怠惰な男 取調
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「クスクスクス。」
一弥は笑う。
目の前の一弥に向けて何かを叫ぶ男を見て、目の前の男が死ぬ様を想像して。
目を閉じるだけで、幾らでも目の前の男を殺すことができる。
包丁で心臓を刺す。
一弥の座る椅子で何度も何度も殴り付ける。
頭突きで相手の鼻を叩き、頭を執拗に攻撃し、脳を揺らす。
腕に付けられた鎖で喉を締める。
だが、それらの妄想が現実に移されることはない。
どれか1つでも為そうとすると、己の状況を思い知らされ、実現不可能だと理解できてしまうからだ。
一弥はコンクリートで彩られた薄暗い部屋で、地面に固定された長机を挟んで男と対面させられていた。
一弥の両脇には別の男性が二人立ち、入り口付近にあった机に一人座っていた。
一弥は案外と理性的な人間だ。
やれと言われたことはやろうとするが、できないと判断したらやらない程度の理性を兼ね備えていた。
今行動に移しても殺せない。その事だけで一弥はうごけなくなる。
なら、やれることをやるのみだと、様々なパターンで目の前の男を殺す妄想を続けるのだ。
なにを言っているのか分からないが、目の前の男が机を叩き、捲し立てている。
一弥には音が分からない。
悪魔が奏でる死を求める音が耳に響くのみで、一弥には周囲の音が理解できていないのだ。
だが、一弥は音が理解できておらず、妄想に逃げているだけで、自身の置かれる状況は理解していた。
ここは刑事ドラマ等で良くみる取調室なのだろう。
彼等の着る制服が、恐らく防音素材になっているのだろう分厚い壁が、一弥を脅すように捲し立てる様を見せる厳つい顔の男が、それらを示す証となっている。
目の前の男を殺す手段が思い浮かばない一弥は自身のことを考える。
殺人が覚えているだけで9件、放火が3件。
一弥の記憶に残る事件と照らし合わせると、恐らく無期懲役か死刑辺りが一弥にもたらされるだろう。
その過去の事件との照合が現状目の前の彼等に求められている仕事なのだろう。
最後の犯行の直後に取り押さえられ、なんやかんやと連れ回されて現状に至っている。
一弥は元気の良い警察を横目に脱力する。
もう、これで悪魔の言うことが聞けなくなるのかと。
一弥は悪魔に言われるがまま殺しを行うことが好きだった。
毎日のようにやっていたアルバイトでは、始めに指示が与えられるだけで、詳細な指示が与えられず、何度も困惑していた。
だが、悪魔は違う。自分がやるべきことを詳細に、一弥に告げてくるのだ。
無意味にも思える言葉が多く含まれるが、それでも指示がないよりはマシだ。
一弥は頭を使う仕事が苦手で、それらの発展ができない人間だ。
次に何をすれば良いか、それが分かるだけで一弥の心は満たされていた。
そんな悪魔は今、黙り込んでいる。
悪魔の声以外の音は継続しているが、指示が途絶えている。
一弥はこの現状を抜け出したいと心の底から感じていた。
この部屋が嫌なわけではない。
捕まってから入れられた部屋もまあ、耐えられる。
だが、周囲の音が聴こえない現状。悪魔の声が聴こえなくなると他に一弥に与えられるはずの指示がなくなってしまう。
一弥は声を求めて、思考を巡らす。
この部屋の彼等を殺せば良いのか。
捕まっている状態から抜け出せば良いのか。
一弥には答えが分からず、ただ、悪魔の喜びそうなことを考える。
何を言っても反応できない一弥に愛想を尽かしたのか、首を横に振り、何かを指示している男を殺すすべを考え、それで悪魔が戻ってきてくれたらと考えるだけで、笑いが溢れるのだ。
「クスクスクス」
そう大きくない笑い声が、一弥の口から漏れ、笑みが浮かべられる。