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辺獄にて  作者: ぺんぺん
第二章 砂の海 道無き道
20/32

砂の道 憧れと羨望

描写に一度躓くと筆が止まる(言い訳)

隣で目を閉じる女性の顔を見て、一弥は口角を上げる。

眠れないという不安を打ち明けたからか、とても安らかな顔をしていた。

名前すら知らない相手だが、それでも一弥は、女性に対し、友愛、親愛、敬愛。それらに良く似た感情を抱いていた。


『ああ、この顔の皮を剥いだら、君はどれだけ良い色をしているのだろうか。』


『君の耳を切り落として、そこに愛を囁けば、僕の思いは伝わるのだろうか。』


『この胸を引き裂いて、僕の心臓を君に埋め込めば、僕の心は君に伝わるだろうか。』


『抉り出した君の瞳を味わえば、君の抱える悲しみを、僕も味わうことができるだろうか。』


一弥の耳許で鳴る潮騒は、一弥の嗜虐心を駆り立てる。





一弥は内心焦っていた。

いくら彼女を殺そうにも、いくら彼女を嬲ろうとも、今の一弥には彼女を殺す手段がないのだ。

辺獄の奇妙なことに、首を跳ねようが、心臓を止めようが、それでも尚、死には至らない。

それに、食べなくても、飲まなくても、辛いだけで生きていく分には問題がない。

これまで殺しに利用してきた武器もない。


今の一弥には一弥を一弥足らしめる何もかもがない。

それを自覚した一弥は、女性に対し、先程までの愛おしさすらはね除けるほどの憎悪を感じていた。



ガサガサと砂の擦れる音、隣の女性が動き始める気配に顔を向ける。


「おはよう。」

目が覚めた女性は、砂だらけの手を軽く払い、目を擦りながら顔を上げた。


「ああ、おはよう。」

笑顔を崩さないよう、冷静に見えるように、返事を返す。


「ねえ。」


彼女は一弥の目に目線を合わせる。


「なんだい?」


綺麗な青い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、平然を装い続ける。


「気になっていたのだけれど、あなたのお名前、伺っても?」


至極当然の疑問に、そう言えば今までの自己紹介もしていなかったと少し背筋を正し、笑顔を作り直す。


「ああ、これは失礼。僕は鈴誠一弥。一弥と呼んでほしい。」


「ふーん。やっぱり、私にはあなたの名前が分からないわ。博士の言う通りなのね。」


「ん?どういうことなんだ?」


「ええと…体験してみた方が早いわね。」


女性は悪戯を仕掛ける少女のような笑みを浮かべる。


「私の名前は・・・よ。聴こえたかしら?」


確実に聴こえているはずなのに、認識できない。

その赤い唇は何かを告げていた筈なのに読み取れない。

まるで、名前を喋っている瞬間の記憶だけ抜き取られたかのように、彼女が喋っていた筈の名前が、何も思い出せない。


「いや、君の言ってることが分かったよ。僕にも聴こえなかった。」


とても残念であると、言葉の裏に滲ませながら、軽く目を伏せる。


「まあ、伝わらないものは仕方がないわ!お互いを知るのに名前なんてあってもなくても問題ないもの!」


楽しそうに、朗らかに笑いながら女性は話を続ける。


「少し目が冴えてきたわ!あなたのことが気になるもの!あなたはどうして辺獄に来たの?あなたは赤にしては落ち着いているわ。なら、どうしてここに居るのかも分かっているのではなくて?何処から来たの?あなたは何処で産まれたの?あなたの綺麗な黒い瞳に黒い髪、きっと染めたってそんなに綺麗な色にはならないわ!南の大国かしら?それとも東の島国?そうだわ!あなた海を見たことあるかしら?森と違って波の音が綺麗に響くと聴いたわ!きっと素敵なんでしょうね!」


一弥が「うん。」やら「そうだね。」などと曖昧な返事を返すのをちゃんと聴いてか聴かずにか、青い女性は興味のつきない少女のように喋り続ける。


きっと彼女は一弥に興味がないのだろう。一弥を通して見ている潮騒に、女性は心を弾ませているのだ。一弥はそんな女性との距離感を快く感じた。

彼女も一弥と同じなのだ。目の前の理想の相手(ひと)に興味を持てず、情報(なかみ)ばかりを知りたがる。

美しい、美しい女性の中身は、より美しいだろう。

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