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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
22/72

ウルムナフ親子

朝、約束の時間より十分早く玄関に辿り着いた俺は、既に玄関で馬を撫でているジュダスさんに声を掛けた。



「おはようございます、ジュダスさん」

「リオン、おはようございます。準備は整っていますか?」

「はい。大丈夫です」



 美形は何をしていても絵になるというが、馬とのツーショットのジュダスさんは、大層絵になる。

 これが乙女ゲーのスチルというやつか。

 あれ?ジュダスさんって攻略対象者じゃなかった筈なのに、いや、実はそうだったり?



「……何か私の顔についていますか?」

「い、いいえ!馬に乗るのは始めてなので、少し緊張していただけです」



 馬から自分の全身が見えるようにゆっくり近付くと、馬の綺麗な瞳と目が合った。

 耳をピンと立てて大きな瞳で俺を見ている。

 ……可愛い。

 前世から動物は大好きだった。



「何て名前なんですか?」

「……ラナスです」



 ……それ……絶対、旦那様の名前意識してますよね……?

 それが分かっているから、名前を余り言いたく無かったのだろう。

 でも、従者にここまで好かれる旦那様も流石だ。



「さぁ、時間は有限です。問題無ければ出発しますよ」

「はい、お願いします!」



 俺をジュダスさんが抱き上げて、ラナスに乗せてくれる。

 俺は、慌ててラナスの首元に控えめに捕まる。

 ジュダスさんが、手綱とタテガミを持ち、鎧に足をかけると、鞍を掴んで颯爽と飛び乗った。

 少しの振動の後、目の前の開けた視界に目を奪われる。

 思ったよりも高い。

 頭から落ちると危なそうだ。



「リオン、怖がらずしっかり前を見て手綱を握って下さい」

「はい」



 俺は言われた通り、前を見て手綱を握った。

 ジュダスさんが後ろから、そっと俺の手ごと手綱を握る。



「馬はとても賢く、そして臆病です。決して大きな音や声を出さず、真っ直ぐ進む方向を向き、胸を開きバランスをとって下さい」



 俺はジュダスさんの助言通り、バランスを取りつつ手綱を持つ腕をゆったり構える。



「自分が馬を操っていると驕らず、優しくリードして下さい。横から見た時、頭、肩、おしりとかかとが一直線になる様心掛けて。さぁ、行きますよ」



 ジュダスさんはそう言って、ラナスの脇腹をトントンと軽く蹴った。

 ラナスはそれを受けると、ゆっくりと歩き出した。



「こうして脇腹を足で軽く蹴って走らせます。速度を上げたい時も同様です。もっと急がせる時は手綱を叩いて下さい。止まる時は手綱を引きます」



 ジュダスさんは説明の後、もう一度ラナスの脇腹を蹴ると速度を上げた。

 ドンドン速度が上がってくる。

 頬を撫でる風も、目の前に広がる視界の移りゆく速さも、全て初めての体験だ。

冬の風が体身体に鞭を打つが、俺は初めての乗馬に感動していた。



「大丈夫ですか?」



 ジュダスさんが、少しだけ大きめの声で俺を気遣う。

 俺はラナスが驚かない様、注意しながら返事をする。



「大丈夫です。凄く気持ちがいいです!」



 俺の返事を聞くと、ジュダスさんは手綱を軽く叩き、更にスピードを上げた。

 風圧で目がシパシパするが、とても気持ちがいい。

 馬車なんか比ではない振動だ。

