嫌われのお嬢様
「まぁ……カーミラ様は、その様な事も知りませんの?」
……これは、単にお嬢様の無知をストレートに貶してるのか。
でも、お嬢様の無知は、確かにお嬢様自身の落ち度であるが……。
「確かにカーミラ様とは、王都の素敵なお店でお会いした事も御座いませんし……知らなくても当然ではありませんか?」
クスクスと笑いながら、隣の派手なご令嬢が、相槌を打ちつつ加勢する。
「ですが……今日のお召し物は……とてもお似合いですわね」
反対側の令嬢が、これまたクスクスと歪んだ口元を、扇で隠しながら毒を吐く。
これは、フリルやレースでゴテゴテして、太い身体が更に強調されている服が似合うという、嫌味だろう。
カーミラお嬢様もそれは分かっているのか、下を向いて顔を真っ赤にしている。
「そういえば、カーミラ様はクリストファー殿下の婚約者候補に選ばれているとか……公爵家に生まれただけでその様な扱い…羨ましい限りですわ」
再び、始めにお嬢様を貶した令嬢が牙を向いた。
これは、翻訳すると、『家の家格だけで、何も努力していないあなたみたいなのが選ばれるなんて、シュトラーダ公爵は、随分贔屓されてますのね』
という所であろうか。
言い返す事が出来ず震えている太った少女は、その噂のシュトラーダ公爵家の一人娘のカーミラ。
カーミラ・メルド・シュトラーダ。
俺の一つ歳上の9歳。
俺がお仕えしている、カーミラお嬢様である。
それにして…皆幼くても立派に『女』である。
このネチネチとした、遠回しな嫌味。
お茶会とは名ばかりの、カーミラお嬢様イジメ会ではなかろうか。
「まぁまぁ、皆さん。そんなに1度にお話されては、カーミラ様が答えられませんわよ」
それまで黙って聞いていたご令嬢が口を開くと、皆の視線がそちらに向く。
幼いながらも高貴な淑女はこういうものかと、見たものを納得させる優雅さ。
今日のお茶会で、カーミラお嬢様に次いで家格の高い、同じ公爵家のお嬢様だ。
名前は確か……マルガレット公爵家のレベッカ様だったか?
レベッカが豪華な黒いサラサラした髪に、蒼い上品なドレスを着こなして、優雅な仕草でお茶を飲んでいる。
「レベッカ様がそうおっしゃるのでしたら……」
回りの令嬢達が、態度をコロッと変えてレベッカを見つめる。
レベッカの取り巻きだろう令嬢達は、これからどうカーミラを貶してくれるのか……。
そんな期待を込めてレベッカを見つめている。
「カーミラ様も、わたくし達を見習って淑女としての振る舞いと、品のあるお姿になる為努力しませんと……」
レベッカの視線が、太いカーミラの身体に絡みつく。
わざわざ、こんな人前で言わなくてもいい事だとは思うが、レベッカの言う事は一理ある。
お嬢様は、マナーや座学などの勉強も嫌いだし、これでもかと大量の食事を食べて、運動もしない。
太る一方だ。
これには、色々と原因はあるのだが、流石にこのままではお嬢様のストレスが爆発しそうだ。
俺は執事頭のワトソンさんに目配せして、お嬢様の側へと近付く。
「お嬢様、お顔の色が悪い様で御座います。やはり、昨夜の熱がまだ下がっていないのではありませんか?」
勿論、昨日熱などは出ていない。
「え、ええ、そ、そうなの。まだ熱があるみたい。頭がクラクラするわ」
お嬢様がこちらの意図に気付いた様で、慌てて額に手を当て、大袈裟な仕草で具合の悪さをアピールする。
「まぁ……カーミラ様、体調が悪かったんですの?」
流石に体調の悪いお嬢様に、寄ってたかって嫌味を言う令嬢はいないらしい。
貶されて、真っ赤にしていた顔色が、信ぴょう性に拍車をかけたらしい。
正に怪我の功名とはこのことだ。
「大変申し訳ありませんが、これで私は休ませていただきますわね。皆さんはゆっくり為さってください」
カーミラお嬢様は、フラフラと身体をフラつかせ立ち上がった。
「ええ、カーミラ様をお身体お大事に」
「カーミラ様、またお茶会で」
「お大事に、カーミラ様」
「ええ、皆さん…それではお先に失礼します」
俺はカーミラお嬢様の手を取り、部屋を出ていく。
しばらく長い廊下を歩き、お嬢様の部屋の扉を開ける。
頭を下げたまま扉を引いていたのだが、お嬢様が中に入る気配がない。
不思議に思い顔を上げると、お嬢様は静かに声を殺して泣いていた。
「お、お嬢様?!」
俺は慌てて周りを見渡すが、誰も傍にいない。
侍女のファリスさんも、メイドのレナも、まだお茶会に立ち会っているのだ。
「お、お嬢様、とりあえずお部屋の中に入りましょう」
俺は、ポケットから洗い立てのハンカチを差し出して、お嬢様に部屋の中に入ってもらった。
椅子を引いて座ってもらい、すぐ隣の給仕室にお茶を取りに行く。
急いで入れた暖かい紅茶を、お嬢様に差し出した。
「さぁ、お嬢様。お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
お嬢様は泣きじゃくって、グチャグチャの顔のまま、紅茶のカップを手に取ると、口に運ぶことなく、また顔を俯かせる。
目元には、また涙を滲んでいる。
「お、お嬢様……」
「……あんたも……」
お嬢様がカップを置いて、こちらにキツい目を向ける。
「あんたも、あいつらと同じでしょ!私の事バカにして、我儘なデブだって、心の中ではバカにしてるんでしょ!!」