辺獄にて 図書館ビーチェ 骨の城6
一弥君視点にやっと戻れます
鈴城一弥が再び意識を取り戻すまで、長い長い時間を経た。
ガブリエラは単に一弥を解体のみにあらず、罪衣による肉体の修復の傾向や、骨の欠片の味の調査も含め、有り余る時間を使って鈴城一弥の肉体を調べ尽くした。
時に教授の手も借りたりはしたが、ガブリエラの思い付く限りのことを試すことができた。
肉片が極僅かにゆっくりと本来の姿を取り戻そうとする様まで思い出せるくらいだ。
ガブリエラは久し振りの充足感を覚えてはいたが、次は鈴城一弥の精神性を見なければならないと、更なる気合いを入れるのだ。
ガブリエラは再生しつつある鈴城一弥の腕や脚を、ガブリエラ自身の髪の毛を切り取って編んだ縄を用いて縛り上げた。
そうして縛り上げられたまま、鈴城一弥は形を取り戻す。
全身に鈍い痛みが走る。
露出した神経に風が当たることによる痒みを伴う、傷口に水をかけたかのような痛み。
数瞬前までは失っていた意識が呼び戻され、更なる痛みを自覚する。
生きていた頃には味わうことの無かった痛みに、一弥は口を噛み締め、叫びを抑える。
声に出して痛みを叫ばなかったのは、体表のみならず体内も明らかにズタボロな様相を呈していると自覚しているからだ。
意識が戻った瞬間に息を吸っただけで、喉や肺も悲鳴を上げている。
この状態で叫ぼうとしても、渇れた空気が喉を通るだけで終わるだろう。と、何故か冷静なままの思考が告げていた。
床に伏したままの一弥は眼を薄く開き、焦点の合わないまま辺りを見回すと、そこは恐らく小部屋であり、机と椅子のみが置かれていて、その椅子には白髪の老人が座っており、その横に金髪の女性が立っていることが分かった。
鼓膜が潰れているのか、辺りの音が殆ど聴こえない。
それでも、彼女等は何かを喋っているのは口が動く様から何となく分かる。
俺の方を指差して何か言っている。
恐らく、俺の身体をこんなボロボロにしたのは彼女等の手によるものなのだろう。
そう考えた瞬間、一弥の思考は怒りに塗り潰された。
許してはならない、怒らねばならない、やり返さねばならない。
両腕は手首の辺りで後ろに固定されている。両足は縛られまともに動かない。
今出せる全力で引っ張っても軽くプチプチと千切れる音しかしないが、それでもやらないよりマシだと腕に力を込めつつ考える。
殺すためには手は必須ではない。
力を込めれば込めるほど絞められて悲鳴を上げる手首は最悪無くても良い。
痛みさえ無視できればその状態でも腕を脚がわりに移動もできるだろう。
固定された脚は仕方がない。複数箇所で縛られているようで、腕以上に力が入りにくいのだ。
であるのなら、腕で移動し、脚で攻撃するしかないが、恐らく彼女等を蹴ったところで殺せはしない。
結論が出たところで、一弥は待つことにした。
手段がないのならまだ動くべきではないと言うことだ。
敵が油断するのを待ち、隙を狙う。
それからでも遅くはないだろう。
そう考えた時だった。
椅子に座っていた筈の白髪の老人がいつの間にか一弥の目の前に座り込んでいて、一弥の髪を掴み、引き上げ、頬を殴った。
強い痛みに、つい息を吸い込んでしまい、ボロボロの肺に空気が入り込み、そのままむせる。
咳が出そうになり、痛みで喉がひきつる。
呼吸ができなくなり、息苦しさが込み上げるなか、乾いていた喉を液体が、一弥自身の血が通るのを感じた。
この時の一弥の思考は真っ白になっていた。
あれほど感じていた怒りすら露と消え、何故?や、誰?と言った疑問を抱く前の状態に初期化されていた。
だからだろうか、一弥の視界は、先程よりも鮮明に、辺りをしっかりと認識していた。
小部屋だと思い込んでいた壁は明らかに人の顔面の革を張ったものの連なりであり、骨と腱と革でできた芸術品そのものだ。
机や椅子にしてもそうだ。
人から切り取ったであろう脚や、腕を組み上げ、髪の毛や腱で縛り上げて組み立てられた生きていた頃には見ることすら無かったような猟奇的と称されるだろう逸品であった。
そして、なんとなく一弥には理解できた。
あれは、俺であると。
意識の無い間、俺はバラされ、組み上げられ、部屋の一部となったのだ。
そう認識した瞬間に、一弥の聴覚がその昨日を取り戻し、口だけで笑顔を浮かべる老人の声を拾い上げた。
「おはよう、君が目覚めるのを狂おしいほど待っていたよ。」




