辺獄にて 図書館ビーチェ 骨の城4
地下闘技場至高天は、木が1つ生えず、人間以外の生物が存在しない辺獄において、ほぼ唯一といえる生産施設だ。
「人間以外に何もないなら、人間を材料にしてしまえば良い」と考えた教授が長い時間をかけて最適化を進めていってできたのが闘技場だ。
「気性の荒い人間が多いのなら、暴れさせておけば良い。多少傷付いていても革さえ取れれば上出来だろう?」
と、教授が言っていたらしいし、ガブリエラ・ルシェからしても、身体を動かす理由や目的といったものがあるのはありがたい。
ガブリエラが辺獄に落ちてから数年は目的地もなくただ歩いていた。
疑問だけが脳裏を蠢く虫のように蝕んでいたのだ。
「Q1.私は誰だ?」
「A1.私はガブリエラ・ルシェ。」
「Q2.ガブリエラ・ルシェは既に死んだのでは?」
「A2.私はガブリエラ・ルシェ。」
ガブリエラが思考を止められる人間であれば、答えの分かりきっているこの疑問に見切りをつけることができただろう。
朝起きた瞬間に、昨日の自分との同一性を疑っているようなものだ。
ガブリエラは、生前からこのありきたりな疑問の解答が「同じ」であるということを信じられなかった。
『昨日の自分が考えていたことを殆ど思い出せないこの私が昨日の私と同じだとどうして言える?』
辺獄に落ちてからのガブリエラには生前の疑問に重ね、今の自分と生前の自分が似ても似つかない全くの別物に思えている。
傷付いていても元通りになる肉体、眠気もなく、怒りも食欲も性欲も欠けたかのような精神。
死ぬ前とは別の苦しみがガブリエラの脳に住み着いている。
私は誰だ?
その疑問だけがガブリエラを動かす原動力となっている。
そんなガブリエラを「ははははは!面白い仮説だ!我が師の言葉を模倣するなら『霊魂が連続しているなら姿や形の差違など仮想に過ぎない』などとおっしゃられるだろう。だが、その思い込みは私の研究の一助ともなろう!」などと捲し立てながら図書館に受け入れてくれた教授への恩もある。
ガブリエラはアーロンの背中から切り取った革を片手に闘技場と革一枚隔てられただけの製紙場へと持ち込み、骨のナイフを用いて革にへばりついた肉を削る。
「ふふっ」
ガブリエラは先程の奇妙な青年、鈴誠一弥を思い出し、無意識に笑みが溢れる。
あの青年は辺獄に落ちてなお、精神の同一性を保たない。
正気と狂気を往復するかのような、そんな精神を持っているようにガブリエラには見えている。
あの青年を研究すればガブリエラ自身の正体が分かる気がした。
腸を裂けば分かるだろうか?
脳を切り開けば分かるのだろうか?
それとも拷問でもして精神的に追い詰めれば分かるのだろうか?
幸い時間だけはある。
あの青年は、ガブリエラを満足させるだけの精神を持っているのだろうか。
ガブリエラは久しぶりに自問自答以外の思考が進むと未来を思いニヤニヤと笑みを浮かべた。




