砂の道 憧れと羨望
描写に一度躓くと筆が止まる(言い訳)
隣で目を閉じる女性の顔を見て、一弥は口角を上げる。
眠れないという不安を打ち明けたからか、とても安らかな顔をしていた。
名前すら知らない相手だが、それでも一弥は、女性に対し、友愛、親愛、敬愛。それらに良く似た感情を抱いていた。
『ああ、この顔の皮を剥いだら、君はどれだけ良い色をしているのだろうか。』
『君の耳を切り落として、そこに愛を囁けば、僕の思いは伝わるのだろうか。』
『この胸を引き裂いて、僕の心臓を君に埋め込めば、僕の心は君に伝わるだろうか。』
『抉り出した君の瞳を味わえば、君の抱える悲しみを、僕も味わうことができるだろうか。』
一弥の耳許で鳴る潮騒は、一弥の嗜虐心を駆り立てる。
一弥は内心焦っていた。
いくら彼女を殺そうにも、いくら彼女を嬲ろうとも、今の一弥には彼女を殺す手段がないのだ。
辺獄の奇妙なことに、首を跳ねようが、心臓を止めようが、それでも尚、死には至らない。
それに、食べなくても、飲まなくても、辛いだけで生きていく分には問題がない。
これまで殺しに利用してきた武器もない。
今の一弥には一弥を一弥足らしめる何もかもがない。
それを自覚した一弥は、女性に対し、先程までの愛おしさすらはね除けるほどの憎悪を感じていた。
ガサガサと砂の擦れる音、隣の女性が動き始める気配に顔を向ける。
「おはよう。」
目が覚めた女性は、砂だらけの手を軽く払い、目を擦りながら顔を上げた。
「ああ、おはよう。」
笑顔を崩さないよう、冷静に見えるように、返事を返す。
「ねえ。」
彼女は一弥の目に目線を合わせる。
「なんだい?」
綺麗な青い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、平然を装い続ける。
「気になっていたのだけれど、あなたのお名前、伺っても?」
至極当然の疑問に、そう言えば今までの自己紹介もしていなかったと少し背筋を正し、笑顔を作り直す。
「ああ、これは失礼。僕は鈴誠一弥。一弥と呼んでほしい。」
「ふーん。やっぱり、私にはあなたの名前が分からないわ。博士の言う通りなのね。」
「ん?どういうことなんだ?」
「ええと…体験してみた方が早いわね。」
女性は悪戯を仕掛ける少女のような笑みを浮かべる。
「私の名前は・・・よ。聴こえたかしら?」
確実に聴こえているはずなのに、認識できない。
その赤い唇は何かを告げていた筈なのに読み取れない。
まるで、名前を喋っている瞬間の記憶だけ抜き取られたかのように、彼女が喋っていた筈の名前が、何も思い出せない。
「いや、君の言ってることが分かったよ。僕にも聴こえなかった。」
とても残念であると、言葉の裏に滲ませながら、軽く目を伏せる。
「まあ、伝わらないものは仕方がないわ!お互いを知るのに名前なんてあってもなくても問題ないもの!」
楽しそうに、朗らかに笑いながら女性は話を続ける。
「少し目が冴えてきたわ!あなたのことが気になるもの!あなたはどうして辺獄に来たの?あなたは赤にしては落ち着いているわ。なら、どうしてここに居るのかも分かっているのではなくて?何処から来たの?あなたは何処で産まれたの?あなたの綺麗な黒い瞳に黒い髪、きっと染めたってそんなに綺麗な色にはならないわ!南の大国かしら?それとも東の島国?そうだわ!あなた海を見たことあるかしら?森と違って波の音が綺麗に響くと聴いたわ!きっと素敵なんでしょうね!」
一弥が「うん。」やら「そうだね。」などと曖昧な返事を返すのをちゃんと聴いてか聴かずにか、青い女性は興味のつきない少女のように喋り続ける。
きっと彼女は一弥に興味がないのだろう。一弥を通して見ている潮騒に、女性は心を弾ませているのだ。一弥はそんな女性との距離感を快く感じた。
彼女も一弥と同じなのだ。目の前の理想の相手に興味を持てず、情報ばかりを知りたがる。
美しい、美しい女性の中身は、より美しいだろう。




