旦那様との交渉2
旦那様との交渉により、商会を立ち上げる事。
商会の売上げの報酬として、お嬢様と同じ時間に、教育を一緒に受けさせてもらえる事が決まった。
2割を自分の教育費に宛ててもらおうと思っていたが、旦那様が今後の商品の開発資金に、貯めておけと言ってくれた。
新しく商品を開発するにも、今は借りたり貰ったりしているが、貰えるものばかりではないのだ。
最初は遠慮したが、旦那様が譲らなかったのと、確かにお金はどんなにあっても困ることは無い。
ご好意に甘える事にした。
勉強する時間にしていた仕事は、出来る範囲で続ける事を約束した。
ワトソンさんには伝えてくれるらしい。
「あ!旦那様、もう一つお願いが」
俺はメモ帳を引っ張り出す。
「なんだ」
「はい。勉強時間の事なのです。今お嬢様は、午前に2時間、午後に2時間、勉強の時間をとっていますが、お嬢様の集中力だと効率が悪いのです」
「どういう事だ?」
「はい。集中力は、年齢プラス1分くらいと考えられていて、今のお嬢様だと、開始直後に既に集中力が切れて、無駄な時間を過ごしている状態なんです」
俺は、普段のお嬢様を思い出して話す。
「なので、途中で休憩を入れたり、勉強の題材を変えたり、家庭教師の先生にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「興味深い…いいだろう。話しておくので試して見なさい」
「ありがとうございます」
これでお嬢様も、少し勉強が好きになってくれるといいんだけどな。
「では、商会の設立にあたって、話を詰めよう」
「はい。お願いします」
俺は新しいメモのページを開いて、構える。
「まず、カーミラを代表として商会を立ち上げる事に、心変わりはないのか?」
「はい。お嬢様が街の暮らしを知る機会にもなりますし、旦那様が許して下さるなら……商品開発や、交渉などは私がするので、お嬢様は代表として名前を貸して頂けるだけでと考えています」
万が一、断罪されてしまったお嬢様が自活出来る様、ここは何としても譲れない所なのだ。
「美容商品を売り出す予定ですし、お嬢様が自らお使いになっているので、聞かれても答えられないという事はないかと思います」
貴族社会では、名前を貸して、優秀な人物が商会を取り仕切ることが多い。
要はパトロンだ。
「……いいだろう。その代わり、私から一人つけよう」
どういう事だろうか。
「お前が如何に優秀で、シュトラーダ家として商会を立ち上げたとしても、交渉時子供一人では何かと舐められるだろう。ジュダス、入りなさい」
扉のすぐ外で待機していたようで、すぐに呼ばれた人物が入ってきた。
「お呼びでしょうか。ライナス様」
ジュダスと呼ばれた人物は、茶色の髪をワトソンさんの様にセットした、整った顔をした男性だ。
ルークさんと長身な所も、年頃も同じ位に見える。
「私の従者のジュダスだ。今後商会に関する行動をする時は、ジュダスを連れなさい」
「リオンです。宜しくお願いします」
俺は、挨拶の後右手を差し出す。
「……ジュダスです。宜しくお願いします」
ニッコリ微笑んだが、握手は返されなかった。
旦那様がクツクツと笑いながら、俺達を見ている。
俺は、差し出した手を、どうしようか悩みながら引っ込めた。
善意として俺にジュダスさんをつけてくれたのもあるが、監視の役割りもあるんだろう。
「その男は扱いは難しいが、優秀なのは間違いない。困った事があった時は相談しなさい」
「ありがとうございます」
旦那様が難しいというなら、相当なのだろう。
扱い難さと、優秀、そのどちらも。
「商会を立ち上げるに当たって、何か条件などはあるのか?」
旦那様が再び机でペンを走らせる。
器用な方だ。
「そうですね……商会は、貴族の方々が住む中心街に建てるか、借りるか出来れば良いと思ってます。ただ、働き手がいないのです」
貴族相手に売ろうにも、接客のキチンとした従業員がいないと、お店は開けられない。
「商業連盟には、職を求める人が集まるのですよね?」
この世界は、知り合いなどを通じたり、後は生まれ育った家の仕事につく事が多い。
働いていた場所が取り潰されたり、倒産したりした時、商業連盟で同じ職を探してもらえる事があると、ワトソンさんが話していた。
「そういった場所を確保してある……という訳では無い。そこに来るツテを頼る。……というのが正しいだろう」
なるほど。
自力で今までの人脈やコネを使って、本人同士で交渉する感じか。
「では、商業連盟に、求人を張り出して貰うのはどうでしょう」
とりあえず、必須要件と歓迎要件などあるが、分かりやすく必須要件だけにしよう。
俺は、メモ帳に、上から商会の名前仮、賃金いくら。
仕事内容の接客。
取りたい人材の年齢。
この世界では、10歳に教会で魔術登録をして、街の一員として働き始める。
成人は15歳だ。
貴族相手に接客となると、成人からの求人が妥当か。
そして、条件に文字が読める。
清潔感のある身なりを整えるが出来るなど書く。
面接する日時と場所。
最後に、この広告を出す自分の名前と、連絡先。
俺は、書き終わった物を、破って旦那様に渡す。
「こういった求人を、商業連盟の壁にでも、スペースを確保してもらって、皆が自由に貼れるようにするのはどうですか?」
