小麦粉パック
シャンプーリンスの試作品第一号を作った日から、1週間がたった。
あれからレモリの皮を始め、果物の皮なども試してみた。
俺的には、このレモリが一番好みだ。
凄く勿体ないが、ルークさんから分けて貰った薔薇を使ってみたりもした。
花びらを絞ってエキスをとるから、大量に薔薇が必要になる。
売値も高くなる。
完全に富裕層向け商品だ。
高額になるが、貴族向けの高級品としてなら、薔薇が一番売れそうだ。
思い出したレシピも、沢山纏めてバーバラさんに届けた。
毎日、試行錯誤しながらバリエーションを広げている。
俺がシャンプーリンスの試作品を作っている間、お嬢様も勉強、散歩、ダイエットと、弱音を吐きながらも頑張っている。
50キロ以上ありそうだった大きな身体が、少しだけ小さくなった様な気がする。
把握する為、ファリスさんに体重を聞いたが、黙秘されてしまった。
自分達が記録するので、任せて欲しいそうだ。
確かに、体重を毎回聞かれるのは、お嬢様も恥ずかしいだろう。
ファリスさんとレナとも、グッと仲良くなった様だ。
ストレスは、リメイクや刺繍など、趣味の手芸で発散しているらしい。
レナが教えてくれた。
それでも、やはりお腹が減って、文句という名の催促に呼び出される事がしばしば。
「リオン、お腹が減ったわ!何か持ってきなさい!」
「さっき昼食を食べたばかりではありませんか」
「それでもお腹が減ったのよ!」
お嬢様が、キーっと効果音のつきそうな金切り声で訴える。
「ダメです。一つ許すと、全部許さないといけなくなりますからね。お水でも飲んで下さい」
「そこは、せめてお茶にしてよ!」
「お茶はお勉強が終わったらです」
俺が態度を変えないため、お嬢様の瞳は絶望に染まっていく。
「そんなぁ……ファリス……レナ……」
俺に言っても無駄だと悟ったお嬢様は、二人に助けを求める。
「……リオンから止められているのでダメです……これもお嬢様の為です!私達も、差し上げられなくて辛いですが、耐えます!」
エサを欲しがって鳴くペットって、ついあげたくなるんだよな。
あげないと可哀想になってくるのだから、不思議なものだ。
今、ファリスさんはそれなんだろう。
「その代わり……ちゃんと我慢出来れば、豆乳わらび餅、多めに貰ってきます」
「本当?!」
「はい。その代わり、蜜は沢山かけちゃダメですよ?よく噛んでゆっくりですよ?」
「ええ!分かったわ!やったぁ!」
お嬢様が、嬉しそうに何度も頷いた。
「な、なんだかんだ、リ、リオンが一番お嬢様に甘い気がします」
レナが唇を尖らせて意見する。
俺は、苦笑しながらも答えた。
「確かに、そうかもしれませんね。でも、嫌々だと続かないんですよ。たまには飴も必要です」
人差し指を立てて、ビシッと説明する。
「レナ、リオンは鞭も使いますからね。私達も見習わなければ」
ファリスさんの言葉に、お嬢様の笑顔がピシッと固まった。
「話は変わりますが……今日のお召し物も、とてもよくお似合いですね」
着ているドレスも、随分センスが良くなった。
今日も、暗めのえんじ色のドレスに黒いカチューシャと、赤い宝石のついた黒いチョーカー、同じく黒のワンストラップパンプスを履いている。
「今日は、少し寒いからから、見ていて寒くならないように、えんじのドレスにしてみたの」
なんと、教えていないのに、気候に合わせてドレスをチョイスしているらしい。
確実に腕を上げている。
髪も毎日のシャンプーリンスで、艶々だ。
ファリスさんとレナも、お嬢様に貰ったシャンプーリンスを使っているので艶やかだ。
シャンプーリンスといえば、お食事の時に一緒だった奥様も、お嬢様の髪の艶にすぐ気付いて、欲しがった。
流石目敏い。
暴食も控え、水分も沢山とり、適度にウォーキングしているので、ニキビも少し減ったようだ。
化粧水や、ニキビ薬などのない世界。
何か良い策はなかっただろうか……。
「うーん。……『パック』なら……作れるかも?」
「『パック』?」
デジャブ再びである。
最近この三人のシンクロ率も上がっている。
「はい。顔に薬液や、果物などを塗って、新陳代謝を促進して、美化を促すものです」
『美化…………』
女性達の目が鋭くなる。
「はい。人によって合う合わないなどありますが、肌の美白、シワ解消、ニキビにも効くそうです」
俺がやろうとしているのは、小麦粉パックだ。
韓流にハマっていた姉がよくやっていた。
元はフランス生まれらしい。
「やる!やりたいわ!」
お嬢様が、元気良く椅子から立ち上がる。
「お嬢様、お行儀良く…ででは、午後の勉強の後に、わらび餅と一緒に、用意して持っていきますね。ちゃんと先生の話を聞くんですよ」
「も、勿論しっかり勉強するわ!」
少し不安だが、やる気になってくれたのならいい事だ。
俺は、早速自分の持ち場の掃除を終えて、ルークさんの所から薪を貰ってキッチンに届ける。
「バーバラさん、薪、ここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
