砂の道 砂の海 青の追憶2
アリシアは眼を閉じる。
そこには、暫く顔も見れていない父と、毎日顔を会わせるが目の合うことの無い母、そして、アリシア自身が微笑む夢のような世界がある。
アリシアは眼を開く。
アリシアの私室、ベッドと本棚だけが置かれたあまり換気のできていない寂しい暗い部屋だ。
父や母との思い出など、この部屋には殆ど無い。
アリシアは眼を閉じる。
そこには、ベッドの側で笑顔を向けてくれる朧気な父と、手を握って頭を撫でてくれる母が居た。
眼を閉じたまま手を握るが、空を掴むのみで何もない。
村長である父は年の大半を都で過ごす。小さな村では大きな問題もそう起こらず、事務仕事をする場合は物価や軍事等が分かりやすい都に居た方が都合が良いらしい。
母はアリシアが体調を崩し始めてから精神的に荒れた。表向きは気丈に振る舞っていたが、アリシアが部屋に戻った瞬間から、物にあたることが増えてきた。
特に荒れている日には、アリシアの部屋からも椅子が倒される音や、皿が割れる音も聞こえていた。
週に一回換気をする日を除いて、アリシアの部屋は日の光があまり入らないように雨戸を締め切り、暗くなっている。
そんな暗い部屋で、母の荒れる音を聴いた日には眠りが浅くなっていた。
そんなときには、眼を閉じて、父と母がアリシアに構ってくれた日々を思い出す。
掠れてきて妄想で補完しつつある思い出は、窓の外から聴こえる村人達の喧騒で色を増す。
「今日の夕飯はシチューだよ!」
「父ちゃん!カッコいい虫捕まえた!」
「ふぅ~疲れた。おい!そろそろ休憩にするぞ!」
アリシアが触れられない外の世界の声で、アリシアは父と母との思い出を創りあげていく。
『父と母と共に食卓を囲み笑いながらシチューを食べる』
『父と共に虫取り用の網を持ち、森に駆けていく』
『全力で身体を動かして疲労を分かち合う』
どれもアリシアの人生において経験の無いことだ。
想像の難しいそれらを本の記述と想像で補間して、あること、無いことを作り出す。
思い出が蝋燭のように熔けていく。
アリシアの耳に、乾季の風の音が響く。
隙間から吹く涼風に起こされたアリシアは、毎日、毎日、夢を見ていたようだと、寝起きにしては冴えた頭で考える。
窓を締め切っていてもうっすら入る明かりが無いので今は夜なのだろう。
まだ夜がふけたばかりの時間なら、まだ母が起きているかもと、ゆっくりと起き上がり、立ち上がろうとするが、目眩からか、身体がふらついた。
それでも、冴えた頭とは裏腹にふらつく足取りで居間に向かう。
今は、なんとなく、母の顔が見たかった。
上塗りされていく記憶に押し潰される前に、優しい母の顔を思い出しておきたかった。
普段居間に向かう時間の倍ほどかけて短い廊下を歩くと、居間からは薄い灯りが漏れていた。
母が起きているのだと、急ぎ足で居間に辿り着いたが、そこには、母の姿はなく、机の上に一つ、太い蝋燭が、火が付いたまま取り残されていた。




