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嫌われ悪役令嬢を愛され令嬢にする方法  作者: 今宮彼方
第1章幼少期編
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旦那様との交渉1


 朝からずっと落ち着かない。

 それもそうだ。

 夜には、旦那様との話し合い……。

 自分にとっては、交渉の時間となる。


 話す順番は勿論、よく頭の中でシュミレーションしておかなければ。

 俺は、何度も頭の中でプレゼンを組み立てる。


 難易度の優しいお願い事から、難易度が高いお願い事まで。

 その中でも絶対に叶えてもらいたいラインを、自分の中に定め、如何にそれが有効で効率的かを伝えなければ。


 俺は、身なりをもう一度整え、忘れ物がないかチェックして、旦那様の書斎に向かった。



 一番南の豪華な扉の前で一息つく。

 ここを訪れるのは二度目だが、緊張感は最初に訪れた時とは、比べ物にならない。

 俺は、もう一度深呼吸して扉を二回ノックした。



「旦那様、リオンです」



 少しして、入りなさいという声が聞こえた。



「失礼します」



 ゆっくりと、重い扉を開き中に入る。

 俺は左手を胸に当て礼をとる。



「本日はお忙しい所、お時間を作って頂きありがとうございます」



 顔を上げると、前回来た時と同じ様に、旦那様は机に向かってペンを滑らせていた。

 ゆっくり顔を上げると、灰色の瞳とぶつかる。



「ワトソンから、私に話があると聞いた。時間をとるのに、少し時間が掛かってしまったな」

「とんでもありません!貴重なお時間、ありがとうございます」



 俺は慌てて首を降った。



「では、早速話しなさい」



 旦那様は、ペンを置くと、机の上に両肘を立て寄りかかる。

 そして、口元に両手をもっていった。

 口元を隠すことによって、表情を悟らせないという心理学を、どこかの本で読んだことがあった。



「……はい。本日は、旦那様にお願いがあって、お話しに参りました」



 今の旦那様は、お嬢様のお父様でも、国の宰相としてでもない。

 シュトラーダ家公爵としての、威厳を纏っていた。

 知らず瞳を逸らしたくなるのを堪えて、しっかり見つめ返す。

 震えそうになる声を、手のひらをグッと握りしめることで飲み込む。

 そして、ゆっくりと自分の願いを口にした。



「どうか、お嬢様が受けている勉強を、私も一緒に受けさせては貰えないでしょうか?」

「勉強を?」



 そう。一つは、知識だ。

 俺には圧倒的にこの世界の知識が足りない。

 転生者ということで、前世に得た知識がある物の、この世界特有の知識は全くと言っていい程無い。

 地理や地形は勿論、この世界の歴史や、一般、それから貴族常識。

 あげ出したらキリが無い。


 お嬢様に仕える上で、質問を受けた俺が知らないでは、お嬢様に助言も出来ない。


 しかし、教育を受けるには、問題がある。

 俺はこの公爵家に仕えている身だ。

 お嬢様の乳母として働いていた母はもう死に、父は俺が生まれる少し前に事故で亡くなった。

 残された俺を、可哀想に思って、使用人として引き立ててくれたのが、シュトラーダ家だ。

 その使用人の自分が、勉強時間の為に仕事が疎かになっても本末転倒だ。

 教育を受けるのにも、お金だってかかる。

 自分の子供ならまだしも、旦那様が俺に教育を施すのは、何のメリットもない。


 そこで、このシャンプーリンスだ。

 俺は、そっと持ってきたシャンプーリンスの瓶を旦那様の机に置く。



「これは、私が作った『シャンプーリンス』というものです」



 旦那様が、瓶を手に取った。



「アメリアに聞いている。なんでも髪の汚れを落とし、艶を出す物だと聞いたが」



 旦那様も興味深そうに、瓶の中を眺める。



「はい。これを売り出すため、お嬢様のお名前で、商会を開いては頂けませんか?」

「商会を……カーミラの名で……?」



 さて、ここからが本番だ。

