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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
20/72

シュトラーダ公爵領と工房の条件


 いつも通り、時間より少し早く起きると、手早く身支度を整えワトソンさんの元へと向かう。



「ワトソンさん!おはようございます!」



 俺は、パントリーでワトソンさんを見つけて横に並ぶ。

 いつも時間より早く起きるのに、ワトソンさんは更にその上を行く。

 ちゃんと寝てるんだろうか。



「リオン、今日は旦那様の領地に行くと聞きましたが?」



 どうやらジュダスさんが説明してくれていたらしい。

 それでも、やっぱり自分の口から説明もするだろうけど。



「はい。商品を作る工房を決めるのに、シュトラーダ公爵領に行くか事が決まりました。今日決まればいいんですが、数日かかるかもしれません」

「分かりました。こちらの事は気にせず、しっかり努めて下さい」

「はい……こんな事、ワトソンさんに言うのも変かもしれませんが、ワトソンさんこそ、無理しないで下さいね」

「ははは、ありがとうございます」

「窓拭きだけはやってから行きますね」

「それは助かります。では任せましたよ」





 俺はパントリーを出て、素早く掃除部屋から用具を取って、西の窓拭きを終わらせる。

 窓拭きを終わらせると、丁度時間の少し前だった。

 俺は急いで用具をしまい、手を洗って部屋に戻る。

 俺は大きめのショルダーバッグを開け、忘れ物がないか確認する。

 メモ帳、ペン、ハンカチ、小銭、ジュダスさんのくれた資料。

 それから交渉に必要な物数点。

 これは昨日お嬢様に借りた物も入っている。


 忘れ物が無いことを確認して一息ついた時、部屋にノックの音が響いた。

 時間ぴったりだ。



「おはようございます、ジュダスさん」

「おはようございます。準備は出来ていますか?」

「はい。ばっちりです。 」

「では行きましょう。シュトラーダ公爵領には、馬車で一時間と三十分かからない位かかります。今から出ても着くのは昼前でしょう。急ぎますよ」



 ジュダスさんに続いて部屋を出て、玄関前に馬車が止まっている。

 初馬車だ。

 異世界転生しないと、生涯で乗る事は無いかと思われる。

 俺は、ドキドキしながら馬車に乗り込み、公爵領へと出発した。

 馬車に乗って暫くすると、ジュダスさんが俺に質問を投げかける。


 

「リオンは、これから向かうシュトラーダ公爵領について、どれくらい知っていますか?」

「残念な事に、ほんど知らない……というのが本音です。不勉強ですみません……」



 俺の返事は予想していた様で、ジュダスさんは頷くと説明を始めてくれた。



「旦那様の治めるシュトラーダ公爵領は、王都の南に、馬車で一時間半、馬で三十分程の距離に位置しています。主な特産品は、麻、陶磁器、食べ物ですとチーゴです。特に他領に差を付ける程、これといって目立った特産品はありません」



 特産品か……。

 やり様によっては、いくらでも盛り立てられそうだけれど。

 俺はメモ帳を取り出し、書き込みながら特産品に二重丸をつける。



「気候はやや暖かく、北に王都、西にすぐの位置に次の他領。東にはサルキア川、南には穀物地の先にいくつか町や村が広がっています。王都に近いので、平民の数がとても多く領地も広いです」



