表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺獄にて  作者: ぺんぺん
ブロローグ 現世にて
9/31

怠惰な男 白く赤い部屋

一弥はベッドに固定されている。


暴れるのを防止するためか、両腕、両足、胴が固定され、白い天井を見上げることしかできなくなっていた。多少自由となっている首を曲げても一面の白しか映らず、退屈さは重みを増している。


他人の声が聴こえないことと、近頃癖のようになってしまっている考えていることをついつい口に出してしまうことが原因だろうと自己分析を行うくらいしかやることがない。


一弥は精神病院に入れられていた。


頭に響く悪魔の声は、相変わらず黙りこくっていた。

一弥にはその原因が理解できず、ただただ困惑と、その解決策を考えるだけで時間が過ぎていくのを感じていた。

一弥の閉じ込められた部屋は、秋口となる時に肌寒くなる夜が過ぎるような時候であっても格子の嵌められた窓が開けられることはない。

壁にある換気扇と、天井に埋め込まれたエアコンが季節を感じることすら不可として、室内の環境を保ち続けている。

変化が減らされ、変わるものなどここにはないのだと言われているかのように感じられた。

そんな部屋で唯一時間が分かるタイミングというのは、医者の定期巡回のタイミングくらいだ。

時折やってくる警備を二人引き連れた医者は、一弥を面白い症状の被献体としか思っていないのか、時間ができる度に一弥に筆談での会話を要求してくる。

[おはよう、一弥君。調子はどうだい?率直に聞かせてくれ。]

柔らかな笑みを浮かべた医者は、自筆のスケッチブックから毎回尋ねる質問を選び一弥の視界に入れてくる。

「相変わらずです。今も音はなり続けていますよ。」

質問に答える一弥は精神科に入れられた者達の中では理路整然とした回答を返しつつ、軽く状態を起こし、何か独り言を呟く医者に視線を向ける。

白衣に白髪、白縁の眼鏡。全身を白で覆った男は、穏やかな微笑みを見せながら、黒い瞳を一弥に向けている。

[私の声は聴こえるかな?]

「聴こえません。」

[私が何者か分かるかな?]

「医者であるとだけは。」

[結構。回答ありがとう。]


一弥はこの名前も知らない医者に好印象を抱いていた。

彼はスケッチブックを用いた問診で、一弥に命令を与えてくれるのだ。

医者はスケッチブックを捲り、マジックペンで何かを書く。

一弥と医者、警備の人達さえも静かになるこの時間が好きだ。一弥はどのような質問だろうと正直に答えようと心に決め、微笑みを浮かべて医者の質問を待った。


やや時間がたち、医者が一弥にスケッチブックを向ける。

[さて、君は腕や足が自由になったらなにがしたい?]

その質問の意図に一弥は頭を捻る。

この部屋に入れられたときには既に拘束されていて、なにもできる状態じゃなかった。

何がしたいか等と聴かれても、拘束を解かれても、捕まる前のバイト尽くしの生活には戻れないだろう。

現状で得られるものを考える。

遊び、仕事、夢、使命、命令。

悩み悩んで、答えを出す。

「医者先生を殺させてくれ。」

微笑みを浮かべたまま答えた一弥の回答に、医者は僅かに頬を引き、一弥の視界が赤く染まる。


どこからか飛んできた沢山の包丁が、黒ひげの入った樽に剣を刺すように、医者に刺さり、医者の顔から一気に生気が抜け落ちてガクリと倒れる。


医者の首、腕、股に深い切り傷が入り、一瞬だけ勢い良く血が吹き出し、徐々に勢いは弱々と治まっていく。


医者の首が鋭い刃物で一瞬のうちに切断される。


医者の頭を巨大なハンマーが横向きに叩く。「ガッ」という鈍い音と共に医者は頭から壁へとぶっ飛び、僅かに腕や足を動かした後、動かなくなる。


医者が喉を抑え、何かを求めるような、振りほどくような素振りをする。その首には濃い縄の跡が暗く刻まれ、恐らく首に結ばれた縄を後方から力任せに引っ張っているのだろう。やがて、白目を向いて力尽きた。


医者が両手両足を椅子に縛り付けられてから、数日が経った。何も食べるものも飲むのもの与えられない医者は、枯れた声で水を求めた。だが、その声に応えるものは居らず、経った数日で痩せこけた頬から自然と力が抜けていった。


心臓を細い注射針で一突きされた医者は、その針に開いている穴から水鉄砲のように血を吐き出し続けていた。


医者は火にくべられていた。赤々と熱をもち光る火は、医者の足先をじわじわと焼く。チリチリと足の毛が燃える音が響くなか、医者が苦痛に叫ぶ声と共に、火勢は増し、医者の足首、膝、股と火をうけて赤く、腫れ上がっていく。生きたまま遠火でじっくりと焼かれていく医者からは、肉の焼ける薫りが漂っていた。そんな時間が10時間も続き、最早声をあげることもできなくなった火の通った肉塊がそこにあるだけだった。


バチッと言う大きな音と共に医者の筋肉が跳ね、肉の焼ける香りと共に動きを止めた。


際限なく与えられ続ける水を飲ませられ続ける医者は、それでも呼吸の余地だけは与えられたいた。漏斗で水を注がれ、数秒呼吸の時間を与えられる。その呼吸の時間に何度も水を吐き出すが、それでも水だけが注がれ続ける。一定の感覚で、また、水を注がれ、大きく空気をすって、できるだけ空気と共に水を吐き出す。やがて、医者は自ら呼吸を捨て、与えられた水で溺れ死のうとするが、生きようとする医者の体は死ぬことすら許さずに耐えきれなくなったら水を吐き出し呼吸を行う。ただ、呼吸をすることすらも苦しみだしたが、まだまだ水が漏斗から注がれ続けた。


医者は寒さに震えていた。いくら震えても暖まらない体を丸く縮め、耐え凌ぐ。目を開けていることすら出来ない。直ぐに凍りついて仕舞うような気さえする極寒の中、助けるものも誰も居らず、医者は氷の彫像となり永遠の眠りにつく。


医者は筒を咥えさせられたまま、水に沈められていた。重しを付けられた両手両足は、一切動かない。ただ、口に咥えた節を落とした竹のような内側に空洞のある筒から呼吸のみが医者に許されていた。ヒューヒューと筒の中を空気が移動する音だけが聴こえる中、半日が過ぎようという頃、肌が少しずつ膨れ始めていた。水膨れのように、水分を含んだ肌は、痒みを増し、掻いて抑えようにも腕も足も動かない。頭を使おうにも咥えた筒を話すことができない。薄く濁った水を眺めながら、医者は諦め、筒を口から吐き出し、深呼吸するように水を取り込んだ。


結果は全て、医者の死に繋がる光景が、数十、数百にも渡り、目の前で再生される。

「ヒヒッ」

一弥の喉から引くような笑い声が溢れ出す。

一弥の視界を埋めるそれらの光景は、一弥が真に求めたものだ。

悪魔が言うからやったのではない。

一弥が求め、一弥が医者に対して行った殺人だ。

「ヒュヒッ」

一弥にとって、今こそが至福の時間。

望むことを成し、その成果達が、目の前に転がる数々の医者の死体だ。

こういう殺しかたも良いなと一弥が考える度に増える死体は、その血で一弥の視界を埋め尽くす。赤く、黒く。


耳に鳴り響く音達が、今がクライマックスだと、最盛を迎えて、一弥の意識はプツリと消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