勉強のコツ
初代グラングリフ王。
それは、神々から与えられた力と、素晴らしい仲間と共に魔族を退けこの国を作ったと言われている、この国の子供なら誰もが知っている英雄だ。
「力を与えられたというのは、どんなものなのですか?」
俺の質問に、振り返ったメイベル先生はにこやかな表情で説明を始めた。
「この世界には、神々の力を宿した“神具”という物が存在します。神具はその力の強さによって呼び名を変えます。誰でも使える様な魔力を含んだ道具を魔具と。ある程度魔力がないと使えず、その道具にも魔力が多く宿る宝具。そして、神々の力の一旦を借りる事が出来るとされる神具。この三つに別れています」
俺はその話を聞いて心が弾んだ。
魔具に宝具に神具!
RPGゲームではお決まりといっても良いアイテムの数々!
俺の好奇心に満ちた顔を見て、先生がクスクスと上品に笑いながら細かい説明をしてくれた。
「奇跡の様な力の一旦を借りる事の出来る神具ですが、当然使い手もそれ同等の魔力を必要とします。なので使える方はとても優秀な魔導師になりますね」
魔導師かぁ。
この魔法もある世界に転生したからには、やはり自分も使ってみたい!
俺がそんな考えを巡らせていると、隣からうーんうーんと唸る声が聞こえた。
見ればお嬢様が、まださっきの歴史のノート取っていた。
「えっと……ソルアウラが風の神で……ヴァン……なんだっけ?」
…これは先が思いやられる…。
ノートに書くことが授業の様になっていて、先生の話は耳に入っていない様だ。
これは本末転倒である。
俺はお嬢様のノートを覗き込んで納得した。
お嬢様は、先生の言った話を丸々ノートに書こうとしている。
教科書を写本している様なものだ。
俺は手を挙げて、メイベル先生に声をかける。
「すみません、少しお時間を頂いて宜しいですか?」
「?構いませんが…」
俺はメイベル先生に了承を貰い、ノートと格闘しているお嬢様に声をかけた。
「お嬢様。なんでもかんでもノートに書いておけば良いという問題ではありませんよ」
「な!何よ偉そうに!ならリオンのノートも見せてみなさいよ!」
「そうですね。どうぞ」
目くじらを立てるお嬢様に、俺はスッキリと纏まったノートを渡した。
「たったこれだけ?」
お嬢様が、俺のノートを見て目を点にしている。
先生も気になったのか、俺のノートを覗き込んでいる。
俺のノートに書いてあるのは、まずは年号の二千年前。
そして光の女神ティルエイダと水の女神グレイシーヌ。土の女神ルーフェミアが三角形になっていて、天辺がティルエイダだ。
ティルエイダの上に闇の神を書いて、矢印を闇の神からティルエイダに向かって書く。
そこにハートマークをつけて終わり。
同じように水の女神の右には風の男神ソルアウラを書いてイコールを書いてハートマークを。
土の女神の左にはイコールをつけて男神ヴァンラギオンと書けばまるで属性関係の様な図が完成した。
あとはその下に一千五百年前にグラングリフ王が建国。とだけ書いた。
「私のノートはゴチャゴチャしててもう見たくもないけど…リオンのノートは見やすいし覚えやすいわね!」
「本当に…」
二人の言葉を聞いて、俺はお嬢様に視線を合わせて説明を始めた。
「いいですか?何も全てノートに写す必要はありません。最も重要な所を、自分が覚えやすい様に書けば良いのです」
「最も重要な所?」
「そうです。それは勉強だけに言える事ではありません。誰かの話でもそれは同じです。お嬢様の場合はそれが行動でした。我儘を言ったり、お菓子を暴食したりして、自分の寂しい気持ちをアピールしてましたね」
「うっ……」
「それと同じことです。何の話でも必ずその話の核心があります。俺がお嬢様の気持ちに気がついた様に、お嬢様もこれからは相手の話をよく聞いて、その人が何を伝えたいのか。どうして欲しいのかを読み取って上げて欲しいのです」
「私…が…?」
お嬢様の言葉に俺はゆっくり頷いた。
「お嬢様は公爵家の一人娘でラントール領の領主である旦那様の娘です。上に立つ者として、領民の。そしてこの国の皆の声を聞いて叶える事の出来る力がお嬢様にはあります」
「私に…」
「目に見えるもの、言われた言葉が全て本当とは限りません。その人が伝えたい本当の気持ちを読み取れるように…。そんな淑女になって頂きたいのです」
「本当の…気持ち…」
俺の言葉に、お嬢様は目を瞬かせて何かを考えていたが、次に視線を合わせた時には、強い意志を宿したあの瞳をしていた。
俺は俺より少し高いお嬢様の頭を撫でて微笑んだ。
「これではどちらが講師か分かりませんね」
ふふっと笑みを零した先生に、慌てて俺は席を立った。
「すみません!授業を止めてしまい…」
「いえいえ。こうしてカーミラ様に道を照らしてくれる者が近くにいてくれるというのは素晴らしい事です。良かったですわね。カーミラ様」
「そ、そうね!とても口うるさいけど…」
「あ、あはは…」
「でも……」
お嬢様は、メイベル先生と俺を交互に見つめて真っ赤になりながら口を開いた。
「そうなれる様に…。が、頑張るわ」
そういって俺のノートを強引に奪うと自分のノートに写し始めた。
照れ隠しだろうか。耳が真っ赤だ。
先生にもそれが分かっているので、クスクスとお上品に笑っている。
「それでは授業に戻りましょうか」
「はい!」
こうして、その後の歴史を習う事となった。
南の禁止区域に魔物を押し返した初代グラングリフ王は、高い塀を築き上げ力の強い者にその地を護らせたらしい。
ここは今では三重の砦となっている。
それが五百年程前一度破られかけたらしく、その時の将軍は不名誉にも名前が残っている様だ。
ルビカンテの失策と呼ばれた戦や、当時の王の名前のついたマルファトの戦いなどなど。
確かにお嬢様でなくても記憶領域が侵食されていく感がある。
後半はお嬢様も自分で考えながら、話の核心をノートに書く様心がけているようで、先生の話に耳を傾ける時間が増えた様だ。
こうして、初歩的な歴史を学んだ俺達は、初めての授業を終えた。