警察 捕縛
「こちら、移川警察署、赤浪です。一連の連続殺人犯と思わしき男を現行犯で捕まえました。対象が暴れるため、所持品を検査に移りと思います。応援をよろしくお願いします。」
本部に無線で連絡しつつ、赤浪は自らが抑えつけている相手に対し、恐怖していた。
最近頻発していた凶悪な連続殺人事件。
それらを未然に防ぐため、見廻りが強化され、赤浪と、赤浪の相方である坂浦もその見廻りに狩り出された。
9ヵ月前のサラリーマン「東堂正彦」殺人事件は、首が裂かれ、後ろから足で抑えつけたような跡と、頭を何かで打ち付けられた跡、それに、廃棄されていた彼の鍵と、荒らされていない部屋から、身近な人間による私怨から来る殺人ではないかと調査が進められていた。
東堂正彦の近辺を漁っても、殺人犯の可能性のある何者かは影も形も見えず、担当の刑事が、その見えてこない犯人像から、憤りも隠せず、部下に当たることもあるのだと同期の花坂に愚痴を聴かされ、自分がそんな事件に回されずに済んで良かったと、内心で思いつつ、花坂を宥めたりもした。
だが、最近になって模倣犯が現れたのだ。
模倣犯は移川市内で3ヶ月の間に6件の殺人事件を起こしていた。
被害者の人相に共通の特徴はなく、その全員が東堂正彦と同じ、首を裂かれたことによる失血死で死んでいたのだ。
当然その6件の殺人事件が起きている間、警察がなにもしていなかった訳ではない。
だが、監視カメラも少ない住宅街が主な犯行現場で、見廻りを増やし、聴き込みを行っても、得るものが少なく、5件目の事件の際、ようやく犯人と思わしきフードを被って顔を隠した人物が付近のコンビニ前の監視カメラに写り込んでいたのだ。
市民からの突き上げも多く、殺人と言う大きな事件であることもあり、警察署内でも更に多くの人員を割き、見廻りを増やし、深夜帯の声かけ等、次の事件を防ぐことに重点を置いた対策を行うことにしたのだ。
そんなことになったため、普段は所内での書類仕事が主な仕事となっていた赤浪にも、夜間帯の見廻りが課せられていたのだ。
自分が見れる範囲の資料に目を通した赤浪は、証拠を残さず、殺した後は興味を無くしたかのように手の付けられていない被害者達の荷物、用意周到かつ大胆不敵にも思えるその犯行に、殺すことこそが目的のような、そんな印象を感じていた。
赤浪は共犯者が近くに居ないか警戒しつつ、赤浪が抑えている犯人がおかしな行動をしないか見張っている坂浦に視線を移す。
「坂浦、こいつ暴れようとして手錠かけられないから俺が抑えているうちに手錠かけてくれないか。」
話しかけるために一瞬視線を移しただけで、押さえ付けられた男が腕に更に力を込めようとする。
正直この押さえ付けられた男が抵抗する力は大人の男にしては弱く、多少油断したところで赤浪の拘束から抜けることはできないだろう。
だが、もし仮に片手だけでも自由にさせたらこれまでの凶器である刃物を取り出し、赤浪とて無事では済まないかもしれない。
警戒はしておくだけ損はないだろう。
赤浪が恐怖を感じるのは押さえ付けられた男が暴れているためではない。
この男はぶつぶつと押さえ付けている赤浪を殺す手段だけを呟いているのだ。
押さえ付け続ける自信はある。
だが、それでも恐ろしい。
この男が本当に連続殺人犯だったら、資料で見たあの鋭い切り口のように力を抜いた瞬間に隠し持っている刃物で
「おい、赤浪!手錠かけたしさっさと刃物持ってないかだけでも調べるぞ!」
赤浪が不穏な想像をしだした時、坂浦が横から声をかけてきた。
坂浦はガタイが良く、もしもの時に備えて関しにもらっていたが。
「すまない、坂浦。捕縛変わって貰えないか。すまないが、少しだけ行きを整える時間が欲しい。」
「はぁ~、赤浪お前最近働きすぎなんたよ。ちょい変われ。」
しっかりと背中と腕を押さえ付けたまま、慎重に坂浦と入れ替わる。
坂浦が全身を使ってお手本のような組み付けを見せる。
坂浦に任せておけば安心だと安堵の息を吐き、正面に回り込んで組み伏せられた男の顔を覗き込む。
焦点が定まっていないのか、揺れ動く血走った目、唇を動かさないで舌だけを使って吐き出される憎悪、血色の悪く白どころか青がかって見える肌に、こいつこそが殺人犯に違いないと決めつけに近い確信を持てた。
「坂浦、俺が荷物を漁る、しっかり抑えとけよ。」
宣言をしながら組み伏せられた男の様子をしっかりと観察する。
そもそも赤浪がこの男に目を付けたのは、半袖とは言え夏の夜にフード付きのパーカーを着て頭を隠し、持ち物と言えば腰に付けたショルダーバッグ1つで、フラフラと歩いている様に違和感を覚えた坂浦が声をかけ、職務質問を始めようとしたところで、その男の逃げ場を塞ぐように後ろに移動していた赤浪は、フードの男のチャックの開いたショルダーバッグ内に、刃物のような光が反射するのが見えたからだ。
男は前に立った坂浦に気にも止めず、フラフラと歩みを止めない、それだけならまだ酔っぱらいの可能性もあり、強くは出れない。
「止まれ、警察だ!とまれ!」
だが、この男は何も聞こえていないかのように反応がない。どうやら普通の酔っぱらいとは違う。坂浦が何度声をかけても反応がない。普通の酔っぱらいであれば、目の前で坂浦のような巨体に凄まれたらいくらなんでも視線くらいは向けてくる。
男が推定刃物が収まったショルダーバッグに手を伸ばさないか観察していたら、男の足元が見えた。
近付くまで暗がりで分からなかったが、靴が赤く濡れている。
まだ、濡れたばかりのようにテカテカと黒く光る足は、男が何かしらの凶行に及んだ証拠だと赤浪は確信した。
そこから赤浪の動きは早かった。
坂浦に視線で合図をし、後ろからタックルをするように押さえ付けたのだ。
深呼吸をしながら、男のショルダーバッグを開く。チャックも閉めていないそのバッグからは、赤黒い血がこびりついた包丁が出てきた。軽くタオルにくるまれただけの包丁は、刃先だけが良く研がれ、鋭い光を見せていた。
「坂浦、凶器出てきた。そいつが犯人だ。絶対に逃がすなよ。」
深呼吸をしていたはずなのに、過呼吸気味になりながら、坂浦に告げる。
ぶつぶつと呟き続ける男に対し、遠慮する必要がなくなった赤浪は、ポケットから取り出したハンカチを男の口に詰め、応援の連中が駆け付けてくるまでの長い長い数分を、男を見張りながら待ち続けるのであった。