 ラナスが早いのか、ジュダスさんが飛ばしたのか分からないが、30分もしない内にラントールを通り越し、サルキア川まで辿り着いた。

 乗馬を覚えてしまうと、もう馬車なんて乗れない。

 かかる時間が5倍は違う。


 しばらく進むと川が遠くに見えてきた。

 遠くに見える川は、日差しを受けてキラキラと輝いている。

 すぐに目当ての煙突が目に映る。

 ウルムナフ工房の煙突だ。


 ジュダスさんは手綱と足を器用に使い、少しずつ速度を緩めると、昨日馬車を止めた辺りで止まった。

 先に馬から降り、俺を下ろしてくれる。

 ジュダスさんはラナスの頬を撫で、そっと手綱を引いて木陰へと移動させた。



「さあ、行きましょう。交渉はリオンに任せます。私は助けません」

「それで構いません」



 いつかのようにジュダスさんは俺を突き放した。

 そのままジュダスさんは、ラナスを繋ぐでもなく放置した。

 放し飼いでも逃げないらしい。

 少しびっくりだ。


 俺はジュダスさんとヨシュアさんの工房に向かう。

 知らず手を固く握りしめている事に気付いた。

 緊張しているらしい。

 最近緊張してばかりだが、ずっとこれが続くと慣れたりするんだろうか。

 …慣れるまで熟すしかない。



「こんにちは!ヨシュアさん、いらっしゃいますか?」



 相変わらず建て付けの悪い木の扉をノックすると、音を立てて勝手に扉が開く。

 扉が扉の機能を果たしていない…。

 今日も中から返事が来ることはなく、そっと中を覗くと、奥の方からザラザラとした何かを振っている音がする。



「こんにちは!お邪魔します!」



 中に少し入ると、作業台でヨシュアさんが粉をふるいにかけていた。

 こちらを一瞬見て、すぐに作業に戻る。



「…またお前か……」

「ヨシュアさんこんにちは!……昨日はすみませんでした」



 俺はもう一度頭を下げる。

 ヨシュアさんはこちらを見ないまま、作業を続けている。



「…もう謝っただろう。これ以上何を謝る」

「………………」

「謝罪は受けた。これ以上謝られても困る。だからと言って、話を聞く気も無い。帰れ」

「父さん!」



 作業場の奥の扉が開いて、ノアが入ってきた。

 勝ち気な瞳を釣り上げ、俺とヨシュアさんの間に立つと、持っていた籠を置いて腰に手を当て怒鳴った。



「折角来てくれたのに、その言い草はあんまりじゃないの?!」

「…頼んで無い……」

「全く、ほんとに人の話しを聞かないんだから」



 ノアは、振り返ると釣り上げていた目を細めると、白い歯を見せて笑った。



「ごめんね、父さんがこんなんで」

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまって」



 俺は慌てて胸の前で手を振った。

 俺は、改めて作業場を見渡した。

 壁際には棚が置かれ、沢山の壺や籠がある。

 作業台の奥にはろくろがあって、その更に奥にノアが入ってきた扉がある。



「それで?今日はどうしたの?」



 ノアが二つに結んだ白い髪を、しっぽの様に揺らしながら振り返った。



「今日は……俺の話を聞いてもらおうと思ってきました」

「君の?リオンって言ったっけ?」

「あ、失礼を。リオンと申します。宜しくお願いします、ノアさん」



 俺は右手を差し出して自己紹介をする。

 よく考えてみれば、昨日は興奮しすぎて、自己紹介もせず勧誘していた。

 本当に失礼極まりない。



「ノアでいいわ。こちらこそ宜しくね。…そちらは……」

 