 絶対に譲れないラインを元に、少しでも有利に。

 そして、旦那様にもメリットを伝えていく。



「このシャンプーリンスは、美容消耗品です。また、今までに無いものです」



 俺はもう一本、香りの違うシャンプーリンスを手に取る。


「奥様も、使ったその日に、お嬢様の髪の艶に気付きました。それほど、この商品はすぐ効果が出て、周りに影響を与えています」



 使った後の髪を見て、女性皆が目の色を変えて欲しがったのだ。



「……うむ。私も城で数人、アメリアの髪について質問を受けた」



 どうやら、王都の城で働く奥様の髪艶を見て、旦那様に探りが来たらしい。




「貴族の女性をターゲットの中心に、この商品を商会で売り出して欲しいのです」

「……ほう」

「そして、商会を立ち上げて下さった暁には、商会の代表の地位と、商会の売上の8割をお嬢様、またはシュトラーダ公爵家に献上します」



 口元を隠している為、表情は読めない。



「……残りの2割は?」

「その2割を、商品開発した私への報酬として、勉強をさせて頂きたいのです」



 旦那様が静かに目をつぶった。

 思案しているのだろう。

 やがて、ゆっくり瞳を開くと、まっすぐに俺を見つめてきた。



「……いいだろう。商会を立ち上げ、この商品を売り出す事に協力しよう」



 よし!俺は心の中でガッツポーズする。



「ただし、いくつか質問がある。その答え次第だ」



 まだ交渉は終わっていなかったらしい。

 むしろ、本当の交渉は、ここからだとばかりに、旦那様の表情は、先程よりも固くなった様に見えた。



「先程、商会の代表をカーミラにすると話していたな。それはなぜだ」



 この質問は、聞かれる事も想定内だ。

 まさか、ここがゲームの世界で、お嬢様は年頃になると断罪されてしまう。

 それを回避出来なかった時、お嬢様が一人でも生きていける様にする為の保険です。

 ……なんて、本当の事は言えない……。



「はい。それは、シュトラーダ公爵家のご令嬢のお名前の方が、家格的に、貴族の皆様に、商品を手に取って頂きやすいと考えたからです」



 俺は、何度も行ったシュミレーション通りに答える。

 俺の答えに、旦那様は表情を変えずに質問を重ねる。



「この間、夕食に出た料理。それにこのシャンプーリンス。ワトソンに聞いた所、カーミラの意識を変えたのも、リオン。お前と聞いた」



 そこで旦那様の表情が一変する。



「それほどのアイデアや、新しい物を生み出す着眼点があるなら、何もカーミラに仕える必要はないのではないか?もっと、思慮深く、聡明な主人に仕えれば、お前をもっと取り立ててくれるだろう。そんな人間に仕えようとは思わなかったのか」



 旦那様の顔は、シュトラーダ家の当主としての顔でもなくなっている。

 これは……国の宰相としての旦那様の顔だろう。


 偽りは……恐らく見破られるだろう。

 俺は、お嬢様が誓ってくれた、あの決意の瞳を思い出す。

 その瞳を思い出し、俺は重い口を開いた。



「そう……かもしれません」

「ならば……」

「ですが……」



 俺は失礼とは思ったが、旦那様の言葉を遮る。




「思慮深く、聡明で……強く、地位のある…そんな人間に仕えたい。そう思う人が多いとは思います……」



 俺は、思ったまま、感じたままの素直な気持ちを、ゆっくり旦那様に話す。



「でも俺は、そんな完璧な人間ではなくても、我儘で、思った事がすぐ顔に出てしまって、お調子者だけど、本当は不器用で優しい……そんなカーミラ様だからこそ。お仕えしたいと思ったのです」



 俺の言葉を聞いた旦那様は、本の一瞬。

 本の一瞬、驚いた様な、嬉しい様な顔をしたが、すぐに元の無表情に戻ってしまった。



「……やってみなさい」


 旦那様が、灰色の瞳を、カーミラお嬢様に向ける様に細めると、そう仰ってくれた。



「……あ、ありがとうございます!!」



 俺は深く礼をした。

 交渉成功だ。


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