オーブンの横に薪を置いて、バーバラさんにお願いをする。
「バーバラさん、小麦粉と牛乳持っていいですか?」
「なんだい、また、なんか作るのかい?」
丁度仕込みが終わったようで、バーバラさんがエプロンで手を拭くと、小麦粉の袋を持ってきてくれた。
「はい。作るといっても、料理じゃないんです。美容品です」
「美容?」
俺は、小麦粉パックについて説明する。
「へー!そんな使い方もするんだね。いいよ、持っておいき。お嬢様にやってあげるんだろ?」
「はい。あと、牛乳とハチミツも少しもらっていいですか?」
「いいけど、益々食べ物じゃないなんて、おかしな話だね」
持っていく材料を見て、バーバラさんが笑った。
確かに、材料だけ見ればお菓子でも作りそうだ。
「ありがとうございます。じゃあ、持っていきますね。あと、午後のお菓子のわらび餅も持って行っていいですか?」
「ああ、そこに出来てるよ。持っておいき」
俺は、豆乳と片栗粉で出来たわらび餅を、少し多めにお皿によそる。
そして、お礼を言って、材料とオヤツを抱えて、パントリーでボールを一つ掴むと、お嬢様の部屋へと戻る。
いつも通りファリスさんが、開けてくれて、中に入ると、お嬢様が待ってましたとばかりにこちらを向いた。
まずは、オヤツのわらび餅をテーブルに置く。
お嬢様は嬉しそうに、そっと蜜をかけて食べ始めた。
「ファリスさん、今後のために作り方見てて貰っていいですか?」
「あ、わ、私も見たいです!」
お茶を入れていたレナも、覚えたいらしい。
「わ、私も見たいわ!」
仲間はずれが嫌なのか、わらび餅を堪能していたお嬢様も加わる。
俺は苦笑して、お嬢様に見えるよう、テーブルで作業する事にした。
「では、まず小麦粉、牛乳、ハチミツを用意します」
俺は持ってきた材料を、皆に見える様に並べる。
「ボールに牛乳5、小麦粉3、ハチミツ1の割り合いで入れて、混ぜていきます」
俺は持ってきた、木のスプーンで混ぜる。
「5対3対1は、こうやって、スプーンで量ってください。5の牛乳なら、スプーン5杯です」
混ぜ終わったパックは、ハチミツとミルクのいい匂いがする。
「混ぜ終わったこの液体を、目と口を丸く避けて、顔全体に塗って、10分程だったら洗い流します。これが、パックです」
「早くやって見ましょうよ!」
食べ終わったお嬢様が、身を乗り出してくる。
ドレスが汚れないように、タオルで首元を覆う。
前髪も落ちてこないように、後ろ髪と一緒に一つに纏めてもらった。
椅子に座って、上を向いて貰ったお嬢様の顔に、スプーンで小麦粉パックを乗せて、少しずつ広げていく。
「凄くいい匂い。お腹が空く匂いだわ」
しまった。オヤツ前にすれば良かったか。
「お嬢様、生で小麦粉を食べたらお腹を壊しますよ。いい匂いだからと、舐めたりしたらダメですよ。 」
「わ、分かってるわよ!」
……やる気だったな。
「……良し。出来ましたよ」
上を向いて、目をつぶっていたお嬢様の前に、鏡を置く。
「ぷ……ふぁるでこれ!まうでピエロじゃなふぁい!」
口元もパックしてあるせいで、少し言動が怪しい。
ファリスさんとレナも、クスクスと笑っている。
「でも、モッチリしていて気持ち良いのでは?」
俺の質問に、口元を気にしてコクコクと頷く。
10分後。
お嬢様は顔を洗いに、浴室に連れられていく。
「リオン!見て!肌がモチモチよ!」
浴室からお嬢様が、頬をさすりながら戻ってきた。
失礼してお嬢様の頬に触ると、手に吸い付いて、しばらくしてから離れた。
確かにモチモチだ。
「私、毎日パックもするわ!」
「ダメです。パックは週に1回です」
俺が反対すると、ファリスさんがお嬢様の肌を見ながら、首を傾げた。
「どうしてですか?とても肌がモチモチになりましたよ?なんだか少し白さも増したような……」
「材料を見ても分かる通り、パックは栄養豊富です。頻繁にパックすると、栄養過多でニキビが増えてしまうし、肌にも負担になってしまいます。食事と同じですね」
「なるほど……」
納得して貰えたのか、三人が頷いた。
「では、私は仕事に戻りますね。お嬢様、お腹が減った……と、二人を困らせてはいけませんよ」
「分かってるわよ!私だって、ちゃんと成長してるのよ!」
俺は、お嬢様のモチモチになった口角を、数度持ち上げて仕事に戻った。
あとは、シャンプーリンスをどうやって売り出すかだな。
これには、俺一人の力ではどうにも…。
「リオン、今よろしいですか?」
「はい。どうしたんですか?ワトソンさん」
俺は、パントリーに戻すボールを、洗っていた手を止める。
「お待たせしてしまいましたが、明日の夜、旦那様がお時間頂けるようです」
「本当ですか?」
「はい。夕食後に、書斎の方にいらっしゃる様にと、旦那様より言われております」
遂に、旦那様との話し合いが叶った。
早くも緊張してくる。
「分かりました。夕食後、書斎に伺わせて頂きます」
俺の復唱に、ワトソンさんはニッコリ微笑んだ。