 前世で言う所の、首都は家賃が高くて、住めたとしても狭い。

 広い家を借りるには、富裕層である貴族が多くなる。

 少し離れると通勤は大変だが、家賃が安くて広めの家を借りられる。

 なので、平民が多いという所か。



「なので、この商品が領地の特産品になれば、より領地を活性化させられるでしょう」

「それは責任重大ですね」

「それが分かれば結構です。それと、私は君が子供だからと甘やかしたり、無条件で助ける事はありません。質問や相談は受け付けますが、自分の力で解決して下さい」

「はい。それで構いません」



 俺は苦笑しながら頷くと、ジュダスさんは面白くなさそうに窓の外に視線を移した。



「あ、確認なんですが、これから行く公爵領でも、通貨の価値は王都と変わらないんですか?」

「説明不足でしたね。多少のズレはあると思いますが、大きな差は有りません」



 王都のすぐ隣の領地だから、大きなズレはないと思っていたが、当たっていて安心した。

 持ってきた物も活かせそうだ。



 そうして、一時間程馬車に揺られ、俺達は公爵領に辿り着いた。

 始めてのこの世界での遠出だ。

 初馬車の感想だが…。

 これに乗って一時間半かけて帰る帰り道を想像しただけで、もうお尻が痛い。

 これは早急に、馬に乗る訓練をした方が良いのではないか。



「ここが、シュトラーダ公爵領の中心街ラントールです」



 馬車から見える街中は、王都の街並みと余り変わらない様に思える。

 街は人通りも多く、賑わっている様だ。

 ジュダスさんもそれに気付いたのか、説明をしてくれた。



「中心街というのは、公爵領の真ん中という訳ではありません。この領地の一番賑わっている街になります」



 なるほど。

 領地の最大値がここという訳か。

 ここは王都に一番近い場所だ。

 王都に行く為に街を通る人も多い。


 という事は、王都から離れると人も活気も減っていくという事だ。

 旦那様は、領地全体の活性化を望んでいるという事か。



「ラントールの街は、王都に近い事もあり、市が毎日開いています。宿場や飲食店も多いです」



 街には、市が開かれているのが見え、背の高い建物には、ホテルなどの看板がかかっている。



「まず近い所から回って行きます。この辺りの中心部にはチェックした工房が二つあります。そこから先に見て行きましょう」

「はい。お願いします」



 十分程走らせた馬車が止まった。

 どうやら着いた様だ。

 ジュダスさんが綺麗な所作で馬車を降りる。

 俺もそれを見て、出来るだけ同じ様に降りようとしたが、身長の問題でスマートには行かなかった。

 今後に期待だ。



「ここが、領地で一番王都に近い工房になります。資料の一番最初の工房です」

「美容品を作っている中規模の工房でしたね」

「はい。では行きましょう」

「あ!待って下さい!」



 俺は、早速工房に入ろうとしたジュダスさんを止める。

 ジュダスさんは予想通り、それはそれは嫌そうな顔をした。

 


「何ですか」



 冷ややかな声で不機嫌さを隠さない所は、ある意味この男が素直である事の証明の様な気がして、苦笑が漏れる。



「まずは、俺が一人で交渉に行きます。ジュダスさんは、5分立ってから中に入ってくれませんか?それから、入ってきたら、お嬢様の髪飾りを直せるか聞いて下さい」



 俺のお願いに、ジュダスさんは訳が分からない風だが、了承してくれた。


「五分立ったら入って、お嬢様の髪飾りを直せたか聞くんですね」



 俺は頷いて、肩からバッグを下げ、工房へと向かう。



「こんにちは!仕事の依頼で来たんですが!」

 


 俺は大きな重い扉を開き、要件を伝えながら工房の中を見渡す。

 中では職人が、大きな鍋で何かを練ったり、缶に詰めたり、湯を沸かしたりと、至る所で色々な作業が行われている。

 スッと視界が暗くなったかと思うと、工房長と思われる恰幅の良い男性が前に立った。



「なんだ、ここは子供の遊び場じゃないぞ。とっとと出て行け」



 邪魔者がやってきたと言わんばかり、シッシッと手を振り追い払おうとする。

 俺は持って来たバッグから、お嬢様の壊れた髪飾りと、薔薇のコサージュを取り出す。

 この薔薇のコサージュは、お嬢様の洋服からお嬢様がリメイクした物だ。

 そして、壊れた髪飾りだけを工房長に差し出した。



「これを直して欲しいんだ!出来ないですか?」

「んん?うちは美容品作ってるんだ。他所に行ってくれ!」

「そこをなんとか!凄く困ってるんだよ!」

「ダメだ。髪飾りを作ってる工房にでも持っていくんだな」



 工房長は、俺が持っている髪飾りとコサージュを一暼し、取り付くシマもなくそっぽを向く。

 丁度後ろから、ジュダスさんが入ってきた。

 何処からか、一部始終見ていたのではないかという位タイミングが良い。



「リオン、どうですか?こちらではシュトラーダ公爵令嬢の髪飾りは直せそうですか?」



 新しく入ってきたジュダスさんの身なりと所作、そして発言に工房長が、顔色を変える。



「こちらでは難しいそうです」

「ちょっとお待ち下さい!」



 工房長が慌てて俺の肩を持つ。



「確かにうちは美容品を作っていますが、できない事は有りません!もう一度見せて頂きませんか?」

「いえ、やはり新しい物を買って帰ろうかと思います。リオン、行きますよ」

「お待ち下さい!五日…いえ、一週間頂ければお直ししましょう!」



 俺はジュダスさんと視線を合わせる。



「それだと三日後のお茶会に間に合いません……シュトラーダ公爵には、親身になって頂いた事はお伝えしますので、お気持ちだけ頂戴します」



 ジュダスさんの言葉に、工房長はホッと息をつくと、是非工房で作っている美容品をお嬢様にと、色々持たせてくれた。

 俺達は、時間が押していると丁重に断り工房を出た。


 馬車に戻って次の工房に向かうジュダスさんが、とても楽しそうに口を開いた。




「全くリオンも悪質ですね。それで?この工房はどうですか?」



 結果が分かっているのに聞くジュダスさんの方が、たちが悪いと思うのだが、それは口にしない方が賢明だろう。



「はい。俺が確認したいのは五つです」



 俺は右手をパーにして、説明を始める。



「まず、子供の俺の話を取り合ってくれるのかが一つ目。そして、畑違いの商品を直して欲しいという問題を、どう解決するかが二つ目。更に直して欲しい、お嬢様の壊れた髪飾りから価値が分かることが三つ目。売れそうな物が、自分が作っている分野と違くても、利益になるなら作ろうとするかが四つ目。最後に私達の仕える主人が誰か、それが分かった時の反応が五つ目。この五点が、俺の想った物と同じ工房と契約したいと思っています」

