怠惰な男 転嫁
動くことを辞めたスーツ姿の男の服を漁り、ポケットにあったキーケースを取り出し、スーツ姿の男をそのままに、歩みを進める。
一弥は奪った鍵を暫く進んだ道端の排水溝に捨てた。
「これは練習にすぎない。もっと楽しいのはこれからだぜぇ!」
悪魔の響く声を聞き流し、少しずつ冷静になり始めた脳で状況を確認する。
包丁以外殆ど返り血も浴びていない。
悪魔の言うことに従えば間違いない。
悪いのは悪魔だ。
初手で首を裂いたのは悪くなかった。
一弥自身が得るものは1つもなかったが、この程度で人は死ぬと理解できたし、思ったよりは楽しくなかったと。
頭の中で不快が渦巻く。
一弥は自分が悪くないと確信に近い考えを抱きつつ、自分が人を殺したと言う事実を飲み込めないでいた。
一弥にとって悪いのは自分を唆す悪魔と、無様にも死んだスーツ姿の男だけだ。
思考が纏まらず、深く深く渦を成す。
悪魔が悪い。死んだ男が悪い。
自分が悪くないと言うための理由を考えて、歩く。
無為にも近いそんな時間は、一弥の家に辿り着くという幕切れで終わりを迎える。
自分でも思っていた以上に疲労が深く、一弥は引きっぱなしの布団に倒れ込み、落ちるように寝るのだった。
夢を見る。
人が死に、奪われ、犯される。
何十、何百にもその惨状が浮かび上がる。
顔には笑みを携え、心の内は無感情に、無関心に、ただ、悪魔に唆されるがままに悪を為す。
きっとこの行為に意味はないのだろう。
一弥は、言われたからやっているだけなのだから。
だが、悪魔が言うのだ。
「君はとても楽しそうだ。」と。