旦那様とジュダスさんが、顔を見合わせる。
「……面白いシステムかと思います……」
ジュダスさんが顎に手を添え、感心したように旦那様を見る。
「……続けなさい」
「はい。そこで、職を探している人達は、自分に出来そうな仕事を、その求人の中から選んで、指定の場所に行き、雇うに当たって問題がない人物か。やる気はあるのか。などを雇い主が直接、面接するんです」
「……どう思う」
旦那様が、ジュダスさんに問いかける。
「……効率的で画期的なシステムです。誰も損をしない点、多くの手間を省く事が出来る点など、商業連盟だけでなく他にもそのシステムは使える所が多いと思われます」
異世界転生だと、冒険者ギルドとかでは、必ず有るクエストシステムだけど。
無いシステムの設定なのか。
便利だし、これで働き手が見つからず苦労する人が減るのなら、それは俺にとっても喜ばしい事だ。
「貴族の方が主な購買層になるなら、成人した、15歳からの記載が良いかと思われました。先程、旦那様も仰いましたが、子供だと舐められる恐れがありますね」
「そうだな」
「なので、15歳未満の子供は、見習いとして、半分の賃金で雑用などの仕事をこなし、将来成人してから、正規の賃金で雇い直すのはどうでしょう。そうすれば、仕事の流れも分かっていますし、職場の人間とも馴染みがある分、すぐに戦力になるではないでしょうか?」
「それはいい案ですね」
ジュダスさんにも高評価を貰えた。
「では、商業連盟への求人スペースの確保は、私が行って説明しよう。代表として、カーミラの登録も行うので、護衛にもう何人かつけよう。ジュダス、お前も来なさい。日程は、調整するので少し時間がかかる」
「畏まりました」
「商品を作る工房にアテはあるのか」
そこが問題なのだ。
ずっとシュトラーダ家の使用人とし働いてきた俺には、全く外との繋がりがない。
「大変失礼なのですが、旦那様にツテなどはありますでしょうか?」
俺の質問に、あからさまにジュダスさんが嫌な顔をした。
「出来れば複数、口添えなどはいりませんので、旦那様の領地にある工房を教えて頂きたいのです」
確か、旦那様の領地は、王都のすぐ南に位置していたはずだ。
城で勤めるシュトラーダ公爵夫妻は、仕事の都合上、家族で王都に住居を移している。
領地の経営は、旦那様の弟夫妻が滞在していて、最終決定を旦那様にお願いするように運営している。
それ以外は、弟夫妻が処理しているらしい。
ワトソンさんが話していたが、旦那様に似てとても優秀だそうだ。
口添えはいらないと言った俺を、完全に旦那様に丸投げすると思われていたのか、ジュダスさんが驚いた顔をして見た。
「構わないが……王都ではなく、私の領地にする理由とは?」
「理由はいくつかあるんですが、一番は作っている所を余り見られたくない所でしょうか?作り方はその内解析されてしまうでしょうが、直ぐには分からないはずです。高額商品ですし、作り方は秘匿した方がいいと思います」
シャンプーリンスは、入っている物自体は全く持って高額ではない。
バーバラさんでも作り方を知っていれば、すぐにでもキッチンで作れる材料だ。
秘匿してしばらくは独占したい。
「そうだな。他の理由とは?」
「後は、旦那様の領地の特産品として、売り出すのはいかがでしょう?本店を貴族街の中心地に、行く行くは支店を旦那様の領地に作り、置く商品を変えるのはどうでしょうか」
俺は、貴族街の店には高級志向を始めとした商品。
旦那様の領地には、旦那様の領地でしか取れない物でシャンプーリンスの香り付けをして、地域限定品として売り出してみてはどうかと提案した。
「それが実現すれば、領地を訪れる人間も増え、領地は活気付くだろう」
旦那様が、深く頷いてジュダスさんに視線を向ける。
ジュダスさんも、メモを取りながら頷いている。
「口添えがいらない理由は、今後付き合っていく工房ですので、自分の目で見て、自分と合った考えの工房と付き合っていきたいのです」
これは、完全な本音だ。
旦那様に口添えして貰うと、もし自分と合わない工房長だった場合、我慢しなくてはいけないかもしれないからだ。
「分かった。私の領地にある工房をいくつかジュダスに見繕っておかせる。ジュダス明日までに見繕っておけ」
「畏まりました」
「……とりあえずこんな所か……」
旦那様が掛け時計を見つめて呟く。
もう八時を回っている。
随分時間が掛かってしまったようだ。
緊張で、体感時間が狂っていたらしい。
「何かあったら、ジュダスを通して報告しなさい。話は以上だ」
旦那様が、処理した書類をジュダスさんに手渡す。
「本日は、本当にありがとうございました。誠心誠意、シュトラーダ公爵家の為、尽くさせて頂きます」
俺が礼を取ると、旦那様は一泊置いてこう言った。
「……いい……お前は、お前の信念通り、公爵家に留まらず、自らの主人に仕えればいい。話は終わりだ……下がりなさい」
俺が信じる、カーミラお嬢様の為に働け……。
という事らしい。
「はい。ありがとうございます。失礼致します」
俺は今度こそ挨拶をして、部屋を後にした。
き、緊張した……。
しかし、交渉成果は、大勝利だ。
こうして俺は、破滅フラグ回避へ、大きな一歩を踏み出した。