「その条件を元にすると…。今の工房では当てはまりませんね」



 馬車に戻ったジュダスさんが、楽しそうにクスクス笑っているのを見て、俺は首元がヒヤッとする様な寒気を感じる。

 ジュダスさんは絶対に敵に回したくない。

 むしろ、半分位俺を敵に見ていそうだ。


 馬車が次の工房に向かって動き出す。

 窓からは、工房長と従業員が、まだ頭を下げているのが見えた。



「当てはまらないというのはそうですが……街の中心街近くに工房を持っているので、やり手だとは思いますよ。ただジュダスさんへの対応でも見た通り、雇い主は貴族で、顔色をうかがいながら接しているのではないかと思いました」

「ご機嫌を取ってのし上がったらという事ですか」



 大分オブラートに包んだのに、物の見事に直球を返された。

 まぁ、俺の予想なのだが、あながち間違ってもいなそうだ。



「最初はこの工房巡りも、頼まれたはいいが、至極面倒臭いと思ったものですが、これなら退屈する事が無さそうです」



 酷い言い草である。

 しかし付き合って貰っている手前、文句も言えない。

 いや、付き合って貰っていなくても、後が怖くて文句なんか言えない。



「次の工房が見えてきました。先程と同じ手筈でいいですか?」

「はい。宜しくお願いします」



 俺は馬車を降りて、先程と同じ様に次の工房に向かった。

 さっきの工房から余り距離は離れていないようだ。

 俺は同じ様に、バッグを握りしめて工房の扉を叩いた。




「……なかなか上手くいきませんね」



 ジュダスさんが、昼食に入った食堂で、頼んだソーセージを突っつきながら愚痴をこぼす。

 あれから直ぐ近くにあった工房は、同じ人が経営しているのかと思う程、対応が全く同じだった。

 次の工房に行くまで、ジュダスさんがニヤニヤしていた。

 王都に近いせいか、店を構える場所が、その工房長の性格を表している様な気がする。

 見栄っ張りとかは、この部類ではなかろうか。



「四軒目の工房は、感じは良かったんですけどね」



 俺は四軒目に訪れた工房を思い出しながら、何かを煮込んだシチューを口に運ぶ。

 肉に臭みがあって、何の肉かは分からなかった。

 四軒目の工房は、工房長が気のいいおじさんで、俺が子供でも随分親切に接してくれた。

 


「あれは、ただ単に子供好きだった様に思えますが?」

「それも一理ありますね」

「時間はありますし、少し中心街から外れますが、まだ工房はあります。早速向かいましょう」



 俺はバッグから小銭を取り出そうとして、ジュダスさんに止められた。



「まさか、子供の君の分さえ私が払えないと?」

「……ご、ご馳走になります……」

「宜しい」



 厳しいのか優しいのか。

 俺はお礼を言って、ご好意に甘えてご馳走になった。

 料理は二人で中紫硬貨8枚だった。

 一人前四百円といったところか。



 馬車に乗り、次の工房へと移動を始める。

 しばらく走ると、馬車の窓から見える景色が少しずつ寂しくなってくる。

 中心街が見た目を重視した華美な造りなのに対して、中心街から離れたこの辺りは、実用性を重視した質素な造りだ。

 人通りも、馬車が走るに連れ、段々少なくなっていく。

 俺達は、その後も六件の工房を除いたが、条件に当て嵌まる工房はなかった。



「なかなか難しい物ですね……」

「惜しい所はあるんですが……付き合って頂いているジュダスさんには申し訳ないんですが、出来れば妥協したくないんですよね……」

「私は、妥協する必要は無いと思いますが?」



 俺はそう言ってくれたジュダスさんの言葉が、すぐに善意からでは無い事に気付いた。

 これから、ずっと付き合って行くかもしれない工房だ。

 決めて気に入らなければ、すぐに違う所と契約すればいいほど、簡単な問題ではない。

 だから、妥協するべきではないとジュダスさんは言っているのだ。



 しかし、ここまで見つからないとは思わなかった。

 残念だが、公爵領ではもしかしたら、見つからないかもしれないな……。

 そんな雰囲気が漂い始め、俺は日が傾き始めた空を、馬車の窓越しに眺めていた。


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