芸を思い出す。



「うーん。白粘土で少し分厚めに作って、ヤスリで削っちゃったらダメですかね?」

「……それいいわね」

「…悪くない」

「まーた、父さんはそんな言い方!」



 ノアに声を荒げられ、ヨシュアさんは最後のパンを口に放り込むと、そそくさと席をたった。



「…ごちそーさん」



 ろくろに戻ったヨシュアさんを見て、ノアが口元に手を当て小さな声で呟いた。



「あれ、絶対試してみる気なのよ」



 ヨシュアさんの手には白粘土が握られていた。

 ね?と口だけ動かしてノアは呆れた様な顔をするが、目は優しくヨシュアさんを見ていた。



「二人は凄く仲がいいね。うちのお嬢様も、両親と仲がいいけど、それ以上だ」



 二人の間にある家族の絆が目に見えて、少し羨ましくなる。

 前世の家族は、俺の事を思い出してくれているんだろうか。



「あたし達ね……ほんとの家族じゃないのよ。あたしは、父さんのお兄さんの子供なの」



驚いた。俺も前世では養子だったが、ノアもだったのか。

 ノアは、小さな声でポツリポツリと話し始めた。

 ヨシュアさんのお兄さん夫婦が、仕事の帰りに野盗に襲われて帰らぬ人となったのは、ノアが三歳の頃だったらしい。

 ヨシュアさんが、そんなノアを引き取って父親代わりになってくれたそうだ。



「よくある話よ……それに、あたしは幸せだから、リオンも気にしないでね」

「うん……分かった」

「さ!食べて午後の仕事よ!今日は朝、川に仕掛けを仕込んであるの。あたしは仕掛けを回収してくるから、あと宜しくね」



 俺は、口に最後のパンが入っていたので、モグモグと咀嚼しながら頷いた。

 ノアは竹籠を持つと元気に外へ駆けて行った。

 俺はヨシュアさんの手伝いに戻る。



「…聞いたか……」

「聞こえましたか?」

「…あいつは声がでかいからな」



 そんなに大きい声ではなかったが、聞こえていた様だ。

 ヨシュアさんはろくろを回していたので、その表情は見えなかった。



「…明日でニ週間か……早いもんだな」

「なんだかあっという間だった気がします」

「…明日、仕事の話を聞いてやる……」



 ヨシュアさんは、手を止めゆっくりこちらを見た。

 何か言いたい様な、でも言いたくない様な感じだろうか。

 暫く待つと、ガシガシと頭をかいて、こちらを見直した。



「…俺は……すぐに根をあげると思ってたからよ。断った次の日に来るとも思ってなかったからな……ただ……お前は根性がある。よく働くし、俺の仕事をよく見て、理解する。要領もよく、発想も豊かだ。ノアもすぐに懐いた」



 ここにきていきなりの高評価である。

 俺はびっくりして目を丸くする。

 それはそうだろう。

 そんな雰囲気は全く感じなかったのだから。



「…そんなお前が仕えるお嬢様ってやつにも、興味が出た。だから話しを聞いてやる。だが、引き受けるかどうかはまた別だ。明日来れなかったらこの話は無しだ」

「ありがとうございます!」



 ヨシュアさんは照れ臭そうに鼻をこすると、陶芸の作業に戻った。

 俺は集中力を乱さない様に、そっと砕いた石を外の天日干しに持っていく。

 そこで小さくガッツポーズをする。

 話を聞いてもらえるのも嬉しいが、それよりヨシュアさんが俺の事を認めてくれたのが嬉しい。


 俺は、竹籠を持って戻ってきたノアを見つけて早速報告をした。



「あの偏屈がよくそんな素直になった物ね。あたしにもそれくらい素直になってくれないかしら?」

「…俺はいつでも素直だろ……」

「ふふ、まぁいいわ。今日は3匹も魚が掛かってたからね。ノアさんは上機嫌ですよ」



 ノアは言葉通りご機嫌で、鼻歌交じりに台所へ向かった。

 ヨシュアさんも、それを見て表情が和らぐ。


 夕方、いつもの時間にジュダスさんが迎えに来た。

 俺は早速、明日話しを聞いてくれる報告をする。

 それを聞いたジュダスさんは、薄く微笑むとこう言った。



「人たらしなリオンの事ですから、どうにかなるとは思っていましたが、良かったですね」



 なんとも喜び辛い返答が返ってきた。

 人たらしとは失礼な。

 でも反対に、口調は柔らかく視線は優しい。

 俺達は、見送ってくれた二人に手を振り、屋敷へ戻った。








「リオン!」


 翌日、いつも通りの時間に目を覚まし、身支度を整えていた俺は、ファリスさんの切羽詰まった声に振り返った。

 ファリスさんが、ノックもなく部屋に飛び込んできたのだ。

 


「どうしたんですか?ファリスさん」



 ただならぬ雰囲気に思わず身体が強張る。

 まさか、お嬢様に何か…。



「リオン、私達では駄目なのです。どうか、どうか…お嬢様を止めて下さい!」



 ファリスさんを追ってやってきたレナが、ファリスさんの後ろで涙目で俺を見ている。

 全く状況が分からないが、どうやらお嬢様に関係のある事の様だ。



「落ち着いて下さい、二人とも。お嬢様に何かあったんですか?止めて下さいという事は、お怪我をされたとか、病気になられたとかではないんですよね?」



 俺の質問に、二人は首を縦に振る。

 とりあえず一番最悪の事態では無さそうで安心する。

 ファリスさんは、レナと顔を合わせると青い顔のまま口を開いた…。



「……とにかく、リオンもお嬢様の所へ一緒に来て欲しいのです。それから、お嬢様のお話しを聞いてあげてはくれませんか?」



 しかし困った…。

 今日は約束の二週間目。

 ヨシュアさんとの約束の日だ。

 しかし、二人の慌て方を見ると、このまま無視も出来ない。

 とりあえず話を聞きに行こう。



 俺達は急ぎ足でお嬢様の部屋に向かう。

 部屋に辿り着くと、ファリスさんは部屋のノックを躊躇った。


 …怯えている?いや、これは…強張る?