 ノアが俺の右手を取り、扉の前から中に入ってこないジュダスさんに視線を向ける。

 ノアに問われて一歩前に出たジュダスさんは、優雅に挨拶をする。



「昨日は大変失礼を致しました。私はシュトラーダ公爵に仕えるジュダスと申します。以後お見知り置きを」

「公爵家のってやつ、嘘じゃ無かったのね」



 特に疑ってもいなそうだが、ノアは俺から手を離すと、棚から新しい籠をヨシュアさんに手渡しながら言った。



「なんで?勧誘の話しじゃないの?」

「…私達は、お互いの事を何も知りません。昨日、私はヨシュアさんの事を試す形で知りました。本当に少しですけど……」



 ヨシュアさんとジュダスさんは、何も言わずに俺の話を聞いている。

 ノアは表情を見る限り面白がっていそうだ。



「だから、今日は俺の事を知ってもらおうと思ってここに来ました」

「……へー。父さん、この子面白いね」

「………………」



 ヨシュアさんからは返事も無く、作業が止まる事もない。

 でも、話を聞いてもらうのに、仕事の手を止めるのも悪い。

 こうしてヨシュアさんが気にせず仕事を続けていた方が、俺の気も休まるというものだ。



「狭いけど、こっち座りなよ!あたしはリオンの話、聞いてみたいわ。いいでしょう?父さん」

「…勝手にしろ」



 ノアが作業台の隣のテーブルを指差して、上に置かれた籠を棚に戻していく。

 俺達は、勧められた椅子に座る。

 ノアが水差しに入っていた飲み物をコップについでくれる。



「はい。この辺で取れたチーゴの果実水よ」

「ありがとうございます。いただきます」

「そんな畏まらなくていいよ。普通に話して」

「……結構これが普通なんだけど、分かった」



 ずっと敬語を使っていたせいで、逆に敬語以外が使いにくい。

 変な所に弊害が出た。

 出されたチーゴ水は、ほんのりに甘くて酸っぱい。

 後を引く味だ。


「じゃあ……まずは俺の話から。俺はリオン。リオン•トーレス。シュトラーダ公爵家でお世話になっている、今年八歳になった所です」

「8つ?!……随分しっかりしてるね、父さん」



 ノアの問いかけに答えず、ヨシュアさんはふるいにかけた粉に水を混ぜてこね始めた。



「俺の雇い主はシュトラーダ公爵だけど、俺は公爵家の一人娘のカーミラお嬢様に仕えていま……いるんだ」



 ダメだ、どうしても敬語が出てしまう。

 ノアが、クスクスと笑いながらチーゴ水を飲んでいる。

 心なしかジュダスさんも笑っているような気がする。



「俺が仕えているカーミラお嬢様は、一言でいうと寂しがり屋だと、俺は思ってる…。凄く大事にされて育ってきたせいで、とんでもなく我儘で、後凄く大食いで太ってる。性格も横暴で短期で、使用人達もクビにならないか毎日ビクビクしてて、怒るとキツい目を更に釣り上げて、金切り声で罵倒してくる」

「ちょっと……あなたの仕えるお嬢様、大丈夫なの?聞いてる限りいい所なんてないんだけど?」



 俺は、苦笑しながらチーゴ水の入ったコップを両手で包む。

 コップを包む両手から冷たさが広がって、水滴が手のひらを濡らす。



「……というのが、二週間位前のお嬢様。でも、今のお嬢様は、とても努力してます。散歩をして食事の量を減らして、姿勢を正して、公爵令嬢としての勉強に立ち振る舞い、マナー。歴史や数学などの座学。今まで自分を嫌っていた人にも歩み寄って、少しずつ仲良くなってきています」



 俺は、お嬢様のあのへたくそな笑顔を思い出して、知らず笑みが漏れる。



「今までとは違い、少しずつでも変わろうとするお嬢様を、周りの人も、少しずつ……少しずつ……お嬢様を見る目が変わってきました」



 ノアが好奇心旺盛な瞳で先を促す。

 お嬢様がこの話を聞いていたら、なんて言うんだろうか。



「……俺は、そんなお嬢様を一番側で支えて行きたいんです。その為には、俺には力が足りません。歳も……単純に力も、知識も、金も地位も何にもないんです」



 言っていて悲しくなってきたが、事実なのだから仕方がない。

 ジュダスさんが、クスリと笑った。



「だから、その力を二人に貸して欲しいんです。俺がお嬢様を支えられるように、俺は……力が欲しい……」



 全く持って非力な両手だ。

 俺は水に濡れた両手を見つめた。



「だから……だから、どうか俺に力を貸してください」



 俺は立ち上がって、ヨシュアさんとノアを見つめた。

 作業をしていたヨシュアさんは、いつの間にか作業をやめていた。

 真剣な視線が、俺を見定めるように射抜く。

 俺はその視線をしっかり受け止めて、ヨシュアさんの言葉を待った。



「…それだけか」

「父さん!」

「…話は聞かん」



 ノアが怒ってヨシュアさんに近付く。

 作業台に手を叩きつけると、片手を腰にヨシュアさんを睨みつけた。



「父さん、真剣に話してる相手その態度はないんじゃないの?」

「…仕事の話を聞かないと言っただけだ」

「え……?」



 俺は、その言葉に下げかけていた頭を戻す。



「…明日からニ週間……毎日同じ時間にここに来い。話はそれからだ」

「……えっと……?」



 話が飲み込めないが、これはチャンスを与えられたと思っていいんだろうか。

 俺がノアを見ると、ノアが嬉しそうに微笑んだ。

 それを見て、ヨシュアさんが俺と向き合う時間をくれた事を悟る。

 やった!



「はい!明日からニ週間、必ず来ます!」

「あはは、良かったね、リオン」

「はい!ありがとうございます!」

「…何も決まっていないのに、何をそんな喜んで……」



 確かにヨシュアさんの言う通りだが、それでもこうして歩み寄ってくれた事が嬉しい。


 こうして俺達は、ヨシュアさんの仕事を見たり、昼食を一緒に食べたり、仕事を手伝ったりして、夕方工房を後にした。


 ラナスに乗せてもらって、ジュダスさんは自分も騎乗する。

 俺は昨日とは変わって、晴れやかな気持ちで立ち去った。



「ジュダスさん、ニ週間付き合って貰えますか?」

「非常に不本意ですが、時間は問題ありません。これも仕事です。気にしない様に」

「はい。宜しくお願いします!」



 ジュダスさんは、手綱を握り締め掛け声を掛けると、屋敷に向かってラナスを走らせた。

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