 後ろのレナも、その小さな身体に緊張を纏わせている。

 俺はファリスさんに変わって、お嬢様の部屋をノックする。

 しばらく待つと、中から見覚えのないメイドが顔を出すと、俺の顔を見て顔を顰める。

 明らかに邪魔だと言わんばかりの態度を隠さない。

 



「あら、何の用?お嬢様は朝のお支度でお忙しいのよ」

「おはようございます。旦那様との約束に進展があったので、報告しようと思って参りました。取り次いで貰えますか?」



 旦那様の名前を出した途端、コロっと態度を変えたメイドは、すぐにニコニコと顔を張り替えて中に通してくれた。

 中に入ると、お嬢様は大きな鏡の前に座っていた。

 お嬢様の傍には、もう二人余り見かけないメイドが髪を結っている。



「リオン!まぁ久しぶりね!どうしたの?!」



 お嬢様が、俺を見かけて嬉しそうに立ち上がった。

 久しぶりに会ったお嬢様はこちらに近付くと、俺の後ろにファリスさんとレナを見つけ、顔を強張らせた。

 さっきのファリスさんとレナと同じ表情だ。



「お嬢様、お久しぶりです。変わりはありませんか?」

「え、ええ……」



 俺がそう尋ねると、お嬢様は先程までの明るい雰囲気が消え、バツが悪そうに俯いた。

 何かがおかしい。

 俺は注意深く皆を観察する。


 まず、ファリスさんやレナでなく、この余り見た覚えのない三人が、お嬢様のお世話をしているのがおかしい。

 それに、お嬢様の格好も変だ。

 あんなに三人で工夫し合ってコーディネートしていたのに、今日着ているものは豪華な飾りがゴテゴテとついた白いドレスだ。

 靴も、お嬢様が余り履かない、踵のやや高く細い物だし、髪飾りは随分と質素な物だ。

 そして何より、お嬢様もファリスさんもレナも、皆何かにビクビクしている様な……。



「どうやらリオンは旦那様の報告にいらしたそうですよ?さぁ、早くお嬢様に報告を」



 先程俺を部屋に通したメイドは、まるで俺に早く出て行って欲しいかの様に報告を急かした。

 メイドの手には、明らかに不相応な腕輪がはめられている。

 後ろの二人も、豪華なブローチや不釣り合いな髪飾りをつけていた。 


 俺は不審に思って、お嬢様に話を聞こうと一歩前に出た。

 それと同時にノックの音が響き、ファリスさんが扉を開けると、ジュダスさんが入ってきた。

 時間になってもやってこない俺を、不審に思って探しに来た様だ。



「リオン、何をやっているのですか。もう約束の時間ですよ?」

「ジュダスさん……」



 やってきたジュダスさんは、辺りを見渡し何かあったと悟り、俺に問いかける。



「……何があったのです?」

「………………」



 ジュダスさんが、鋭い視線で部屋の中の人達を睨む。

 お嬢様はジュダスさんの視線を受けて、ビクッと肩を跳ねさせる。

 俺は慌てて間に入った。



「ジュダスさん、すみません。私はお嬢様とお話ししたい事があります。どうか時間を頂けませんか?」

「……リオン、勘違いしてはなりません。あなたの仕事は工房との交渉です。あなたはお嬢様の専属の従者ではありません。ただの使用人です」

「しかし……!」

「今日まで二週間。決してその時間は短くはありません。今日話しを聞いて貰えるかどうかで、工房も決まるでしょう。それを潰す気ですか?」



 確かに正論だ。

 確かに旦那様の従者であるジュダスさんとは違い、俺は一使用人だ。

 旦那様からお嬢様を主人と思っているのは認めてもらってはいても、一使用人の立場は変わらない。

 その使用人としての今の仕事は、公爵家商会を開く為に工房を決める事。

 ジュダスさんの言う事は全く間違っていない。



「話は終わりです。早くしなさい。もう時間がありません」



 ジュダスさんははっきりそう言って、踵を返してしまった。

 俺は、その背中に呼び掛ける。



「ジュダスさん!」



 俺の呼び掛けに、ジュダスさんは無表情で振り返った。

 その顔は、能面の様で何の表情も読み取らせない。



「……すみません……私は……いけません……」



 俺の言葉を予想していた様に、ジュダスさんは深く深くため息をついた。

 そして、顔をあげた時ただ困った様に薄く笑うと、またすぐに無表情に変わった。



「私は何もしません。ウルムナフ工房にも、君が来れない事を説明したりしませんので」

「それで構いません」

「何故でしょうね。君がそう言うのを、何処かで分かっていた様な気もします……好きにしなさい」

「すみません……ありがとうございます」



 ジュダスさんは呆れた様にもう一度ため息をつくと、辺りを厳しい視線で見渡し、何も言わずに出て行った。

 そして残った俺は、話しを聞くべくお嬢様に向き直った。

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